小説 | ナノ
本を閉じた。
まだ途中、いやほとんど読み終わった。
あと何ページかのその本は、もうすぐめでたしめでたしと言って綺麗な終わりを迎えようとしている。
くだらない。
綺麗に装丁された本はぽすんと綺麗に弧を描いて、ベッドの枕の上に着地した。
視界の端にはガラスのようなプラスチックの破片と、小さな長針ともっと小さなねじが転がっている。
箒に伸ばしかけた手が止まる。
そう、またただのガキみたいなやつあたりのせいで…
ふん、と残骸から目を反らしカーディガンを手にとり鏡台の前に座り身支度。
とりあえず、苛立っていた私は街に出る事にした。
服も欲しかったし、ローに壊された目覚まし時計も買いたかった。
適当に着替え(死んでもあのツナギは着るもんですか)、外に出ようとしたその時にキャスとすれ違った。
「あ、キャス。
私ちょっと街行くから、ローが戻ったらそう言って置いて。」
「また勝手に行くのか?
この前、散々キャプテンとケンカしたくせに。」
「私よりずーっとかわいらしい女の子のいるお店で酒飲んで気持ちよくなってる奴に気を使う必要ないわよ。じゃね。」
「…なんつーか、お前って苦労するよな。」
俺だったら耐えられねぇわ、なんて言って苦笑いするキャスケットを見て強がりでもなく、自然と笑みがこぼれた。
「男運、悪いからね…私。」
嘲笑に近かったかもしれない。
昔一人の男を愛した。
優しくて若いのに穏やかで、仕事も出来る一緒に居たら楽しいし落ち着く人だった。
でも…
「なんでこうなるんだろ…」
店のウィンドウにうつった自分の顔が哀しげだった。
考えるのはやめようと思い、ウィンドウの中を覗いてみればそこは時計屋だった。
丁度いい、と思い店内に入る。
かわいらしい時計があればベポにでも買ってってやろう。
「い、いらっしゃいませ。」
小柄の目のきょときょとした、女性と言うにはまだ成熟していない少女が顔を赤く染めながら一生懸命に言う。
そんな様子に思わずくすりと笑ってしまった。
「ふっつーの目覚まし時計ないかな、壊れちゃって困ってるの。」
なるべく緊張させないように穏やかな物言いでそう言えば、女の子はわさわさしながらこちらです!と小さな店内で声を張り上げた。
「ありがとう。」
思わずクスクス笑ってしまうと、女の子はほっぺを真っ赤に染めた。
驚いてしまう位質の良いものばかりだった、目覚まし時計だけじゃなくその他全部。
こんなちゃんとした店の時計なら、絶対ベポが喜ぶだろうなぁと思い、再びあの少女を呼ぶ。
「ねー、店員さん。
プレゼントしたいの、かわいらしい時計ってないかな。机の上に置いたらかわいいのとか…んー、なるべく大きくない方がいいな。これから服買いに行くし。」
「あ!それならこちらにございます!ほんっとーに素敵ですよ。」
少女が興奮しながらそう言うので、覗いてみると本当にかわいらしいものだった。
市販されているものとは違う雰囲気をまとった、一つ一つが本当にすごく細かい所まで気を使われている。
時計に詳しくない私だが、この時計が素晴らしいものだという物はすぐにわかった。
……くりっとした目のクマが時計を抱いている時計にした。
ベポなら喜んでくれるはず、あとペンギンにも同じ棚にあったアンティーク調のものを買う。
彼なら時計を見る機会だって多いだろう。
もう持っているだろうけど、彼なら喜んでくれるはずだ。
「本当にすごいわね。」
「はい!全部この店の店長のオリジナルなんです!スッゴい手が器用ですごく優しい人なんです!」
「褒めすぎじゃわい、客か…
ちび子!」
思わず振り返る。
懐かしいこの人の声。
もう二度と会えないと思った、会いたくもなかった…でも恋しかった彼の声。
「…お会計、よろしくお願いします。」
「なぁちび子じゃろ、懐かしいのう。
元気にしとったか?」
少女には手で制して、自分がレジに立つ昔の男。
どうせまた仕事だろう、こんな平和そうな街でも暗殺命令なんて出るのか。
「…なぁちび子。確かに悪い事をした。だがわしは本気でちび子を愛しとったんじゃ、傷が治った時、ウォーターセブンに顔を出したんじゃが、もうちび子は出た後でのう。
でも手配書を見て安心したわい、今はハートの海賊団におるんじゃろ?」
手を動かしながら話すカク。
今更どう言われたところで何も変わらない。
お互いの奥底の気持ちがどうであれ、彼は私たちを裏切ったし、傷つけたのだ。
「えぇ、船長と付き合ってるわ。」
だからこそ、やつあたりのようにぶっきらぼうにそう言った。
「ラブラブだわよ。」
強がりも言った。
ズキリと胸が小さく痛みをおびた。
「…そうか。
ちび子、少し町に行くか?
わしの案内付きじゃ。」
胸の痛みをぬりつぶしたかったのか、私は小さくコクンと頷いた。
「さっきの女の子、あなたの?」
「いや?」
「じゃ、お気に入りなわけだ。」
「まぁ、そうじゃが。
恋愛感情はないのう。」
うっわ、最低この男。
あの子、絶対好意持ってるだろうに。
「モテる男は一人じゃ我慢出来ない訳ですか。」
「やけにつっかかるのう、あの頃は船大工として売れとったからそれなりだったわけで、あんな店じゃ誰も見向きもせんわい。」
「ふーん、嫌味な男。」
さっきから私に突き刺さる女の子の視線に気付いてんのかしら。
「…ちび子。」
「おい、ちび子てめぇ。
何してやがる。」
突如後ろから引っ張られ、背中から抱きしめられる。
抱きしめ方、声、雰囲気。振り返らなくても誰かわかるほど、近い存在な彼。
「ロー…」
上を向けば、隈のひどい目とカチッと視線が交わった。心なしか………いや、完璧に機嫌が悪そうだ。
そして…あら、不思議。
お酒の匂いがしない。
…キツイ香水も。
「今の男か、ちび子の。」
「あぁ?誰だテメェ。」
「ちび子の昔の男じゃわい。」
カクがそう言えばローは私を抱きしめる力を強くした。
少し抵抗すれば、もっと強くなる腕。
バレないように小さくため息をついた。
「人にさんざん浮気だの言って置いて、良い御身分だなぁ。…ちび子」
「別に浮気じゃないってば。」
どーだかな、なんてネチネチ言ってくる船長さんの手を振り払ってうっとうしそうにチラリと見る。
それだけで眉を潜める彼は短気である。
「帰るぞ。」
なおも私を引っ張って行こうとする彼の手をパシンっと叩いた。
いたずらした小さな手をたたくように。
「なんで人の意見が聞けないの、いっつもいっつも。
私はクルーで彼女だけど、人権位保証してほしいわ。」
「…チッ」
ほらね、都合が悪くなれば舌打ちだけ。何も言わない、こっちが何か言うまで絶対に。
いつもは折れる私だけど、今日はそこまで甘くしないからね。
「今日、私帰らないから。
行きましょ、カク。」
いつも隈がついてるその目が珍しく面食らったように見開いた。
「お、おいちび子。」
唖然とするローを置いてスタスタ歩いていけば、カクが急いでついてくる。
「ラブラブじゃ…」
「ないわよ。」
ピシャリと言い放った。
Love will find a way
私にはなかなか見つからない道。
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