いい句 「花飾り 今日もあの娘は 可愛いな」 「…………何ですか、これ?」 芭蕉庵になまえの呆れた声が響いた。 芭蕉は期待いっぱいの瞳でなまえを見つめているが、極力その目を合わせないようにして、なまえはわざとらしいため息をつく。 「こんなのを曽良兄さんに見せないでくださいね。」 「えーっ、どの辺が駄目!?」 「季語がない、五七五になってない…何よりこれは俳句ではなくて恋文です。」 なまえはもう一度ため息をついて芭蕉の俳句を没作品入れに押し込める。毎日毎日膨大な量の没作品を作るものだからこの箱は芭蕉の句でパンパンだ。 無理矢理押し込めるとグシャリと紙が潰れる音がした。 「あーっ!松尾の最高傑作が!!」 芭蕉は大慌てで箱から先程の俳句を取り出したが無残な姿に成り果てて芭蕉の手元に戻ってきた。 「松尾バションボリ」 「そんなことより!どうするんですか、明後日は句会ですよ!」 「ううう…そうやって追い込めないでよ。なまえちゃんの鬼!」 「またそんなこと言って…!」 本気なのか冗談なのかわからない師匠のやる気になまえは痛む頭を押さえ立ち上がった。 「いいですか、お茶を用意してきますからその間にもう一つ作ってください。」 ふざけちゃ駄目ですよ、と釘を刺しなまえは部屋を出ていく。 芭蕉はその後ろ姿を眺めながら紙と筆を取った。 「今日もまた 伝えてみるけど 伝わらぬ」 没作品入れと称された箱の中に眠る作品の数々はなまえに宛てた自分の想いだなんてなまえは夢にも思っていないだろう。 芭蕉は作ったばかりの俳句をなまえがやったように押し込めた。やっぱり紙はグシャリと音を立てて潰れてしまった。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ いい句/芭蕉 fin 2010.11.09 |