深夜も深夜、丑三つ時、現代のこの時間はどんなに空が暗かろうが決して暗闇になることはない。

それは勿論各々の家に普及されている電力のお陰で、24時間営業のコンビニや道行く先々にある電灯や、道路を引っ切り無しに走る車のライトだったり様々だ。

ここ幕末でも、完全に真っ暗ということは早々ない。

勿論それは見晴らしの良い大通りなんかがそうなわけであって、少しでも脇道に入れば灯篭なしでは一寸先も足許すらも全然見えない。

ただ空が澄んでいるお陰で夏場なんかは特に月明かりで綺麗に映え、最初こそは真っ暗だなんて思ったけれど目の慣れた今では余程でない限り真っ暗だとは言い切れなかった。

そんな幕末、深夜の巡察組みが丁度屯所を後にした頃だろうか。

ほんの少しのざわつきすらも消え、辺り一面虫の音しか聞こえなくなるほどの静寂の中、わたしは不思議な声を聞いた。










「お、お経?」

「うん、夕べ!聞こえなかった?」



朝、まだ敷いたままの布団の上にもえことふたりしゃがみ込んで紫煙を吐き出すこの時間は、これから始まる1日の中でもっともゆっくりと時間が流れるとき。

眠くて重い身体を起こして煙という活力を体内に取り入れながら凡そ15分ほどだらだらと話す、半分寝惚けている所為も手伝ってその短い時間が酷くゆっくりと感じるのだ。

話す内容なんて変な夢を見たとか、夢に誰々が出てきてこんなことやっていたとか、そういえば今日はこんなことをしろと土方さんに言われていたっけと思い出しながら確認したりそんな話ばかりなのだけど。

わたしはあまり夢を見ない、だから普段はもえこがぽつぽつ紫煙と一緒に吐き出すだけなのだけど今日、先に口を開いたのはわたしだった。

虫の音しか聞こえない静かな暗闇の中、そこに混じるように微かに聞こえた声。

本当に微かに聞こえただけだったから核心は持てなかった、だけど何故かはっきりと覚えているのだ。

崩れることのない一定の旋律と音域で、微かなのに何を言っているのがまで鮮明に聞こえたあの声、あれは確か、



「般若心経だった」

「…………」

「般若心経だった」

「………いや、全然大事なことじゃないから。2回も言わなくていいし知らないし完全に寝てたし」



別に大事なことだから2回言ったんじゃないやい、ノーリアクションだったからもう一度言っただけなのに。

ふぅ、と音を鳴らしながら紫煙を辺りに撒き散らし、それでも何だよ般若心経ってと苦笑するもえこにもう一度向き直った。



「夜中に確かに聞こえたんだよ、夢じゃない、と思う」

「夢だよ、夢。深夜に般若心経が聞こえるとかリアルでも夢でも気持ち悪いけど」

「だから怖かったんだってば!もしかして誰かが供養のために唱えてたとか…」

「………そんな慈悲深い人、いるかね?」



規律を護るため、決められたそれを破ったものは切腹、そんな話をされたのはつい先日だった。

そこは聞いても特に思うところはなかったけれど問題は、その話を聞いた場所にある。

あの日は晴天もいいところでもえことふたり、洗濯物を取り込むためにうろうろと庭先を歩いていた中、夏の風物詩と言えば肝試しとか怖い話大会なんて話で盛り上がっていて、そんなときに暇を持て余した総ちゃんがやってきた。

昼間だったし折角だから幕末の怖い話も聞きたいとそういうことには詳しそうな総ちゃんにふたりで話しかけて、そしたら凄くいい笑顔で言われたっけ。

君たちが今立ってるところ、一月くらい前にうちの隊士が切腹した場所なんだよね、と。

介錯したのは一くんだったなぁ、なんて、その言葉が聞こえたときには暑いにも関わらず背筋を震わせる何かが走って鳥肌が立ったのを覚えている。

怖い話は求めたけれどそんなリアルな怖い話は求めて居なかったわたしたちはお互い口端を引き攣らせて、その日の夜は気持ち少し布団を近づけて寝たのを当たり前のように鮮明に覚えていた。

もえこは怖い話が好きだ、だけど恐怖映像とか怪談話とかそういうのが好きなだけであってそんな身近過ぎる実話は要らないと眉を顰めていて。

でもここは幕末の新選組、斬った斬られたが当たり前の場所で深く考えるのも間違っていると肝を据えたのだ。

そんな経過を経ているからか、今日のわたしの話はお互い笑えるものではなくて。

あの日のことを思い出し連想してしまったわたしが、ついうっかり供養なんて言葉を出してしまった所為で口端を引き攣らせて居たもえこの顔が更に硬くなってしまった。

シンとした部屋の中に漂うのは、怪しい空気。

朝と言えど暖かく、きっと今日も日中はピーカン照りになるだろうと簡単に予想出来るほどむしっとした部屋の中で、寝汗とは別の嫌な汗を掻き始めたわたしたちは、この話はなかったことにしようと部屋の片隅に投げ込んで煙管を灰皿に叩き付けた。










それから4日ほど経った頃だった、夜中にもえこに身体を揺さ振られ目を覚ましたのは。

みうこ起きて、と小声で、だけどわたしを揺さ振る力は凄く強いというアンバランスな行動にもえこの焦りが伺えて、どうしたのと上体を少し起こせば、



「聞こえた、聞こえたんだけど般若心経!」

「……………」

「今ね、厠言って来たの!で、厠出て廊下歩いてたらさ、なんかぼそぼそ聞こえると思って誰か居るのかと辺り見渡したんだ。でも誰も居なくて」

「………えっ、ちょ、ま」

「何処から声がするのか解らないから歩いてたらさぁ、ほら、厠出て左側真っ直ぐ行くと床板すっごい音するところあるじゃん!あれ踏んじゃったの!」

「………うん」

「思いっきり踏んじゃったからギッシー!とか鳴っちゃって!そしたら……ぴたってその声止んだんだよ…」

「……………こわっ!やだもえここわっ!やめて!リアル怪談話とか止めて!!」

「あたしだって嫌だよォオオオ!リアル話はやだよォオオオ!」



普段、爆笑する以外取り乱すことも特にないもえこが話しながら、落ち着かない様子でわたしの布団をバシバシ叩く。

こんなの聞いちゃったら眠れないと嘆くもえこの表情は暗がりではっきりとは解らないけれど、それでも青褪めていることだけは理解が出来た。

というか、ぶっちゃけわたしの方が怖い、だってもえこの数倍怖がりだもん、この布団を被って朝までスルーしたい衝動に駆られている。

怖がりなくせに想像力だけは豊かで、もえこの話を聞いている最中も馬鹿みたいに色々なことを想像してしまった。

ついでに記憶力はあまり良くないくせに昔見た怖い動画の映像を思い出したり、そういえば裏に井戸があると某呪いのビデオの映像を思い出したりで内心パニックだ。

でもパニックに陥ったところで真夜中の屯所に般若心経が聞こえるというのはもう事実で、ここで震えていても怖さは拭えないしこのまま安眠も出来るわけがない。

そう決意するまでに掛かった時間は凡そ5分、わたしたちは手を握り合いながら誰かに相談をしようと静かに襖を開け放った。

だけどこんな夜中だ、土方さんだって昨日も徹夜だったというし流石に今日は寝ているだろうし誰に相談すればいいんだろう。

新八さんと左之さんと平助は今日、島原に呑みに行ってそのまま爆睡してるし、そもそも日々疲れている幹部をこんなことで起こしていいのだろうかと廊下へ一歩出るだけで脚が止まる。

このまま左へ向かって歩いていけばすぐ脇にまた左へ行く廊下がある、そこを曲がると件の庭があるから左へ行くのは躊躇うし、だけど真っ直ぐ行けば幹部の部屋が並んでいる。

どうするべきか、ふたり居れば怖くないなんてそこまで強靭な心は持ち合わせていないし、この世のものではないものに出会ってしまったら夜中に大声を上げない自信はない。

どうしようどうしようとうろたえていて、だけど廊下に出たまま一歩も動かず此処に居ても仕方がないとふたり顔を見合わせた瞬間だった。

前方からキシリ、と床を踏む音が聞こえて互いに身体が硬直した。

もう一歩、軋む音が聞こえると腰が引け、思わず生唾を飲み下す。

前方には人影などない、暗がりと言えど目を凝らしている現状、人影があれば何かしら解る。

つまり、聞こえたのは庭へと続く曲がり角の先からだと容易に想像がついて、



「だ、誰か……いるの?」



正体が解るまで怯えるなんて御免だった、だから何かあったらすぐに襖を閉じれるようにと身体を部屋に押し込んで、それから震える声で先に居るだろう何かに声を掛けた。

返事はない、だけどもう一歩と近づく軋み音に心臓が跳ね上がる。

小声でもえこがやばいよ、やばいよと呟くけれどどう逃げればいいのか解らず脚が竦んでいく。

だけど次の瞬間、そんな緊張感を打ち砕くような笑い声が聞こえて、わたしたちは同時に疑問符を口にした。



「………そ、総、ちゃん?」

「何してるの?こんな時間に。随分早起きだね」

「ちょ……もう、心臓止まるかと思った…おっきー止めてよ…」

「ホントに…」

「……何の話?僕、今巡察から帰ってきたところなんだけど」



心臓止まるって、ふたりで何か楽しいことでもしてたの?なんて言いながら襖の入り口まで静かな足取りで歩いてくる総ちゃん。

戸口に寄り掛かったところでとりあえず本物であることを確かめるために脚に手を伸ばしたら、何なの?と怪訝な声を出されたけれどお構いなし。

触れれば実体がそこにあって、心底安心したわたしたちはふたり同時に深い溜息を吐き出しながら畳に腰を下ろした。

それから深呼吸をして、さっきあった出来事とこの間も聞こえたから聞き間違いではないことを話せば、総ちゃんは特に笑うこともなく静かにわたしたちの話に耳を傾けてくれて。

信じてくれたかな?それともくだらないと一蹴するかな?

話し終えた頃にはやっと誰かに伝えることが出来た安著感が胸に広がっていて、どちらともなく、いつとも解らず震えは止まっていた、だけど。



「ねえ、それ……誰かに話した?」



至極真顔、そんな声を上げる総ちゃんに思わず首を傾げてしまった。

笑いもしなければ馬鹿馬鹿しいと呆れもしない、いつもだったらそんなくだらないことを聞かせるために僕の大事な睡眠の時間を削ってくれたの?なんて嫌味が飛んでくるというのにそうでもない。

見上げても細かい表情までは伺えないから言葉で伝えるしか方法はないのだけど、何処か総ちゃんの雰囲気が異様に感じて、わたしは静かに首を振った。



「ううん、話してないよ。前のは夢かもしれないしって流しちゃって…」

「でも聞いたよ!はっきり聞いたから……からかってるわけでもないからね!」



ふたりで必死に訴えれば、静かにそう、と呟いて。

何か思うところがあったのか、口を閉ざすと暫くその場に静止して廊下の奥をジッと見つめ、それからひとり頷いた。



「うん、解ったよ。でもそれは怖がらなくてもいいものだから、安心して寝なよ」

「……総ちゃん、知ってるの?」

「ん?まあね、でも君たちは知らなくてもいいことだから」

「ちょ、そんな意味深なこと言われて終わりじゃ納得出来ないよ」



もえこの言うとおりだ、正体不明のものに安心しろだなんて無理があると、わたしは彼の裾に手を伸ばして引っ張った。

知らなくてもいいものは勿論いっぱいあるだろう、寧ろ教えて貰えない方が多いのは当たり前で、小さなことも明らかにはぐらかされたことだって少なくない。

機密事項だったり何だったりと色々あるのは解ってる、それを知りたいだなんて居候の厄介者である立場で言う気もない、だけど、



「総ちゃんのこの間の怖い話と連想しちゃって安心なんか出来ないよ…」



夜中に般若心経が聞こえることは絶対に機密事項じゃない、だから何が起こってるのか嘘でもいいから教えて欲しかった。

こんな状態じゃただでさえ暗がりで夜中厠に行くのだって億劫なのに、般若心経なんて聞こえたら恐ろしく堪らない。

お願い、じゃあなんかはぐらかして、嘘でいいの、安心しなよとか知らなくてもいいことだからとかそんな曖昧な言葉じゃなくてもっとこう、ちゃんと。

隣の壬生寺の和尚さんがああやってたまに夜中彷徨える魂を沈めてるんだよとかさ、色々あるじゃない。

総ちゃんだったら考え付くに決まってる、だからお願いと裾をもう一度引っ張った。

そうすれば、やれやれと言わんばかりに苦笑交じりの溜息を吐き出されて、それからゆっくりと視線を合わせるようにしゃがみ込むと、彼はわたしともえこを交互に見遣った後ゆっくりと口を開いた。



「あのね、」

「「うん」」

「此処にはね、」

「「うんうん」」

「……知らない方が幸せなことがあるんだよ」

「「……………」」



近距離の所為か、総ちゃんが妖しい笑顔を浮かべてニィと口角を吊り上げたのが嫌でも解った。

同時に背筋を走るのは悪寒、わたしたちは嫌なものを更に聞いてしまったのではないかと眉間に集まる皺をどうすることも出来ず、じゃあおやすみと踵を返す総ちゃんの背中を黙って見送るしか出来なかった。

足音が遠ざかると同時に耳には虫の音が聞こえてきて、辺り一面がさっきよりも暗くなった気がする。

半ば放心状態になったのは言うまでもなく、こんなことならば震えて寝ていた方がまだましだったじゃないかと後悔するばかりだ。

早まった、人選をミスった、やっぱり総ちゃんじゃなくて左之さん辺りに聞けば良かったと思ったところで後の祭り以外の何物でもない。

普段ならマジふざけんなし!なんて零すもえこも流石に恐怖に慄いているのか口を開かず、見遣れば聞かなければ良かったと眉を顰めている。

じゃあ寝ようかという雰囲気になんか勿論なれなくて、だけどこのまま朝を迎えるのも馬鹿らしくてやっていられない。

こうなったら怒られるのを覚悟で土方さんのところに泣きつきに行くのが一番いいのではないかなんてことすら思い出してきた、そのとき、



「…………ねえ」

「うん、聞こえる…」



虫の音の間に無理やり割り入るように聞こえだしたのは、またしてもあの般若心経を読む声だった。

びくりと身体が震えたのは一瞬、首を竦め、お互い自然に身を寄せれば肩がぶつかり、だけどそんなこと気にしている暇などない。

聞きたくないのに、怖いのに耳を澄ませて出所が何処なのか探ってしまうのは怖いもの見たさの人間の性なのか。

総ちゃんは言った、知らない方が幸せなことがあると。

そんなのは此処に限ったことじゃない、世の中には知らない方が幸せだったということが溢れていてそれが解らないほどわたしたちは子供でもない。

解ってる、忠告は受けたんだからそれに従った方が絶対に後悔なんかしないんだって、そんなのは充分過ぎるほど解ってる。

それでもこれからの安眠を護るために立ち向かわなくてはならないことだって物事には必要なんだと、シンクロ率の高いわたしたちは同時に互いの顔を見遣って、それから深く頷いた。

言葉は要らない、ただ立ち上がるだけ。

それだけでお互い何を目的としているか、手に取るように解った。

折角忠告してくれた総ちゃんには悪いけれど、わたしたちはこの状況がこれからも続くことを良しとしていないんだ。

深夜に般若心経を詠んでいるその正体を暴く、暴いて明日からの安眠を護るんだ、そう決意して今度は臆病風を吹き飛ばす勢いで再び廊下へと脚を踏み出した。

気になるのはやっぱり左側、此処にいたってどうせ解らない、怖くたって前へ前へと進んで近づいていかなければいけないと、恐る恐る脚を進めてみる。

どっちが前とか後ろとか、そんなもので口論している暇はない。

お互いに手を繋いで、まるでカニ歩きのように横移動しながら進んでいく。

見た目はかなり恥ずかしいけれどそんなもの、どうせ誰も見ちゃいない。

ならばどんどん格好悪くなろうじゃないかと怖さに耐えて歩を進ませていけば、庭へと続く曲がり角に達する頃には腰が引けてへっぴり腰になっている醜い2人組みが出来上がっていた。

だけど不思議なことに庭へと続く曲がり角の方からは全く聞こえない、その声はまだ真っ直ぐ、そう、幹部の部屋の方から聞こえてくるようで。

どうしてあっちなんだろうと怪訝に思いながらも曲がり角を通り過ぎ、摺り足で一歩、また一歩と声のする方へと近づいた。

そうして脚を止めた部屋の前は何故かとある幹部の部屋の前で、



「………ここ、斎藤さんの部屋だよね?」

「………何で斎藤さん?」



小声で、いや小声よりも声の出ていない囁きレベルで会話をすれば、咳払いが中から聞こえて思わず息を止めてしまった。

だけど、咳払いの直ぐ後、再び般若心経がぼそぼそと聞こえ出し、わたしたちはもう一度顔を見合わせると小さく小首を傾げた。

斎藤さんが般若心経を読んでいた?それならば別に隠すことなんてないんじゃないか、そういう疑問だ。

犯人が斎藤さんならば安心できるし、それ以上に、介錯を務めたのが斎藤さんだと聞いてもいるのだから弔うために彼が般若心経を読んでいることは隠す必要性を感じない。

何故総ちゃんはあんなことを言ったのだろうと気になったわたしは、普段ならば声を掛けてから襖に手を掛けるのだけどそんなことお構いなくその扉をスッと引き開けた。

気配に敏感な斎藤さんのことだ、どうせわたしたちが居ることだって気付いているだろうし、別にいいだろうと、そう思って。

だけど、覗き込んだ部屋の中には寝崩れることもなく布団の中に入っている斎藤さんしか居なかった。

あれ?斎藤さん、寝、寝てない?じゃあ何で般若心経なんか聞こえるの?

何がどうなっているのだろうとふたりで顔を見合わせて、それからもう一度部屋の中を覗いて、そしてもえこが気付いた。

はあああ、ととんでもないものを見たと言わんばかりに大きく息を吸い込んだかと思えば、襖を閉めることも足音を消すことも忘れてわたしの手を引っ張り思いっきり部屋へとダッシュ。

何がどうなったのかと慌てて抗議の言葉を口にするけれど、もえこはそんなことじゃ止まらなくて。



「ちょ、ちょっと!ちょっと何があったの?え?わたし全然解んないんだけど!」



全力で引き摺られながら戻ってきた部屋の中で息を整えながら抗議したわたしは、倒れこむように布団にうつ伏せにへばり付いたもえこの背中を揺さ振った。

揺さ振られるもえこはぶるぶると身体を震わせていて、何だろう?何かわたしには見えなかったものが見えたのだろうかと小首を傾げた瞬間。



「寝言……っ!」

「………は?」

「さ、斎藤さ……ね、寝言で……般若心経唱えて…ぶっ、くく…ぶは…っ」

「え?嘘!嘘だよ!あんなはっきりした寝言あるわけ…っ」

「は…は………っ、く、苦しい…っおながぐるじ…」



衝撃の事実を突きつけられたわたしは暫し放心した後、ツボに入ってしまったもえこの苦しむ声を聞きながら、総ちゃんの言葉の意味を冷静に考えながら瞬きを繰り返した。










「見ちゃったの?だから言ったのに」

「寝言で般若心経はいくら斎藤さんでも怖いね…」

「一くんは徹夜明けなんかで疲れてるとなんか唱えてるんだよね、変わってるよね、彼」

「…………」



それが果たして変わってるで済ませていいレベルなのかはさておき、実は平助も寝言で母ちゃんと叫んだという話も聞いたのだけど、般若心経の破壊力に母ちゃんが勝てるはずもなく、わたしは今日も遠くから斎藤さんを見て目を細めるのだった。





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