ライバル 部屋を片付けているときに偶然見つけた私のライバル。 「ふふ…」 誰もいない芭蕉庵に私の渇いた笑いが響き渡る。 何がおかしいって… 「今日は、あなたもお留守番だったのね…」 今日は不戦勝ってことにしてあげるわ、と労るように呟いた相手は芭蕉さんお気に入りのお人形。 いっつも芭蕉さんのかばんだったり腕に抱かれていたりと私の芭蕉さんを独占しているライバルマーフィー君。 そのマーフィー君がお留守なんて嬉しい…いや、残念だったわねと言ってやりたくて笑ってしまったのだ。 「何よ、そんなに睨まなくてもいいじゃない。」 ぐったりしているくせに妙に私を見つめてくるその瞳に、何故か鋭いもののように感じてしまい私は少しうろたえてしまった。 「あなたは珍しくお留守番だからいいじゃない!私なんてここんとこずっとなんだから…。」 マーフィー君の周りに積もった埃を拭き取りながら私は言葉を紡ぐ。 そう、最近は一人でお留守番が多くて淋しい。 芭蕉さんがここにいるなんて朝と夕餉くらいじゃないかな。 稀に曽良兄さんが来てくれるけど特に話し相手になってくれるわけでもない。 してくれる事といえば私の手伝いという名の邪魔をしてくれる。 「だから、睨まないでよ。あなたよりずっと私の方が可哀相だわ。」 ふんっと鼻息を荒くしてそっぽをむくと、何となく悪いことをしたような後ろめたさを感じてしまった。 静かに振り向くとそこには先程とかわらずぐったりとしたマーフィー君。 私はマーフィー君をそっと抱き上げた。 「今日は兄さんも来ないみたいだから、一緒にお留守番しよう?」 芭蕉さんがいつもしているようにマーフィー君を腕に抱き残りの仕事を片付けてまわった。 夕餉の支度を始めるころやっと芭蕉さんが帰ってきた。 芭蕉さんは私を見てとても驚いた顔をしている。 「そっ…その子どこにいたの!?」 どうやら芭蕉さんはマーフィー君を無くしていたらしい、そんなことならもっと早く言ってくれればいいのに。 「本のお部屋にいましたよ。」 「ああうん、そうだよね!」 私は腕に抱えていたライバルを芭蕉さんの腕に渡してあげた。 悔しいけれどマーフィー君は芭蕉さんが、芭蕉さんにはマーフィー君がよく似合う。 「はい、どうぞ。」 芭蕉さんはマーフィー君を受け取ると手に持っていた見慣れない鞄から芭蕉さんがよく着ている服の色をしたリボンを取り出した。 そして、そのリボンをマーフィー君の首に巻いていく。 「よし。いい感じ。」 「…どうしたんですか?」 「うん、ちょっと早いけど…そろそろなまえちゃんが私に弟子入りした記念日でしょ?これは私からなまえちゃんへのプレゼント。」 芭蕉さんはそういうとぐったりとしたリボン付きマーフィー君を私に差し出した。 「へ…?」 私はすっとんきょんな声をあげて固まってしまった。 芭蕉さんはそれを拒否だと思ったらしく大慌てで言葉を繋ぐ。 「あ、このマーフィー君は新しい子だから私の涙が染み込んでたりしないから安心してね!」 そういうと芭蕉さんは無理矢理リボン付きマーフィー君を私に抱かせる。 よくみると芭蕉さんの鞄にはマーフィー君がついていて、私が受け取ったマーフィー君なんかよりぐったりしているように見えた。 「これ…私に?」 「そう、なまえちゃんに。」 ニコニコと笑う芭蕉さんと、芭蕉さん色をしたリボンを巻かれたマーフィー君を交互に見てやっと私の頭はこの状況を理解した。 「ありがとうございます!芭蕉さん!!」 嬉しくって勢いよく芭蕉さんに飛び付くと芭蕉さんは一瞬バランスを崩しふらふらしていたがなんとか持ちこたえてくれた。 「喜んでもらえてよかった」 見上げると芭蕉も嬉しそうに笑っている。 手元にあるリボン付きのマーフィー君も私の嬉しそうな表情を見て笑ってくれたような気がした。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐ ライバル/芭蕉 fin 2010.08.01 |