何気ない日常 ガタガタ…と玄関から大きな音がする。 はて、今日は曽良兄さんが来る日だったかしら?なんて洗濯物を取り込みながら考えた。 しかし、そんな話聞いてもいない。 急遽来ることになったとしてもこんな音はさせないだろうし、芭蕉さんが一言伝えてくれる。 不安に思って玄関まで行ってみると、玄関には大好きで大切な私の師匠芭蕉さんがいた。 何やら玄関と格闘を繰り広げているように見える。 「何をしているんですか?」 私が聞くと、芭蕉さんは凄い顔をして 「なんだか取付が悪いみたいで、動きが悪いんだよね。だから直してるの。」 芭蕉さんの細っちょい腕ではうまく支えられないのだろう。足元がふらふらと不安定だ。 今にも玄関の戸と倒れてしまいそう。 私は見兼ねて、芭蕉さんを支えた。 「ああ、ごめんね。」 芭蕉さんは申し訳なさそうに私に微笑んだ。 額には汗が浮かんでいる。 「一言言ってください。お手伝いしますから。」 曽良兄さん程力はありませんけど。と付け加えると、芭蕉さんは私を見て 「松尾まだ、女の子に力仕事を頼むほど、まだ衰えちゃいないよ!」 と力強く答えた。 「ていうか、マッスル松尾!マッスオ!!」 芭蕉さんはそう叫ぶと玄関の戸を元に戻した。 たまに、この人のセンスがわからないけど、そこが芭蕉さんの魅力なのかもしれない。 私がクスクスと笑うと、芭蕉さんも一緒に笑った。 「玄関の動きもよくなったし、お散歩でも行こうか。」 芭蕉さんはニッコリと無邪気な笑顔で私の手をとった。 私の心臓がギュウっと小さくなって、全身に血液が流れていくのがわかる。 ああ、本当にこの人は…。 「そうですね。」 そういって、芭蕉さんの手を握りかえすと芭蕉さんが嬉しそうな顔をするから、なんだか幸せな気持ちになった。 ‐‐‐‐‐‐‐‐‐ 芭蕉/何気ない日常 fin 2009.10.21 |