目玉焼き戦争 「おはようございます、芭蕉さん。」 「ああ、おはよう」 清々しい朝、なまえのさわやかな笑顔で迎えられた芭蕉は眠たそうな目を擦りながらどうにか答えた。 「芭蕉さんったら夜更かししすぎですよ。」 「だってどうしても読みたい本があったから…」 大きなあくびを一つして上座に腰掛けると、なまえは出来上がったばかりの朝食を用意した。 「もう…風邪ひいても知りませんからね。」 悪態をつきながらもなまえの表情はとても穏やか。芭蕉の体の心配をしていても、芭蕉が自分の体調を管理出来ることを知っているので深く追究しないのだ。 芭蕉もなまえが本気で怒っているわけではないことを知っているので頭をかきながら笑った。 「ごめんごめん。…おや、今日の朝は卵があるんだ」 美味しそうな朝食の中にキラキラと朝日を浴びて輝くのは高級品の卵。 「はい、今朝お隣りの方がおすそ分けしてくださいました。」 「じゃあ後でお礼を言いに行かなきゃね。」 なまえの支度が済んで二人向き合って座ると「いただきます」、と挨拶をした。 「あれ?お醤油はもうなかったっけ?」 箸をとる前にキョロキョロと食卓を見回す芭蕉は心配そうに呟いた。 「まだありますけど、何に使うんですか?」 「ん?目玉焼きにかけようと思って。」 「えぇー、目玉焼きにはお塩ですよ。」 「ちょ…目玉焼きって言ったらお醤油って昔から言ってるでしょ!」 穏やかだった朝の食卓に不穏な空気が漂い出した。二人は箸をとめお互いの顔を見合わせると、わざとらしくそっぽを向き合った。 「目玉焼きには醤油に決まってる。」 芭蕉がご飯に箸をつけながら言うと、なまえは芭蕉と同じようにご飯を食べながら言う。 「醤油なんて卵本来の味を殺しちゃいますからダメです。塩に決まってます。」 ふん、と鼻息を荒くしてご飯を口にかきこむなまえに芭蕉は箸を止めて台所へと消えていく。 「はい。」 そして、台所から醤油刺しを持って戻るとなまえの目の前に醤油を置いた。 「何ですか?」 「そんなに言うならお醤油で食べてみなよ。」 「…いいですよ。じゃあ、芭蕉さんも塩で食べてくださいね。」 お互いは火花を散らしたまま、それぞれの目玉焼きに塩、醤油をかけて口へ運んだ。 「………。」 「………。」 二人は無言のまま目玉焼きを食べていく。静かな食卓に二人が食べ物を食べる箸の音だけが響いた。 「………。」 「………。」 しかし、そんな沈黙を破ったのは言い出しっぺの芭蕉であった。 「……塩も目玉焼きに合うねぇ。」 その声になまえの肩がぴくりと反応し、ゆっくりと顔をあげる。 「…醤油も美味しい、です。」 二人は顔を見合わせて、今度は楽しそうに笑い合う。静かだった食卓に笑い声が響き穏やかな空気が流れた。 「目玉焼きって、本当に凄いな!どんな調味料にも合うんだね。」 「本当ですねぇ。初めて知りました。」 「ねぇ、なまえちゃん。」 体内に消えていった目玉焼きに思考を巡らせるなまえに、芭蕉は少しモジモジとしながら声をかけた。 「なんですか?」 「あの、さ。食べ終わったら、一緒にお隣りさんの家までお礼を言いに行こうよ。」 なまえの顔色を伺うように、数回視線を送る芭蕉。そんな芭蕉になまえは嬉しそうに微笑んだ。 「はい!」 どこからか鶏の鳴き声が聞こえてくる。今日もまた芭蕉となまえの平凡で幸せな一日が始まる。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ らぶさんリクエスト 目玉焼き戦争/芭蕉 fin 2010.10.08 |