Tea time 曽良と一緒に暮らすようになってから、甘い香りが部屋を満たすようになった。 甘い香りというのは、香水とかそういうものの香りではなく、砂糖やお菓子などの食べ物類の香り。 甘いものが好きな曽良と、そうでない私。 今まで意識したことはなかったが、今日こうして彼と自分のために紅茶を作っていると、改めてその生活の変化を実感する。 「お待たせ。」 「ありがとうございます。」 曽良は読んでいた本から少し視線を私に向けた。ほんのり微笑んでいるように見える。 テーブルの上に二つの紅茶と、角砂糖が入った小皿を置いた。 私から見ればこの角砂糖は異質で、この部屋にも私にも似合わない。 それなのに、曽良は小さな砂糖の塊を二つ、紅茶の中に入れる。 曽良が角砂糖を持つと私が感じる違和感が少し軽減するんだから不思議。 琥珀色をした液体に角砂糖を落とすと、角砂糖はゆっくりと溶けて液体にかわる。 紅茶とは異なる液体が混ざり、水面が少し歪む。曽良は綺麗な指で小さなスプーンを持ち上げると紅茶を優しく掻き交ぜた。 そのひとつひとつの動きが丁寧で、まるでなにかの儀式のようだと私は思う。 曽良は角砂糖が溶けた紅茶を静かに口にした。 角砂糖二つと紅茶が溶け合ったあの紅茶はどれくらい甘いんだろうか。 私は曽良の咥内に紅茶と角砂糖二つが広がり喉の奥に流れていく様子を思い浮かべながら、唾を飲んだ。 儀式のように美しく溶けた砂糖が、私の想像の中ではその姿を残したまま曽良の体に染み渡っていく。 「何見ているんですか?」 「ん、綺麗だなと思って。」 素直に答えると、曽良は呆れたように笑う。 私も微笑みながら、角砂糖が入っていない紅茶を一口、口にした。 紅茶の渋味とうま味が口いっぱいに広がる。 「ねぇ、曽良。砂糖を入れた紅茶は、美味しい?」 テーブルの真ん中に、ちょこんと置かれた角砂糖を人差し指と親指で摘みあげると少しだけ角が崩れた。 「えぇ、僕は好きです。」 そういいながら曽良は再び紅茶を口にする。 曽良の“好き”という言葉に反応してしまった私は、手にしていた角砂糖をじっと見つめた。 「ふぅん。」 「そんなに気になるなら、一口飲んでみたらどうですか?」 「んー…。」 静かに差し出された曽良の紅茶は、移動したときに生じた振動で、水面が揺れている。 「なまえ?」 曽良の紅茶と手にしている角砂糖を交互に見つめ、私は角砂糖を口に放り投げた。 「!」 私の突拍子もない行動に、目の前の曽良が珍しく表情をあらわにしている。 口に放り投げた角砂糖と咥内の温度により溶けて口中に広がった。 砂糖は溶けるとドロドロした液体に変わる。 そのドロドロした液体が舌に纏わり付いて、慣れない甘い味が広がった。 なんとかその液体を喉のと流し込む。 ベタベタしたものが体を蝕んでいくイメージ。 「甘ぁ…こんなの2つも入ってるの?」 「まったく、貴女という人は…。」 呆れたようにため息をついた曽良は、私の紅茶を差し出した。 「ほら…紅茶を飲んで。」 差し出された紅茶を素直に口に含む。 すると、咥内・体に纏わり付くような甘みが紅茶によって程よい甘さに変わった。 「どうですか?」 「美味しい、かも。」 呆れたような困ったようなそんな表情をする曽良。 「なまえは加減ってのを知らないんですね。」 「そう?」 まだ若干残る砂糖の甘さを洗い流すように紅茶を飲み干して、空になったティーカップを置いた。 「えぇ、時々貴女の行動には驚かされます。」 「ふふふ、じゃあ毎日楽しいでしょ。」 「褒めていませんよ。」 曽良はそういうと自分の紅茶をスプーンで軽く掻き交ぜる。 「でも…」 「?」 「僕が味毛のない紅茶だとしたら、なまえは角砂糖になるわけですから…僕にとって無くてはならない存在になるんでしょうね。」 予想外の一言に言葉を失っていると、空になった曽良のティーカップを差し出された。 「おかわりを下さい。」 「あ、うん。」 曽良と自分のカップを持ってキッチンへ向かう。 今更になって曽良の言葉が理解できてきて、体中が熱くなる。 それと同時に喜びから顔がにやけてしまうのを止められない。 「曽良ってさぁ。」 紅茶をいれながら、居間にいる曽良に聞こえるように少し声を張り上げる。 「なんですか?」 小さいながら曽良の返事が届く。 それを確認して私は言葉を続けた。 「詩人だね。」 俳人だから当然かあ、なんて照れ隠しで笑っていると、曽良からの返事は無かったが何となく曽良の笑う気配を感じた。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ Tea time/曽良 fin 2011.01.12 |