お迎え

誰かに名前を呼ばれ顔をあげると、目の前に褐色の肌をした男の子が立っていて、迷う事なく私の目の前でひざまずき手を差し出した。
それはまるで王子様がお姫様にするようなそんな動作。
どこか夢心地の頭の中、ふわふわする足元と薄いクリーム色の背景にこれは夢なのだと頭のどこかで思い安堵した私は、よく見ると頭に角が生えている男の子の手を取った。

「長い間一人にして申し訳ありませんでした。」

本当に悪いことをしたと言わんばかりに苦しそうな顔をする男の子。
彼の言う言葉の意味がよくわからなくて、私は首を傾げた。

「僕を覚えていないのですか?」

私の反応を見て男の子の表情が悲しそうなものにかわる。
その表情に私の胸もチクリと痛んだ。

「え、あの…すみません。」

「いえ、それほどまでに長い年月でしたから。」

そう言うと彼はグッと私の手を強く握る。
握られた手から温かさが伝わってきて妙にリアルな夢のようだと思った。

「しかし、もう大王はなまえさんを許しくださいました。これからはまた共に暮らせます。」

嬉しそうな彼の口から零れ落ちる言葉ひとつひとつに現実味がないのにまるで知っていることのように感じてしまう。
しかし、許してもらえたという安心感よりも突然襲ってきた恐怖心に体が震え全身から冷や汗が流れ落ちていく。

「あ、の…どういこと、ですか?これ夢じゃないの?貴方は誰なんですか?」

震える体でやっと声を搾り出すと彼は淋しそうな表情で立ち上がった。

「夢ではありません。僕は…黄泉の国から参りました。閻魔大王の秘書、鬼男といいます。」

「閻魔、大王……鬼………男。」

ただの言葉なのにその単語を聞いただけで呼吸がうまく出来ない。

「貴女は過去に罪を犯し大王の怒りを買いました。それが原因で貴女の魂はヒトの魂と同様に変えられ黄泉の国から追放されてしまたったのです。」

淋しそうな瞳に申し訳なさを感じたが、それ以上に恐怖心に苛まれ鬼男と名乗った彼の手から逃れた。

「私は…私です!黄泉の国なんて知らない!!」

「えぇ、だからなまえさん貴女は死してすぐに魂の転生を繰り返し続けた。極楽浄土に行くこともなく、ただ苦しみの中生きることを強いられたのです。」

「意味が、わからない。」

「何度も何度も同じ魂、身体のまま…同じ人生を繰り返していたのです。」

「苦しみなんて……」

「気付きませんか?傷付き今にも消滅してしまいそうなご自身の魂に……!」

徐々に強くなる彼の言葉。
そう言われ自分の体を見回すが何も変哲もなくいつもの私だ。

「変な事言わないで、変な所なんてないもの!」

彼の言葉が強く大きくなるにしたがって私の声も同様に大きくなっていく。

「そうか…なまえさんにはもう見えないのですね……でも僕にはそんな傷付いた貴女の姿を見るのは堪えられない!」

叫び声にも似た彼の声が響いたのと同時に、私は抱きしめられていた。

「なまえさんが傷付いて消滅するなんて…」

「ちょ……」

「こうして離れて暮らすだけで身が裂けるような思いなのに、愛する貴女を永遠に失うなんて………僕には堪えられません!」

苦しいほど強く抱きしめられているのに不思議と嫌悪感を感じない。むしろ何処か懐かしさを思い出させるような気がした。

「あの頃のようにまでは戻りませんが、しかし大王は貴女を許し再び黄泉の国で僕と共に働くことを認めてくださいました。」

「鬼…男。」

「あとはなまえさん、貴女の気持ちだけなのです。」

どうか僕と共に黄泉の国へ来て下さい、と弱々しく耳元で囁かれて私の目から涙が零れ落ちていく。

「なまえさん…。」

突然の選択にどうしていいのかわからない私はただ涙を流すことしかできなかった。

「…もし、私がついていくって言ったら、私はどうなるの?」

「そうなれば、今すぐにでも貴女を連れて黄泉の国へ…」

「そうじゃなくて」

私は嬉しそうに話し始めた鬼男の言葉を遮った。
先程の言葉を「ついていく」と捕らえた鬼男は意気揚々と答えてくれたが、私が聞きたいことはそういう事ではない。
私は涙を拭い鬼男を見つめた。

「私が今生きてる世界と私の関係はどうなっちゃうの?」

「残念ながら…僕にはわかりません。」

「………。」

「しかし!このままなまえさんがこの世界で生き続けることは、貴女の消滅を意味します。」

鬼男はそう言うと私から少し体を離し、私をじっと見つめてきた。
刺さるほどに感じるその視線は真剣そのものだ。

「一度の人生すらまともに生きられないほど、貴女はボロボロなんです。」

「でも、私は貴方を…黄泉の国を知らない。」

「知らなくても構いません。これから少しずつ覚えてくれたらいいんです。」

鬼男はいつまでも迷い拒否し続ける私を温かく包み込むように再び抱きしめた。

「そしていつの日か再び貴女が僕を好いて下さるよう僕は努力しますから。」

「鬼男……。」

離れがたいのか鬼男は私を抱きしめ続けたが、突然解放し最初に出会ったときのように私の前でひざまづいた。

「もう一度聞きます。僕は貴女をお迎えに上がりました、僕と共に黄泉の国へ来て下さいますか?」

目の前には先程まで私を抱きしめてくれていた褐色の手が差し延べられている。
ここまできて私の意見を尊重してくれる彼を私は信頼することにした。

「……はい。」

彼の手に触れた瞬間、突然世界が歪みリアルな感触だった体温が消えていく。
慌てて手をのばそうとしたところで私は目を覚ました。

「夢……?」

目の前に広がるのは見慣れた自分の部屋。
ぼんやりとする頭で上半身を起こし辺りを見回したが誰もいない。
やはり夢だったのか、そう思いため息をついた瞬間壁しかないはずの背後から声が聞こえてきた。

「お迎えに上がりました、なまえさん。」

振り向くとそこには夢で見た鬼男が壁を摺り抜け現れた。

「えっ…わっ!?」

「夢ではないと言ったではありませんか。」

「だって、ちょ……」

「もう二度と貴女を離しはしません、覚悟してくださいね。」

鬼男はそう言うと私を抱き上げ、にこりと微笑んだ。
その笑顔はまさに姫を迎えに来た王子様のようで、私は鬼男の首に腕を回し全てを決心したのであった。


















これこそ運命の王子様の迎えだと信じて…。




















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ハルカさんリクエスト
お迎え/鬼男
fin
2010.09.01

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