現代の化粧っ気のある女の子は大体にして眉毛が薄かったり半分なかったり、ということがデフォだと思う。

だってやっぱり書いたほうが綺麗だし、整えてない眉毛なんて見るも無残なものだ。

だから化粧をしていないわたしももえこも眉毛がないのはデフォで、トリップの際に持っていた化粧道具で眉毛くらいは最低限書いている。

本当はメイクしたいんだけどオイルのメイク落としなんか存在するわけないし、だからと言ってウォータープルーフの現代のマスカラが水で落ちるわけがないと諦めるしかなかった。

一応拭くだけコットンのは持っているけれどそれはいざというときのために使いたい、なんてことを言ったらもえこからも激しく同意を貰ったので眉毛だけ書いてみている。

眉毛くらいだったら正直手でも落ちるから問題なくて、大体わたしはないとは言っても眉尻が少しないだけだから書き足せば済む話なのである。

そんな風にいつものように、朝起きて顔を洗って眉毛を書き足しているときのお話。

この時代には電気というものがない、だから朝起きれば薄暗いことがデフォで、それなのにみんなその薄暗い中道場で朝稽古をしている。

大体、わたしたちが起きる時間はそんなみんなの朝稽古が終わる頃だ。

6時過ぎ頃ならば多少は日が出てるにしてもそれでも薄暗い、明るくなってきたなぁと実感するのは7時半を過ぎた頃だろうか。

ホントに感覚だ、だって時計ないんだもん、仕方ない。

明かりのない薄暗い部屋では眉毛も書けないといつだってわたしは廊下に出て、まだ肌寒い空の下、ファンデーションの鏡を上に掲げて光を探す。

眉毛を書くのなんてすぐだ、ちょちょいと書き終わってしまうからいつだってそれを誰かに見られることはなかった、んだけど、



「おう、おはよう」

「あ、左之さん、おはよう」



書き終えたとファンデのコンパクトを折り畳もうとした瞬間、廊下の向こう側から歩いてきた左之さんに声を掛けられてわたしは顔を上げた。

朝稽古に行かなかったのだろうか、首にタオルもとい手拭いを掛けるでもなく、だけど疲れた表情をするでもなくいつもの足取りでこちらに向かってくる左之さんはいつ見たって胸許が肌蹴ている。

そういえば最初の頃近藤さんが、若い女子が居るのだからと左之さんや新八さんに胸許を正すように言っていたことを思い出した。

ぶっちゃけた話、別に男の上半身が剥きだしでそこにあろうが何か困ることなどないわけで。

そんなこと言ったら海とかプールとかどうするんだろう、なんて逆に申し訳ない気持ちになったっけ。

この時代では肌を見せるのがブームらしいけれど、それでも女子の前でそんな格好をと言う近藤さんは凄く女の子に優しいのだなと思ったことを思い出す。

そんな左之さんの胸許よりもっと上に視線を持ち上げれば、これまた豪い整った顔が眼に入る。

左之さんはイケメンだ、それもかなりの。

しかも長身だし、ダダ漏れさせている雰囲気はエロい。

だけどそれ以上に酷く甘い雰囲気を醸し出していて、これは女の子ときめいちゃうと思うんだよね、うん、狡いお人だ。

ふあーあ、なんて小さくする欠伸の顔すらも綺麗で、あまりの端麗さに特に左之さんが好みというわけでもないわたしですら惚れ惚れしそうになった、だけど。

自分が必死になって書き足しているから気になるだけなのか、わたしはいつだって目にしてしまう部分があった。

それは、左之さんの眉毛、何でまろなの?



「朝っぱらからこんなところで何やってんだ?もえこはどうした?」

「眉毛書いてたの、もえこは今日朝餉のお手伝い」

「それも未来のもんか?落ちんのか?」

「擦れば落ちるけれど…」



ホントはメイク落としじゃないとダメだと思うんだけど、なんて言ったところでまた説明するのも面倒だとわたしは口を噤んだ。

パチンと中途半端に折り畳んだままのコンパクトをしっかりと折り畳むと腿の横に置いて、それから眉ペンを気持ち少し左之さんに見せるように向ける。

そうすると何処か気になるのだろうか、それとも見え難いのか、膝を折ってしゃがみ込むと彼はペンを持っているわたしの手に少しだけ顔を寄せた。

おおっと近ぇ!と、上げた手の位置はそのままに身体を仰け反らせてしまったのはついだ。

別に取って食やぁしねぇよ、なんて鼻で笑われたけれど警戒の意味で仰け反ったわけでは決してない、ただちょっと近過ぎる距離が苦手なだけだ。

だけどそんな説明をしてもまた仕方のないことなので、何も言わずに眉ペンをじっくりと見遣る左之さんの顔をじっくり見遣ってみる。

でもやっぱり気になるのはその端整な顔に少しだけ短い眉毛の長さだ、何でだろう?何で短いんだろう?

いや、格好いいよ、似合ってる、けど何で短いんだろう、気になって仕方がない。

だけどさ、左之さん何で眉毛短いの?とか言ったところで左之さんだって困るだろう。

それに万が一、短くしたくてしてるわけじゃなくてハゲの要領で眉尻だけハゲちゃったとかさ、そんなんだったら申し訳ないじゃないか、有り得ない話だろうけど。

生まれつき眉毛が短いとか、本当は普通の眉毛に憧れている眉毛コンプレックスだったらわたしはどれだけ地面に頭めり込ませて謝ればいいのか解んない、けど、やだ何それ眉毛コンプレックスとか面白い。

いやね、いいと思うんだ、世の中に完璧な人なんて居ないというか、そんな完璧な男逆に萌えないよね。

だからそんなコンプレックスがあったら好感度アップしそうじゃない、いいじゃないいいじゃない、それで行こうよ。

左之さんは眉毛コンプレックス、略して眉コン、いや、眉ックスでいいよ、後でもえこに教えよう。

そんな風にひとり自由に妄想を張り巡らせて頷いていると、左之さんはぽろりと言葉を零した。



「これ、顔の何処に書いてもいいのか?」

「えっ…あ、まあ、顔というか身体の何処に書いても害はない、かな」

「じゃあ墨がねえときは、これで腹に顔描いてもいいってことだな」

「ちょ、そんときは是非描かせてくださ…あ、でも人に描いたことないから練習しないと…」

「おお、じゃあ練習すっか?」

「えっ」



言いながらズイと出されたのは腕だ、っていうか、いやいや今ですか!今なんですか、お兄さん!

しかも腕に何書けばいいのよ、あの腹芸したときの顔描けっていうの?それは無理無理、だって覚えてないもん。

何よりも有言実行過ぎて朝から何度えっ?て言えばいいのかと、内心びくびくしているわたしの身にもなって欲しい。

でも、そんなわたしなどお構いなしに左之さんは腕をもっとズイと寄せてきて、どうした?練習しねぇのか?なんて。

いやいや出来るわけないでしょうよ、何描けばいいの、何だったら指定してよ、それなら描けるのに。

でも指定と言って変なもの出されても困るし、それよりもこの間落書きしているときに新八さんから土方さんの似顔絵を描けと言われた無茶振りが甦って手が動かない。

あれは無茶振りだった、いや凄ぇ無茶振りだった。

あまりにノリノリだったから描いたけどわたしも調子に乗って鬼の副長だからって頭に角描いたんだ、そしたらそれを総ちゃんに取られて土方さんの目の前に…

うはあ、思い出したらぞくってした、怒られなかったけれどお前には俺の頭に角が生えて見えるんだなと静かに言われたあの声が忘れられない。

余計なことは描くべからず、そんなことするくらいだったらまだ書き足すくらいの左之さんの眉毛の方がましだと、わたしは静かに生唾を呑んだ。



「あの、左之さん」

「どうした?」

「腕じゃなくてもいい、ですか?」

「何処に描くってんだよ」

「えと……眉毛」

「……眉毛?」

「その、書き足しても?」



わたしはコンプレックスを穿った、いや、コンプレックスは克服するためにあるよね?あるよね?やだ、余計なことなんて言わないで!

恐る恐る言った一言は別に震えていたわけじゃないけれど気持ちいつもより若干小さくて、だけど結構な近距離のためにその声は左之さんに届いていた。

書き足すっつったって、なんて苦く笑うのが聞こえるけれどちょっと表情までは窺えない、だって視線を逸らしてしまったから。

でも言ってしまった言葉には責任を持とうと少しだけ宙を馳せらせ、それから意を決して戻せば映るのは少し眉間に皺を寄せ、だけど口角を上げている左之さん。



「別に構わねぇが、このままでいいのか?眼とか瞑った方が遣り易いか?」

「あ、うん、眼は瞑って貰った方が…」

「あいよ……ほれ」



言いながら眼を瞑ってくいっと書き易いよう自ら顎を上げてくれた左之さんの顔は、まるでキスを待っているようなそんな顔で。

おい、ヤバイぞ、こんなところ誰かに見られたら絶対なんか勘違い受ける!

止めろ、止めてくれ!勘違い受けるんだったら申し訳ないがわたしは左之さんよりも斎藤さんの方が、おっとそんなことを葛藤している暇があるならさっさと書いてしまおうか。

仕方なく少し焦りながら外に投げ出していた脚を折って廊下に膝を着くと左之さんと向かい合うように座り直し、それから失礼しますと声を掛けて眉ペンを構える。

そうすれば、おう、と小さな笑い声と共に了承の言葉が返って来て、わたしは手に震えるな震えるなと言い聞かせながらその綺麗な短い眉尻にペン先を宛がった。

薄く薄く、自分で書くように書けば大丈夫、この眉毛に沿ってラインを引くだけだから大丈…アーッ!



「…………っ」



言葉には出来なかった、だけど心の中では盛大に叫び声が上がっていた、だって、だって震えた所為で眉毛、垂れちゃった。

仕方ない、ここはもう1本上に書いて、それから後で下を消せばいいだろう、そうすればちゃんと綺麗に…アーッ!

上の線は綺麗に引けた、だけど下の線と2本ある今、まさに眉尻が2本枝分かれしていて大変なことになっている。

これは、これはまずい、まずいけど非常に面白い、これはもう片方も同じようにしなければ逆におかしい。

そう思ってわたしはもう片方も同じように2本に枝分かれした眉尻を書いた、なんか遣りきった気分というかやってやった気分だ。

わたしはやった!やったぞ!イケメンを台無しにしてやった!枝分かれ眉毛なんて新しいだろう、フッフー!

ここまで来たらもうこの剥き出しのでこにあの文字を書かないわけにはいかないと、わたしは何処か清々しい気持ちで再びペンを走らせた。



「出来た………!完璧だ…!」

「おっ、もういいのか?」

「うん……じゃあ、わたしは…これしまってくる…!」

「もう飯だからな、じゃあ先に行ってるぞ?」



早く来いよ、そう言いながら鏡で顔を確かめるわけでもなく立ち上がって爽やかな笑顔を残して歩を進ませていく左之さんを見遣りながら、わたしはただ眼を細めていた。










「あっはっはっははは…左之さ…左、ひぃ…っ」

「何だよ左之、その顔…ひ、ぶわははは…!」

「あ、あーる、あーるじゅうは……っ……く、くるじい…!」



そうっとそうっと、左之さんが爆笑している平助と新八さんともえこに気を取られている間、わたしは抜き脚差し脚で部屋に入るとこそっと斎藤さんの影に隠れた。

同時に、ぼそりとあんたが書いたのか?と問い掛けが来たけれど、本人承諾の上ですと返せば、そうかと呆れた声が溜息と共に吐き出されて。

だけどその溜息がどうやらわたしへのものではないと理解が出来たので、今日はこうして斎藤さんの後ろに隠れていようと思いました。

あれ?作文?













end / どうしてこうなった!
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -