僕を呼ぶ声

その感情は突然曽良の心に沸いて出たものだった。
普段だったら本を読んでいる最中に己の思考に意識を持っていかれることなんてないのに、この日はいつもと違っていた。

―誰かに、会いたい。

誰でも良い訳ではなく、でも誰に会いたいのかわからない。
モヤモヤと霞がかった思考の先に、曽良の会いたいと思われる人物の姿が映し出されているが、誰なのか認識できない。
それが誰なのかもわからないのにむやみに動いて無駄な体力を使うほど曽良はマヌケではなかったので、本を床に置き座ったまま腕を組んで考えた。

―誰に会いたい?

モヤモヤとした霞はいくら考えても晴れるどころか濃くなっていくようで。
瞳を閉じて頭の中に響く声に耳を傾けた。

―――曽良兄さーん

ふと浮かんだ妹弟子の笑顔と甘える声。
曽良はゆっくりと瞳を開いた。その瞬間視界が遮られ背中から先程まで頭で聞こえていた声が響く。

「だーれだ!」

「…。」

「だーれ………いででで!!」

視界を遮る小さな手を遠慮無しに抓ると再び視界が開け、振り向くとそこには妹弟子が涙目で右手を押さえている。

「何しているんですか?」

「何って…だーれだ?って」

期待はしていなかったが相変わらず間の抜けた幼稚な答えが返ってきた。

「……もういいです。」

「ちょ…それだけ!?」

わざとらしくため息をついて背を向けると追い掛けるように着いてきて曽良の顔を覗き込む。
それでも無視を続けると慌てているのか表情に戸惑いが見て取れた。

「曽良兄さん…曽良兄さんってば」

ゆらゆらと体を揺らされ視界がぐらつく。曽良はギロリと睨み付けた。

「ご、ごめんなさい!」

「さっきから…僕に何か用ですか?」

もしかしたら何か用があるのかもしれない、と曽良は小さくため息をついて自分より一回り小さい妹弟子に向き合うと彼女はニコニコと表情を変える。

「いや、曽良兄さんに構ってもらいたいなって」

そういうと遠慮もなく勢いよく飛び付いてきたので、曽良は避ける間もなく彼女を受け止める。

「あっちに行ってください」

「やーん!」

しかし、しがみついてくる体を無理矢理引き離し廊下に投げ捨て襖を閉じてやると、廊下から彼女の悲痛の声が聞こえてきた。

「はあ…」

ため息をついて座り直す曽良は再び本に手をのばす。

「曽良兄さーん」

襖の向こうから甘えるような声が聞こえてくる。それは先ほど頭に響いていた声そのもので、曽良は開きかけていた本を静かに閉じた。

「……。」

「兄さーん」

曽良は自分の表情が穏やかになっていることに気付き、廊下に座っているであろう妹弟子を呼び出すのであった。




















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僕を呼ぶ声/曽良
fin
2010.11.02
(2010.11.02〜2010.11.25)

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