わたしは恋をしている。 何の因果か、現代から所謂トリップをして新選組の中庭の池に落ちたのは二ヶ月前。 心臓が止まったかと思うほどの真冬の冷たい水の中から上半身を飛び起こすと、唖然とこちらを見つめる人がいた。 どこかで見たような、でもそれは鋭いくらいの切れ長のはずだったんだけど、今はただただまん丸な瞳。 「ああ、えーっと…こんにちは?」 突然目の前に落ちてきたわたしの前で、この気候で凍ったのではないかと思うほどにフリーズしていたその人は、やがて我に返って池の中のわたしに手を差し伸べた。 「あ…」 反射的に取ってしまった彼の手の体温は冷えきったわたしには酷く熱く、一瞬火傷したのかと錯覚してその手を離してしまった。 すると彼は、離れたわたしの手を素早く掴み返し、 「……とりあえず早く上がってくれないか?鯉が驚いて逃げてしまった」 そう言って、見かけによらない強い力で引き上げられ、わたしの身体はそのまま池の外に飛び出した。 「え、鯉…?」 ぼたぼたと水の滴る前髪をかき上げて見ると、侵入者が居なくなって波紋が小さくなった池に、四方からスーッと赤や黄色の小振りの鯉が現れて、遠巻きに泳ぎだした。 彼の足下にはわたしが落ちてきて余程驚いて取り落としたのだろう、小さな麩のくずが幾つも落ちていた。 鯉に餌…? その時、ふわりとぬくもりに包まれて顔を上げると、彼が自分の羽織をわたしの肩に掛けてくれるところだった。 「詳しい話は後で訊こう。先ずは身体を温めなければ」 【あなたが温めてくれるんですか?】なんて、邪なことを思う余裕が出来るほど、彼のぬくもりの残る羽織は凍えたわたしに温かかった。 それが、監察方山崎烝との初めての出会い。 戻 * 次 |