大掃除 「なっ……。」 なまえは目の前に広がる、書類によって足場を失った空間に言葉を失った。 「そんなわけで、君にはこの部屋を片付けてもらいたいんだけど。」 足場がないだけならまだしも、その書類には埃やゴミ蜘蛛の巣まである。 この書類はとても大切なものだとなまえは聞いていたが、そんな雰囲気は微塵もない。 散らかした張本人とも言える、地獄の管理人閻魔大王は、年末にも仕事があるからと言って、一番厄介な大掃除をなまえに押し付けようとしている。 「これを、一人で?年が明ける前までに?」 部屋の汚さに呆然としながら、搾り出すように言葉を紡ぐと閻魔は楽しそうに笑った。 「そう!出来ることなら年明ける前に、年越蕎麦が食べたいからその準備もよろしく。」 「いやいや、無理ですって。出来ることならアシスタントをお願いしたいです。」 こんな広くて汚い部屋を一人で片付けるなんて、自殺行為だ。年末どころか三が日を越しても終わらないだろう。 「だってみんなそれぞれ仕事があるし。」 「お…鬼男さんは?」 「いつまでも鬼男君に頼ってちゃダメだろ。しかも彼はオレの秘書だから忙しいし。」 じゃあ、頑張ってね。と言うと閻魔は裁きの間へ歩いて行く。 一人残されたなまえは肩を落としながら、片付けを始めるのであった。 「はぁ………」 いつまで経っても終わりの見えない大掃除に、なまえは作業の手を止めた。 埃や蜘蛛の巣が体に纏わり付いているが、取り払っても意味はないので、気にすることをやめた。 「ていうか、この部屋どんだけ広いのよ!」 広い部屋になまえの声が鳴り響く。 しかし、どれだけ悪態をついたとしても、閻魔どころか誰にも届かない。 なまえは諦めて目の前にある書類を纏め、一つの山にした。 それでも床に散らかる書類は減らない。 しかも、書類を集めたのはいいが重過ぎてなまえ一人では持ち上がらないのだ。 少しずつ運べばいいのだが、それでは片付けは終わらない。 終わりの見えない片付けに、苛立ちが頂点に達したなまえは、じだんだを踏むように強く床を踏むと重ねたばかりの書類が倒れた。 「あーあ。」 もはや直す気力もないなまえはその様子をただ眺めた。 一つの山が崩れたことで、隣に積んでいた書類も崩れていく。 「そもそもこれだけ汚くした張本人が片付けるべきじゃない。」 「僕もそう思います。」 聞き慣れた声が背後から聞こえた。 なまえの腰を砕き脳を甘くする、大好きな声。 「鬼男さん!」 予想外の人物の登場になまえは鬼男に駆け寄ろうとした。 しかし、崩れた書類が邪魔をして動けない。 「あ、そのままでいいよ。書類がじゃまで動けないだろ。」 鬼男は困ったように笑いながら、書類を避けなまえの元まで歩いてくる。 なまえは御礼の意を込めて小さく頭を下げた。 「あの、どうしてここに…?」 「なまえが一人で大掃除をしていると聞いたから。」 鬼男はへらりと笑い、なまえの周りの床に散らばる書類を集めると軽々しく持ち上げた。 「わあ!」 その男前な姿になまえは無意識に声をあげる。 優しい鬼男、男前な鬼男、何かと面倒を見てくれる鬼男…なまえの胸は爆発するほど高鳴っている。 「なまえはさっきみたいに書類を集めてくれる?僕が棚にしまうから。」 「あ…はい!」 見とれて動くことを忘れていたなまえは鬼男に指摘され、慌てて書類をかき集めた。 集めた書類は直ぐさま鬼男が棚に持って行ってくれる。 終わりの見えなかった片付けに、希望が見えてきた。 「いつも、大王には…片付けろって言うんだけど、これだもんな…あのイカ野郎。」 書類を運びながら鬼男はブツブツと文句を言っている。その姿はまるで先程のなまえのようだ。 「片付けるのが苦手なんですかねぇ?」 鬼男に手伝って貰える嬉しさか、はたまた鬼男と話せる喜びか…なまえは楽しそうに笑いながら鬼男に応じる。 「苦手にしても…!これはないだろ。」 そう言うと体に纏わり付く埃を叩いた。 鬼男の体についていた埃が宙を舞う。 「確かに苦手だからといって埃は積もりませんね。」 なまえは最後の書類を持ち上げて棚に運ぶ。 残り僅かなので鬼男の手を借りずとも運ぶことが出来た。 「なまえも凄い、埃だらけだ。」 鬼男はそういうと書類を運ぶなまえの背中や頭を優しく叩きながら汚れを落とした。 「あ、ありがとうございます。」 「よし、残りは休憩してからにしよう。」 「手伝ってくれるんですか?」 「勿論、なまえ一人じゃ大変だろ。」 優しく微笑む鬼男に、こんな大掃除なら来年もやってもいいかもしれないと喜ぶなまえであった。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 大掃除/鬼男 fin 2011.01.06 |