右手の居場所 最近私の右手が淋しい。 理由はわからないけど、淋しい。 友達と話してるときも上司に怒られてるときも何と無く右手の淋しさを考えている。 淋しさを紛らわすように握ったり開いたりしてみたり、太陽に翳してみたり…色々と試してみたけど効果はなくて寧ろ虚しくなるだけだった。 いつからこんな感覚になったんだろう。 ぼんやりと記憶の糸を辿ってみると、ある男の姿が浮かんだ。 「妹子…。」 ああ、そうか。 妹子が隋とかいう外国に行ってるからか。 私の彼氏のくせに勝手に私の側を離れるなんて、生意気だわ。 一人ぼっちの掌を眺めて、柄にもなくため息をつくが、やっぱり右手は淋しいままだった。 「早く帰ってきなさいよ馬鹿妹子。」 「馬鹿は余計です。」 背後から声がしたので振り向くと、そこには妹子が立っている。 「あら、聞いていたの?」 わざとらしく笑ってみせると、妹子は呆れたようにため息を一つつく。 そんな仕草さえ懐かしい。 「上司への報告より先になまえさんに会いにきたのに、その態度は無いと思いますよ。」 「なんで?私を一人にした罰でしょ?」 当然のように毒づく私なのに、妹子の目は私を愛おしそうに見つめてる。 普段ならそんな目を無視してあげるけれど、今日ばっかりはそんな気分にはなれなくて。 一歩一歩妹子に近づいて、手持ちぶさだった右手で妹子の頬に触れた。 妹子は走って来たのかよく見ると息が上がっている。 「やだ、汗かいてる…。」 頬に垂れていた汗が指につき、それを自分の指に絡めて私は笑った。 「嫌なら触らなきゃいいじゃないですか。」 妹子は困ったように笑う。 いつまでも頬を触る私の手に妹子の手が触れた。 大きくて暖かい、でも私の体温に一番心地よく伝わる熱。 その熱が懐かしくて私は目を細めた。 「おかえりなさい。」 「ただ今戻りました。」 ギュッと手を握られて掌全体に妹子の肌を感じる。 私も妹子の手を握ると淋しさを訴え続けた右手が嘘のように大人しくなった。 「やっぱり妹子は私の右隣にいないとダメなのね。」 私から妹子の指に絡ませると、妹子は驚いた顔をしている。 「ね、だから勝手に私から離れちゃダメよ?」 「わかりました。」 妹子はクスクスと嬉しそうに笑う。頭がいかれてしまったのかと思って不信の目で見上げると、妹子は相変わらず私のことを愛おしげに見つめている。 「我が儘ななまえさんに付き合えるのは僕だけ、淋しがりななまえさんの右手を満足させることが出来るのは僕の左手だけですからね。」 「…わかってるなら次から気をつけなさいよ。」 「はいはい。」 妹子の視線を無視するようにそっぽをむくと、妹子は慣れたように私の手を引いて歩き出す。 忘れかけていた日常がようやく戻ってきて、私は今日一番の顔で笑っていた。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 右手の居場所/妹子 fin 2010.11.15 |