豆まき ポリポリと豆を食べながら歩く。 食べ歩きなんて行儀が悪いと怒られてしまいそうだけど、空腹には敵わない。 「鬼はー外、福はー内!!」 最近ではあまり見られなくなった行事だが、私の暮らす地域では信仰深く行われている。 なんでも大昔、まだこの周辺が村だった頃に本物の鬼が出て、村民で追い出したことがあるらしい。 その名残もあってか節分、特に豆まきという行為は根強く残っている。 実は今食べている豆は豆まき用にと言って持たされた豆なのだったが、先程も述べたように、お腹が空きすぎてつまみ食いをしながら歩いている。 「鬼はー外、福はー内!」 あちらこちらで聞こえる子ども達の声と、豆をぶつけられて逃げる鬼(体格から見て父親だろう)。 そんな姿がほほえましくて、知らず知らずのうちに微笑んでいる自分がいた。 「ただいま。」 誰も居ないアパートに、一人呟いて玄関をくぐる。 返事なんて無いことはわかっていても、長年培ってきた行動をやめるのは難しく、結局今日までこの挨拶をやめられずにいた。 「おかえりなさい。」 誰もいないはずの居間から声が聞こえる。 私は無意識のうちに体を固くした。 玄関は閉まっていたし、合鍵を作ったことなんてない、身内が遊びにくるなんて聞いていない。 何より自分の身内にこんな声をした人を私は知らない。 そろり、そろりと居間に近づいて、ドアの隙間から覗き込む。 そこには見知らぬ人物が一人部屋の真ん中に腰掛けていた。 「勝手にすみません。」 私の気配に気付いたのか、そいつは私の方に顔を向ける。 褐色の肌と色素の抜けた髪、整った顔立ち、何処から見ても私の知り合いとは異なる姿。 よく見ると頭には角が生えていて、その姿はまるで…… 「鬼…?」 私はそう呟くと、持って帰ってきた豆を手から離してしまった。 ザラザラと音がして足元に豆が散らばる。 「わわわ、大丈夫ですか!?」 目の前の男はそういうと、立ち上がって転がってきた豆を拾う。 「鬼なのに…豆平気なの?」 「え?ああ、僕は人間界に住まう鬼とは違いますから。」 幾つか豆を拾うと、その鬼は豆を口に放り投げた。 ポリポリと豆が砕かれる音が部屋に広がる。 「はぁ…なるほど。」 理解できたわけじゃ無いけど、そういっておかないと頭がおかしくなりそうだった。 正直質問したいことは山積みだ。 「で、何の為にここに?」 しかし、余計なことを聞いて相手を怒らせてはいけないので、出来るだけ丁寧に。 「はい、実は…」 鬼はそういうとがっくりと肩を落としながらここに来た経由を教えてくれた。 その肩の落しからから苦労人であることが伺える。 「要するに鬼さんのお友達の鬼を探してるのね?」 「まぁ、平たくいうとそうなりますね。」 長々と説明してくれた内容をあっさりと私が要約しすぎたので、鬼は困ったように笑った。 笑ったときの雰囲気が私好みで思わず胸が鳴る。 説明も丁寧で、喋り方も敬語を使っていてどこか落ち着いている。薄い色素の髪をしてるくせに真面目なんだな、なんて思っていると鬼は私を見つめた。 「な…なに?」 「あと、僕は鬼ですけど、そこらにいる低俗の鬼ではありません。ちゃんと名前があります。」 「あ、そうなの?なんて名前?」 「鬼男といいます。」 そのまんまじゃん、と心でツッコミを入れて私は彼の後に続いて復唱する。 「鬼にも色々あるのね。勉強になったわ。」 名前が付く付かないの差が何なのかわからないが、あまり深く追究するのも失礼なような気がしたので私は言葉を飲んだ。 「で、鬼男さんの友達ってどこにいるの?この部屋?」 「いや…実は僕も下界に降りてくるのは数百年ぶりで、なまえが未だにここ周辺に住み続けているのかわからないんです。」 最後に別れた場所に降り立ったつもりが民家で驚きました、と悲しそうに笑う鬼男さん、何だか可哀相。 何となくこの辺りで語り継がれている追い出された鬼の話が頭にちらついた。 いや、でもそれ以上に気になる部分があったぞ。 「鬼男さんの友達の名前なまえって言うの?女?恋人?」 「恋人…ではありませんが、女性です。」 「その鬼さんは、私と同じ名前なのね。」 私がそういうと鬼男さんはとても驚いた表情をする。 「なまえ?通りで雰囲気が似てると…え、人間になったんですか?」 「違う、違う!私は生れつき人間ですから!」 急に近づいてきたのでびっくりしてしまった。 私の必死の否定に鬼男さんは再び肩を落としてしまう。 「そう…ですか。」 その姿が何だか可哀相に見えて私は、考えも無しに口を開いてしまった。 「で、でも同じ名前なんて何かの縁だし…私と友達になろうよ。」 鬼男さんは静かに顔をあげる。 私は鬼男さんに右手を差し出した。 「ありがとうございます、なまえさん。」 鬼男さんはそういうと私の右手を取った。 ふわりと笑う鬼男さん、やっぱり私好みの笑い方。 「百年とか空けられちゃうと困るけど、いっぱい遊びに来る分には困らないから…!遠慮なく来てよ。」 繋いだ手から伝わる熱が妙に恥ずかしくて、私はごまかすように笑った。 鬼男さんは嬉しそうに目を細めながら私を見つめる。 「わかりました。」 「じゃ、折角だしお茶でも飲みましょうか。」 手を離してキッチンに向かおうとして足をあげると、パキっと音がした。 視線を下げるとばらまかれたままの豆。 「その前に豆拾い…ですね。」 「…だね。」 私と鬼男さんは顔を見合わせて声を出して笑いあった。 この日以来、鬼男さんは頻繁に遊びに来る。 そして、豆まきが盛んな町の中で唯一豆まきをしない家となった。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 豆まき/鬼男 fin 2011.02.03 |