禁断の愛だとしても

「家康様ーっ!」

岡崎城に若い娘の声が響き渡る。
その声の主はこの城で一番偉い殿を探しているのがわかった。
しかし、こうやって城の主が探されていても誰ひとり慌てるものはおらず、それどころか「またか」と呆れ顔で笑うものがいるくらいだ。

「なまえちゃん、また見つからないの?」

「そうなんです!きっとまた服部様についてしまったに違いないです。」

なまえと呼ばれた少女はそういうとわざとらしくため息をついた。
彼女はただの少女のようにも見えるが、実は忍びだ。
しかも服部の一番弟子で、服部直々から家康を城内にいる影武者から守るようにと言い付けられている。

「ロシア人やおっさんくらい私が追い払ってあげるのに、いつも服部様ばかりに頼ってるんです。」
「ははは、早く頼ってもらえるといいね。」

呼び止めた家下に慰められてしまうほど、自分は実力がないように見られているのだろうか?
なまえはがっくりと肩を落とすとトボトボと歩き出した。

「そりゃ、服部様には多少劣るかもしれないけど…でも服部様の一番弟子だし、信用してくれても…ん?」

ブツブツと文句を言いながら歩いていたなまえだったが、とある気配に気付くと、音もなく屋根に飛び乗り走りだした。
そして、二つの影を見つけるとジーパンみたいなパンツと「Kiss me」と書かれたタンクトップを着た男の元へ舞い降りる。

「お帰りなさいませ!家康様、服部様!」

最高の笑顔を見せて主人の帰りを出迎えた。
その姿は忍びというよりは、よく懐いた犬のようだ。

「げっ、なまえ。」

そんななまえに家康は一歩後ずさる。

「げっ、て何ですか!今日も私から逃げて服部様の後を着いていくなんて…。」

「私はそんなこと頼んでないんだよ!」

家康はそう言うとそそくさとその場から立ち去っていく。

「家康様…待って!」

なまえは立ち去る家康に、思わず手裏剣を投げ付けた。
投げた手裏剣は家康の背中に刺さると、もすっとマヌケな音と共に刺さった箇所から血が噴き出ている。

「何故に!?」

家康はそう言うと俯せに倒れ込む。

「あ…すみません。」

なまえは慌てて家康に近寄り手裏剣を取り除くと、優しく介抱を始めた。

「私…すぐうっかりしちゃう。」

「だからなまえをお守りにするのは嫌なんだよ。」


家康の一言に、しゅん…と肩を落としたなまえを見て服部は口をはさんだ。

「腕は確かなんですけどね。」

私が認めるから間違いありません、と腰に手を宛て自信たっぷりに言う服部。

「うっかりで護衛の忍に殺されたら困る!ある意味影武者達より厄介だよ。」

「すみません。」

守るべき主を傷付けて怒られる、忍として最悪だ。
なまえはますます落ち込んで今にも泣き出しそうな表情になる。
それを見て家康は慌てて言葉を続けた。

「そ、それに好きな女に守ってもらうなんて、格好悪いじゃないか。」

「…へ?」

空気が止まったように、なまえや服部の動きが止まる。
家康は二人の反応を見て、自分がとんでもないことを口走っていたことに気付いた。
ずっと心に秘めていた、己の気持ちが思いがけないところで漏れてしまった。

「あ、いや…。」

許されるならば今言った言葉を無かったことにしたい、と思ったがもう時は元に戻らない。
次の瞬間なまえの顔が赤く染まっていく。

「や、でも私…忍ですよ。家康様、貴方の影です。」

当たり前の答えだが、その言葉が家康の心を傷つけた。

「それでも、私はなまえが好きなんだ。」

家康を介抱するために置かれた暖かい手を強くにぎりしめる。
なまえは困惑したように目を泳がせたが、逃げるそぶりを見せない。

「家康様、私…。」

家康の気持ちを知って意を決したなまえが口を開いた、その時、横で見ていた服部がなまえの肩を叩いた。
師匠を見上げ、改めて自分が家康の気持ちに応えようとしていた罪を感じる。
家康は一国の主で全ての光、なまえは家康を守る暗い影で闇であることを忘れていた自分を恥じた。

「服部様、すみません…私、今…。」

服部は何も言わなかったが、なまえが思い直したのを確認して胸を撫で下ろしていたようだった。

「家康様の気持ちはとても嬉しいです、しかし私には勿体ないお言葉…。」

悲しそうに眉を下げ己の感情を押し殺す、そんな表情。

「なまえ…。」

なまえは家康の傷の手当を手早く済ませると、立ち上がり服部と共に、風のように消え去った。

「私は…私は本気だからな!なまえっ!!」

誰もいなくなった空間に叫ぶ家康。
その言葉をなまえが耳にしているかはわからない。
家康は虚しく響く己の言葉を聞きながら、なまえを己の側に置けるようにすることを心に誓った。





















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禁断の愛だとしても/家康
fin
2011.03.03

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