一歩下がって

日は落ちてきたがあちらこちらに提灯が並び普段と違う雰囲気が街を包み込んでいる。
そんな中を緑色の着物を来た人物を中心に大の大人達が楽しそうに笑い合いながら祭りへ向かう。

今日は年に一度の夏祭り。

芭蕉は珍しく集まった弟子達を連れ、その祭りを楽しもうとしていた。
なまえはその集団の一人だったが、大人の集団の中にいるのはどうも窮屈で一歩下がったところから愛しい人に熱い視線を送っている。
しかし、熱い視線を送ったところで彼はこの企画の言い出しっぺなのだからこちらに来られるはずはない。
無駄なことだとわかっていても視線を送ってしまうのはなまえが芭蕉を愛しているからだ。
本当はこの祭りだって芭蕉と二人きりで行きたかったのだが、珍しく地方にいる弟子が集まってしまい嬉しくなった芭蕉は弟子全員と祭りに行きたいと言い出した。

「ばか。」

口から出てきた罵倒の言葉は芭蕉に向けられたものではなく、なまえ自身に向けたもの。
もう少し早く自分が芭蕉を誘っていたら、優しい芭蕉のことだから二人で来てくれていただろう。
それなのに誘うのが恥ずかしいからといつまでも言えずにいたせいで今日のようなことになってしまった。

「…はぁ。」

兄弟子達と楽しそうに笑う芭蕉の笑顔に胸のときめきを覚えつつ、その笑顔が自分以外に向けられているというしょうもない独占欲が渦巻いている。
黒い感情から逃れたくて愛しい人から視線を外し、祭の雰囲気に酔ってしまおうと意識を変えるが、その視線に入ってくるもの全てが幸せそうに笑い合う恋人達ばかり。
それが楽しくなくて再び芭蕉に視線を戻そうと先程と同じ方を向くが、そこにはあまり面識のない兄弟子達が楽しそうに笑うだけで芭蕉の姿はない。
どこに行ってしまったのかと思い目の前の集団の隅々にまで意識を張り巡らせた。

「なまえちゃん。」

突然誰かに呼ばれなまえはキョロキョロと辺りを見回すが、声の主は見つからない。

「こっち、こっち。」

そう言われるのとほぼ同時に左手首に温かい何かに握られ、強く引き寄せられた。

「バァ。」

「ば…芭蕉さん!」

誰かわからない者に手を引かれるという恐怖心から身を固くしていたなまえだったが、目の前に現れた愛しの人物に思わず頬が緩んだ。

「お祭り楽しんでる?」

にこやかに笑う芭蕉は心から祭りを楽しんでいるように見える。
なまえはなんとなくその表情が楽しくない。

「楽しんでますよ?」

言葉とは裏腹に少し唇を尖らせてそっぽを向いて見せれば、芭蕉はなまえの心情を察し困ったように笑う。
こんな時でも芭蕉を困らせてしまうなんて我ながら子どものようだと、なまえは自分に嫌気がさした。

「本当に楽しんでます。」

自分自身に言い聞かせるよう再び同じ台詞を口にする。
今度は芭蕉に視線を送り最高の笑顔も忘れない。

「だから、兄さん達のところへ行ってもいいですよ。」

精一杯大人の自分を演じれば、芭蕉は一瞬驚いたように目を開いた。
しかし、すぐに目を細め手首を握っていた手をゆっくりとなまえの手に指に絡める。
離れないように強く握るとなまえの頬は薄暗いこの場でもわかるくらい赤く染まった。

「芭蕉さん…。」

「私はなまえちゃんと一緒にいたいんだけど。」

駄目かな?と小首を傾げ笑う芭蕉に「嫌だ」何て言えるはずもない。
何より断る理由がないのだ。
なまえは「はい」と言うかわりに繋いだ手を強く握り返し応えた。

「じゃあ…」

芭蕉はそう言うとなまえの手を引いて少しだけ歩くスピードを落とした。
そうするとすぐ目の前にいたはずの兄弟子達が少しずつ遠くなっていく。
こうして彼等から距離を置けばまるで始めから二人きりだったような、そんな錯覚に陥ってしまう。

「さ、何か食べたいものはない?」

提灯の明かりに照らされた芭蕉の笑顔いつもよりも艶っぽく見えるのは何故だろうか。
なまえはぼんやりとそんな思考を巡らせていたので、言葉を忘れ芭蕉を見つめた。

「なまえちゃん?」

「えっ、あ……お、同じ…芭蕉さんと同じのがいいです!」

芭蕉の呼び掛けでようやく意識を戻したなまえはなんとなく恥ずかしくなって早口で伝えた。

「そう?」

「はい!同じので。」

照れがばれないように改めて繋いだ手に力を入れると、芭蕉はさりげなく視線をくれる。

「なまえちゃん、楽しい?」

先程と同じ質問を繰り返す芭蕉に不思議に思いなまえは顔をあげて見つめ返した。

「へ…?」

嬉しそうに細められた芭蕉の瞳に見つめられ、なまえは自分の頬が緩んでいることに気付いた。

「あ…はい!凄く、楽しいです。」

「松尾もさっきよりもずっと、ずーっと楽しいよ。」

少し前で歩く弟子達にばれないようになまえの耳元で囁くと、なまえは擽ったいのか微かに身を震わせる。
そんな事すら楽しくて、二人は笑い合った。
















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霜月さんリクエスト
一歩下がって/芭蕉
fin
2010.08.26

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