よく晴れた日の午後、目の前には朝食を取ってすぐに干した洗濯物がもうすぐ乾くよと教えんばかりにぱたぱたと風に靡いている。

することは特にないからと洗濯物が乾くまでお茶でもしていよう、そう提案し合いもえこと2人縁側に座って島田さんから分けて貰ったお団子片手にお茶を啜ってどれくらいぼうっとしただろう。

聞いていた予定では午後、剣術指導をしているはずだった斎藤さんが目の前を通り過ぎたのを見て、わたしともえこは特にこちらを見ることなく通り過ぎた斎藤さんを黙って目で追いかけた。

別に斎藤さんが怖い雰囲気を醸し出していたわけじゃないけれど話しかけることもしなかったのは、ついだ。

誰かが通るたびに逐一話しかけるほどわたしだって暇じゃないし、一日中テンションを保てるわけじゃない。

特にこんな眠気を誘ういい天気の静かな縁側に居たらぼうっとしているのが幸せすぎて、だからもえことふたりで肩を並べたところで今日は静かに揺れる洗濯物を眺めていたのだ。

それでも誰かが目の前を通れば視点は自ずとそちらに向かうのが人間というもので、特にそれが斎藤さんならばやっぱり見えるところに居れば見てしまうのだ。





「斎藤さん格好いいな」

「はいはい」





次に出た言葉は心からの本音、それに対して即効でもえこからげんなりとした二言返事があったけれどそんなもの、聞かなかったことにする。

別に斎藤さんは目の前を通っただけで、何か格好いい仕草をしたわけでも何でもない。

そしてそのまま玄関先へと姿を消しただけ、ただそれだけのことなのだけど見遣った横顔が凛々しくて何とも言えないくらい格好良かった。

美人は3日で飽きるというけれどそんなの嘘だ、毎日顔を見合わせているけれど飽きるどころかチャンスがあれば見入ってしまう。

最初はあまりの美人さに目を見て話すことが出来なかったけれど、流石にそこは慣れなのか、今では普通に目を見て話すことが出来る。

話しかけるのも最初は緊張したけれど今では普通に遠くに居ても名前を呼ぶし、ついでに襟巻きを引っ張ったりなんかして結構やりたい放題だ。

これをしたら怒るかなとか、これを言ったら変な顔するかなとか、色々思うところもあったし地雷も多そうだった斎藤さん。

だけど蓋を開けてみればなんてことはない、どちらかと言えば地雷が多いのは斎藤さんよりも実は総ちゃんだった、なんてことも発覚して。

娯楽はないけれど面白い人たちが多いお陰で、案外屯所の生活もつまらなくは無いなと最近思い出したのだ。

毎日何かしら発見してはもえことふたりゲラゲラと馬鹿笑いしては、次はこっちにチャレンジだ、あっちにチャレンジだとどうでもいい感じに結構忙しい。

そのターゲットになる最たる人が斎藤さんであることはもう、説明すら要らないと思う。

勿論わたしは斎藤さんを馬鹿になんてしてないよ、格好いいと思うし可愛いと思うし、だけどターゲットになってしまうのはその見た目と中身のギャップの所為じゃないだろうか。

もえこに言わせればそれだけじゃないけどね、とのことだけど、わたしはそう思っている。

寝言で般若心経唱えるとか、驚きを通り越してちょっと恐怖すら感じるところだ。

だけど真顔でリズム感のない腹踊りをしようが、猫を副長って呼ぼうが、最初はちょっと思考回路が停止し掛けるけれどそれでも斎藤さんの顔を見ればやっぱり許しちゃうわけで。

いや、わたしに許されたところでいい迷惑にしかならないだろう、解ってる。

でも何というか、そのギャップが物凄く素敵だと思ってしまうわけで、つまるところわたしは、





「斎藤さんなら何でも格好いいんだな、うん」

「…………へぇ」

「きっとね、斎藤さんなら何しても許せると思うの」

「ふぅん…褌一丁に足袋と襟巻きしてるだけで歩いてても?」

「真顔でそんなことしちゃう変態な斎藤さんだってわたし、おいしく頂くよ!」





寧ろ褌一丁に足袋と襟巻きの姿なんて、この間の腹踊りに比べたらそっちの方がましなんじゃないかとさえ思う。

これはきっと想像だけか実物をしっかり見ているかの差だろう、けれど甘い。

喩え全裸に葉っぱ一枚の斎藤さんが真剣な顔して稽古をしていたところで、その格好よさには敵わない。

わたしは実際、小煩くて細かいユーモアのない男があまり好きじゃなかった。

真面目で頭が固くて面倒で、みんなが羽目を外すときでも乗らないようなそんな男は面白味が無いと、そう思っていたからだ。

正直に言おう、上記は全て斎藤さんに当て嵌まっている。

だけどそんな十何年と続いてきた価値観が、ど真ん中ストレートに見た目が好みだというそれだけの理由で覆されたのだ。

一目惚れほど厄介なものはないと誰かに聞いたことがある気がする、だけど聞いて知っていたところで走り出した感情は誰にも止めることが出来ないのもまた事実でしょう?

勿論人間は中身も凄く大切だとそんなことは解っている、でもわたしは中身が良ければ見た目なんて気にしませんなんて綺麗事は口が裂けても言えなかった。

それが災いしたのか、一目見たときから同じ部屋に居るだけで緊張したしそわそわと落ち着かなかったり、あまつさえ頑張りすぎて空回りしたりしたのだ。

実際、斎藤さんの姿が他の誰かだったら絶対に惹かれたりなんかしないだろう、それくらい斎藤さんの見た目が完璧過ぎたのだ。

もえこがイラッとすることだってわたしは、斎藤さんだからいいのだと怒られたことにすら満足してしまう。

いいんだ、斎藤さんなら何でもいいの、わたしどんな斎藤さんでも受け入れるよ、と。

そう思っていた、のに、





「デュフデュフ言ってても?」

「えっ」

「この子マジカワユス!デュフ!とか言ってても?」

「ちょ」

「拙者、居合い得意でござるデュフ…!とか言ってても?」

「あ、ごめんマジそれ無理だわ」

「おま、早速拒否ってんじゃねえか!」





作った拳を口許に当ててわざと口唇を窄め、気持ち悪い感じを一生懸命出しながら肩を揺らして笑うもえこに斎藤さんを重ねたわたしは、例題2つ目で拒否の言葉を放った。

そんなわたしを思い切り指して爆笑するもえこ、それに釣られて思わず笑ってしまった、けれど。

本気でそれだけは受け入れられないわと、ついさっきまでの夢心地が嘘のように苦く笑うことしか出来ない。

え?だって斎藤さんがデュフデュフ笑うとか、そんなの斎藤さんじゃなくたって気持ち悪いし!いやだ、想像もしたくない!

なのに!なのに想像力と妄想力だけは豊かな所為で、掻き消したくても頭の中ではデュフデュフ笑う斎藤さんがいっぱい出てきて消えてくれず、頼むからもう止めてくれとわたしはもえこの肩をぶっ叩いた。

だけどそんなことで止めてくれるほどもえこのツボに入ったテンションは止まらない、そんなことはわたしが一番よく解っている。





「ひっ、土方さんの、こととかも…っ、副長テライケメンでござるデュフ!とか言うんだよ、ぶっは…っ!」

「止めて!もえこたんもう止めて!わたしが悪かった!わたしが悪かったから!」

「みうこ氏ぃ〜デュフデュフ…っ!語尾にハートマークな!」

「やーめーろーよー!これ以上斎藤さん弄んないであげてよう!」





もう既にそんなのは斎藤さんじゃない、それだって解ってる。

だけど頭の中ではもえこの言った科白をニヤけ顔でデュフデュフ言いながら話す斎藤さんが居て、わたしは雄叫びを上げながらもえこの身体を揺さぶった。

斎藤さんのニヤけ顔なんて見たことない、微笑み程度なら幾らでもあるけれどそんな顔、斎藤さんが見せるわけが無い。

それでも浮かんでしまうのは豊かな妄想力の所為で、またそれが本当に気持ちの悪い笑みを浮かべるから発狂しそうだった。

だけどその発狂を止めたのは嬉しいのか悲しいのか、用事を終えて戻ってきた斎藤さんで、





「…何を騒いでいる」

「うわあっ!本物!」





あまりの気配の無さに声が聞こえた瞬間、心臓が飛び出しそうになった。

けれど、デュフデュフと頭の中を埋め尽くしていたなんちゃって斎藤さんをぶっ飛ばすには丁度いい威力で、





「俺の名が聞こえたが、どうした?」

「えっ」

「もえこが笑っているということはあまりいい話題ではなさそうだが」





言いながら眉を顰め、ぎろりと睨むように何故かわたしに視線を向ける斎藤さん。

聞きたくは無い、だが吐け、そう言われているような重圧が圧し掛かる。

普段だったらやっべーなんて思うところなのだけど、ああ、これが斎藤さん、間違いなくデュフデュフなんて言わない、いつだってボケも全力でシリアスな斎藤さんだと嬉しくなったわたしは、草履を履いていないことなど忘れて地面に降りるとそのまま一直線に斎藤さんに向かって突っ走った。

と言ってもたかが数歩の距離、思い切り地面を蹴った所為か、飛びつかん勢いで近づいたから数歩後ずさりされてしまったけれどお構いなし。

そのまま腕を伸ばして斎藤さんの襟巻きをぎゅっと握り締めると、わたしは半分泣き出したい気持ちで彼にお願いをした。





「斎藤さん、斎藤さんはずっとそのままの斎藤さんで居てね!」

「……何を言って、」

「絶対に、絶対にそのままの斎藤さんで居てね!間違ってもデュフデュフ笑い出したりしないでね!」

「……でぃふ?何の話を、」

「わたし、斎藤さんは今のままが一番好きだから!」

「なっ……」




叫び上げるように言えば斎藤さんはまた数歩後ずさりして目を見開いて、だけど居た堪れなくなったのかすぐさま視線を逸らせて口を噤んで。

意味が解らない、だがもういい、まるでそう言わんばかりにわたしの手を襟巻きから解かせると、俺は俺だ、変わらんと言葉を吐いて。

視線を合わせることもなく再び稽古場の方へと踵を返し、いつもよりも早歩きでその場を去ってしまったのだ。

そんな斎藤さんの背中を見届けたもえこは再びデュフと笑い出したけれど、もう大丈夫。

だってほら、本物の斎藤さんは間違ってもデュフ、なんて言わない。

頭が固くて冗談もあんま通じなくて、みんなが馬鹿やってるときも黙々と自分のペースで酒を飲んでいる斎藤さん。

人一倍責任感が強くて真面目で、その癖酷い天然で大分面倒臭い人。

だけどそんな斎藤さんだからこそ見た目がどうとか中身がどうとかじゃなくて、斎藤さんだからあれだけ格好いいのだと、そう思ったわたしにはもうもえこの悪ふざけなんか聞こえない。

こんな斎藤さんは嫌なんじゃない、斎藤さんが斎藤さんでなければ嫌だ。

何か欠けていても何か多くてもダメだ、斎藤さんでなければダメなのだと知ることができたわたしは、今日も夕餉、斎藤さんにそっとおかずを差し出すんだろう。

身体の割りにアホのように食べる斎藤さん、そんな斎藤さんが大好きですと、何処かでホッとしながら。





end
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