秘密の約束

なまえさんは紅が好きだ。
紅い着物に、紅い髪飾り、真っ赤な紅、紅い爪…彼女の周り全て紅で埋め尽くされている。
例え大王の隣にいるときでさえ、その紅が霞むことはない。

「ねぇ、鬼男。」

紅い唇がゆっくりと言葉を紡ぐ。
優しくて、でもねっとりと絡み付いて脳から離れない、そんな声。

「なんですか?」

僕は控え目に答える。
極力彼女から距離を置いて、失礼にならない程度の場所で会話をする。
これ以上近づいてはいけない、本能がそう告げるから。
そんな僕の努力も虚しく、なまえさんは目の前までやってきて、僕の目を覗き込んだ。

「鬼男は私のこと嫌いなの?」

真っすぐ僕を見つめる瞳に、思わず顔を反らす。
嫌いなはずがない。
しかし、それ以上の感情を持ってはいけないことを僕は知っていた。

「そんなこと、ありません。」

丁寧に諭すように答えると、なまえさんは最初からこの答えを知っていたかのように反論をする。

「嘘よ、だって私のこと見てくれたことないじゃない。今だって…目が合わないわ。」

「それは…」

悲しそうな声に胸が締め付けられる。
思わずなまえさんへ視線を送ると、なまえさんは嬉しそうに微笑んだ。

「ああ、でも私が閻魔といるときや、鬼男から遠くにいるときはよく私のことを見てくれてるのよね。」

なまえさん言葉に心臓が震える。
跳び上がる心拍数、突然上がったものだから心臓が悲鳴をあげた。
その苦しさに呼吸がままならない。

「ねぇ、なんで?」

浅く息を繰り返す僕を見たなまえさんは、紅い唇から真っ白な歯をちらつかせ、僕に問う。

「それは…」

ぐらぐらする頭でどうにか言葉を繋げようと試みたが、どんな言葉も言い訳にしかならない。
何より彼女が満足してくれるとは思えなかった。

「……っ。」

何時まで経っても口を開かない僕を見てなまえさんは小さくため息を漏らす。
僕の肩がびくりと震えた。

「うん。でも、鬼男は私のこと嫌いじゃないんでしょ。」

「…はい。」

なまえさんは考え込むように腕を組み暫く考え込むと、名案が浮かんだらしく嬉しそうに目を細めた。

「じゃあ、その証明をして見せて。」

「証明ですか。」

先程の質問から逃れられ、幾分か楽になった僕は、なまえさんを盗み見る。
僕の視線は彼女の脚からゆっくりとのぼり、紅い爪で止まった。
その視線に気付いたなまえさんは言葉を紡ぐ。

「そうね…ああ、そういえば爪のネイルが剥がれちゃったの…今夜これを塗り直してくれたら認めてあげる。」

僕の目の前で綺麗な細い手をヒラヒラと揺らし、ネイルが剥がれかけた小指を見せた。

「僕が…?」

「そう、貴方が私の爪に塗るの。」

なまえさんは自分の爪と僕を交互に見ると、ね、いいでしょ。と首を傾げる。
その姿がいつもより少し幼く見えて、僕は苦しいものから解放されたように口を開いた。

「でも僕はそういうのをやったことがないです。」

首を少し横に振って遠慮気味に笑顔見せれたら解放されると思っていたが、現実は甘くなかった。
僕の否定の言葉を聞いて、なまえさんは静かに笑う。

「じゃあ、さっきの質問に答えてくれるの?」

僕が言葉に詰まると、今度はクスクスと声に出して笑った。
肩にかかっていた髪が、笑ったときに生じた揺れでハラリと落ちていく。

「今夜…私の部屋に来て。楽しみにしてるから。」

なまえさんは一歩、また一歩と僕に近づいて来る。
そして、そっと指で僕の胸部に触れて、なまえさんは何処かへ行ってしまった。
直接触れられたわけでもないのに、彼女の指が撫でた部分が熱いような気がする。
立ち去るなまえさんを目で追うと、ゆっくりと扉の向こうに消えていく。
そろそろ大王が戻ってくる時間だから、裁きの間へ行ったんだろう。

「今夜…なまえさんと。」

僕はそう呟いて、彼女が消えた扉を何時までも眺めた。

















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秘密の約束/鬼男
fin
2011.02.01

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