ひと夏の出会い カラコロと軽快な音をたてて私は歩く。 現在の時代にそぐわない恰好で歩きにくいが、今日のようなお祭りでしかなかなか着る機会がない。 そう、浴衣と下駄をはいて私はお祭りに向かっていた。 浴衣は新品、下駄は近所のお姉さんのお下がりで少し鼻緒が気になるが今日一日くらい何とかなるだろう。 ふと、時計を見ると5時45分を指しているではないか。 待ち合わせまであとわずか、私は人込みを避けるため裏路地を使うことにした。 カラコロ、カラコロ 誰もいない道に響く下駄の音は先ほどよりも少し急ぎ気味。 私は今の自分に出せる最高のスピードで路地を歩く。 しかし、それがいけなかったのか不安だった鼻緒が無残にも切れて私は派手にこけてしまった。 「痛…。」 一瞬何が起きたのかわからなくて、その場から動けなかった。 ゆっくりと体を起こして足元を見ると、右足の鼻緒が切れている。 今から家に帰る時間はないし、かといってこんな場所に鼻緒を直してくれる人はいない。 そもそもいまどき鼻緒なんて直せる人なんているのか? 「うう…」 そんなネガティブなことを考えていると段々鼻の奥がツンと痛くなり涙が目に集まってきた。 誰もいないとわかっていても、誰かに助けを求めたくて半ベソ状態で周囲を見回すと、誰かがこちらを見ているではないか。 「あ、あのっ!!」 溺れるものは藁をも掴む、今の私は知らない人でも怖くない。 私は勇気を持ってその誰かに声をかけた。 「……。」 その人はまさか自分に呼び掛けられているとは思っていなかったらしく周囲を見回してから、再び私を見た。 「あ、僕…ですか?」 恐る恐る口を開いたその人は男の人のようだ。 「はい、あなたです。申し訳ないのですが、誰か鼻緒を結べる方を連れて来ていただけませんか?」 私は切れた下駄を片手に持ち、右足を極力地面に付けないようにバランスをとりながら立ち上がる。 そんな私をみた男の人はゆっくりと近づいて私を見た。 頼りない月明かりではっきりと顔が見えるわけではないが、少なくとも日本人ではなさそうな髪の色をしている。 「僕でよければ…。」 「えっ!?」 そういうと、男の人は私の目の前でしゃがみ作業を始める。 いまどきの日本人はもう鼻緒を結べる人は少ないけど、日本の文化に興味のある外国人なら結べるのかな?なんて考えてながら眺めていると男の人にどこか違和感を覚えた。 その違和感とは頭に綺麗な髪とは明らかに異なるものが生えているのである。 それが何なのかわからないが、少なくとも髪飾りではなさそうだ。 ドキドキと緊張しながらその何かに手を伸ばすと、男の人が顔をあげた。 「できましたよ。」 優しい笑顔に思わず、私も笑い返し、伸ばした手を戻した。 「きつかったりしませんか?」 「あ、はい…大丈夫そうです。」 足元を確認するように数歩歩いて見せると、彼はほっとしたような顔で笑う。 その表情に胸の奥がキュンと締め付けられるような錯覚を覚えた。 「よかったです、では僕はこれで失礼します。」 丁寧に頭を下げてから彼はゆっくりと歩きだし、私の視界から消えていく。 「あのっ…!」 私はどうしても彼を引き止めたくて振り向くと、そこにいるはずの彼がいない。 キョロキョロと周囲を見ても誰もいない。 「…………?」 走ってしまったのか、いやそれにしたって早過ぎるし音も何もしなかった。 私は立ちながら幻でも見ていたのだろうか? ドーン、ドーン 考え込んでいると、派手な爆発音が響き空に輝かしい華が咲いた。 時計を確認すると6時を指している。 「あ、待ち合わせ…!」 私は再び急ぎ足で歩き出す。 もう鼻緒は切れなかった。 「鬼男くん、どこ行ってたの?」 屋根の上で空に咲く華を眺めていた閻魔は遅れてやって来た鬼男の気配を感じ視線を送ると、鬼男は困ったように笑った。 「あ…いや、迷子になっていました。」 鬼男はそういうと閻魔より一歩下がった場所に腰掛ける。 恐らく今までの行動を全て見ていたのだろう、閻魔は意味ありげに笑った。 「下界もなかなか面白いでしょ」 ドーン、ドーンと華が咲く。 その華を見ながら先ほど出会った少女を思いだし鬼男は頬を緩めた。 「そう、ですね。」 忙しい夏の中休み。 そこで体験した不思議な出会い。 下界もなかなか悪くない、鬼男は心の中でそう呟いた。 「だからといってしょっちゅう下界に行くのはやめてください。」 「………ちぇ。」 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 夏の出会い/鬼男 fin 2010.08.16 |