お昼過ぎのことだった、近藤さんがみんなで食べてくれと大きな西瓜を紐でぶら下げ片手に持って来てくれたのは。

みんなでなら近藤さんも一緒にと声を上げたけれど、自分は今から私用で出掛けねばならないと眉を顰めて謝るから、わたしはそんな近藤さんの分まで美味しく頂こうと巡察に向かった原田さんと源さん、それに着いて行ったもえこを見送った後、広間に戻って声を張り上げたのだ。



「西瓜割りじゃぁあああ!」



パン、と勢い良く開け放てば、一言掛けてから入れと姑のようにぶちぶちと説教を食らわす土方さんが豆鉄砲でも食らったかのような顔をしているのが真っ先に目に入った。

その横で立ち上がろうとしている新八さんが素っ頓狂な声を上げてその場で静止し、平助はぽかーんと小首を傾げ、西瓜割り?とわたしの言葉を繰り返す。

無表情そのものでわたしを見遣るのは斎藤さん、だけど声のでかさからか一度小さく肩を竦めた気配がして、でもそんなことはお構いなしだ。

夏と言えば西瓜、西瓜と言えば西瓜割り、本当は海とかプールとか花火とかそういうものを例に挙げたいところだけれどそんな風習はこの時代には流石にないだろう。

あったとしても海にバカンスなんて絶対に行くわけないし、第一水着なんて持ってきて居ないし無理だ。

男の人は水浴びに褌一丁で飛び込めばいいかもしれないけれど、女の人が襦袢で飛び込むなんてそんなまさかの話過ぎる。

暑さに上半身を脱ぎ捨てる新八さんや原田さんと違って斎藤さんや土方さんなんて、夏でもそんな暑苦しい格好をしているのかと見ているこっちが暑くなるほどで、以前袖を捲って水遊びをしていたら源さんに童のようなことは止めなさいと眉を顰められた。

だからじゃないけれど暑いままの夏に少しだけ嫌気が差していたのは事実で、西瓜と言ったらと少しはしゃいだだけなのだ。

シン、と一瞬静まった広間、西瓜を両手に持ち上げたまま立ち留まるわたし、空気が少し重い。

それもそのはず、居る幹部は少し集まれと声を掛けられていたから何かしら用があって皆此処にいるのに、そんなところにどでかい声で脚を踏み入れればシンともする。

そんなわたしに向かい一番最初に声を上げたのは土方さんで、だけど零れた言葉はそりゃ未来の儀式かという予想に反した言葉だった。

正直、怒られると思った、怒られないにしてもその眉間に皺が寄ると思った、だけど目の前の土方さんは至極真顔で、純粋に西瓜割りについてわたしに問う。

だからわたしは説明してやったんだ、西瓜割りとはわたしたちの時代では夏に行う儀式であり、目隠しをして木刀を握り、綺麗に西瓜を割れてこそ一人前とみなされると。

いや、別に一人前ではないけれど、少しくらいオーバーに言わなければそんなもの、土方さんじゃ切って食やいいだけの話だろで終わりそうな気がしたんだ。

だからオーバーに言ってみたの、それがまさか後々大変なことを引き起こすとは思いもしなかったわたしは、俺にやらせてくださいと目の色を変えた斎藤さんの華麗な西瓜割りを想像しながら暢気に庭に脚を踏み入れたのだった。











「敷物は強いたし、西瓜も動かねぇようにした…あとは斎藤が割ったら食えばいいんだな?じゃあ、皿でも用意するか」

「新八さん、お塩!お塩忘れないでね!」

「おうよ、任しとけって」



割れた西瓜が地面に飛び散って食べれなくなったら泣ける、そう思って平助と一緒に敷物を敷いて西瓜をセットしていると手持ち無沙汰の新八さんが台所に皿を取りに行ってくれた。

わたしが余計なことを言ったばかりか何やら精神統一に目を瞑り、静かに集中力を高めている斎藤さんは後ろの廊下で座禅を組んでいる。

剣術指導に当たっていた総ちゃんは、木刀を取りに行くと同時に面白そうだからと一緒に着いてきて少し手前の木に寄り掛かって口角を上げ、斎藤じゃどうせ一発で綺麗に割れるだろうと言った土方さんは天気がいいからと筆を持って懐から紙を取り出した。

周りを見渡せば凄く長閑だ、だけど真後ろからは静かな殺気にも似たぴりぴりとした空気が漂ってくる。

そんな斎藤さんの空気はとっくに察していたのか、平助がぼそりとわたしに一くん怖ぇと呟いた。

うん、怖い、恐ろしいほどに真剣で、だけど現状を今風で言うのならば、シッ、見ちゃいけません、というところだろうか。

きっともえこが居たら腹を抱えて笑っているだろう、だってただの西瓜割りだし、まあ、わたしが悪いんだけど。

こういうときは空気ののんびりとした総ちゃんの許へ逃げるのが一番だと平助と2人、駆け足で総ちゃんの許へと小走って彼を挟み込むように隣に並んだ。



「ねぇ、これって目隠しして木刀を振り下ろすだけなの?簡単過ぎない?」

「あ、んと、やり方は色々あるんだけど、目隠しをした後、方向感覚を無くすために10回とか20回くらいグルグル回してやることが多いかなぁ」

「ふぅん……それ、僕がやっていいの?」

「あ、俺も手伝う!一くんを回せばいいんだろ?」

「あ、うん…」

「他には?他にはないの?」

「他……あ、回し終わった後は何処が何処だか解らなくなるから、周りの人の声を頼りに西瓜まで進むの」

「へぇ、」



にやりと口角が上がった総ちゃんの口許、わたしはそれを見逃さなかった。

同時に、もしかしたら言ってはいけないことを言ったかもしれない、そう思った矢先、彼がぼそりと呟いた、それって嘘も混じってるかもしれないってことだよね、という科白にぶるりと背筋を凍らせたのだ。

総ちゃんは酷く呑み込みが早い、以前も子供たちと遊んでいるときに何か面白い遊びはないのかと聞かれて高鬼を教えたことがあった。

高鬼も実は少しえげつない、子供の頃は特にそんなこと考えなかったけれど、苦し紛れにしがみ付いた木とかそういうのにぶら下がると鬼が居なくなるまで我慢しなければならない耐久性が必要な遊びだ。

総ちゃんが鬼になったときは酷かった、執拗にわたしを追い回してよろけたまま少しだけ大きい石の上に乗ったわたしがバランスを取っている無様な様子をじっと見て笑っていたのだ。

違う、これはそういう遊びじゃないと言ったところで、別に?僕は君が落ちるのを待ってるだけだよ、なんて平然というものだから何も返す言葉が出なかった。

西瓜割りだってそうだ、実際、割らせないために嘘を言って混乱させ、結局全然違う場所を叩いてそんな無様さを笑うのを目的とすることもある。

正直、騙すのが楽しかったりもするし、思いっきり!なんて声を上げて地面を叩き、手が痛いなんて言う姿を見るのも厭らしい楽しみで。

彼はたったひとつの質問でそれを把握してしまったと理解したわたしは、善からぬことが待ち構えているとしか思えないと生唾を飲み込んだ。

そんなことはお構いなしの総ちゃんは始めようよと口を開いて斎藤さんに目隠しをするよう促して一歩前へ出る。

斎藤さんも座禅を止め、抜かりなどないと言葉を零すと草履に脚を通して手拭いで自分の目を覆い隠し木刀を持った。

回すよという言葉と同時に総ちゃんが斎藤さんの身体をぐるぐるぐるぐると凡そ12回、その後平助がバトンタッチで逆方向に11回、回し終える頃には流石の斎藤さんでも足許が覚束なくなっていた。

暢気極まりない新八さんが塩袋と大皿を片手に帰って来て、おっ、始まるか〜西瓜西瓜、西瓜ちゃん、なんて聞いたこともない鼻歌を歌いながら廊下に腰を据え、そんな光景に土方さんが笑う。

だけど平助と総ちゃんが離れた次の瞬間、事件はやっぱり起こったのだ。



「一くん、そのまま真っ直ぐ!」

「うーん、もう少し右かな?」

「………ん、んむ、こう、か?」

「ああっ、行きすぎだよ、心眼!心眼開いて!」



流石に右も左も何処なのか感覚を失えば、超人的な居合いの達人の斎藤さんだってただの人。

また平助と総ちゃんも目が使えなかったら耳が使えることが解っているからか、一箇所に留まらず、少しずつ歩きながら声で誘導を始めるのだけど、



「違うよ、一くん、左!左!」

「一くん、真っ直ぐだよ、真っ直ぐ」

「総司、嘘吐くなよ!」

「平助くんこそ、左なんて行ったら新八さんに当たっちゃうかもしれないよ?」



勿論、嘘を吐いているのは総ちゃんの方だ、だけど悪ノリした新八さんが俺を殴るのだけは止めてくれよなんて怖がる振りをするものだから、斎藤さんもどちらが正しいのか確証が持てず、右往左往している。

時折、みうこ、とわたしを呼ぶ声が小さく零れるけれど、みうこちゃんは黙っててと総ちゃんに止められ、心の中で謝りながらお口をチャックするしかない。

本当はもう足許にあります、通り過ぎようとしていますと声を掛けたい。

だけど楽しそうな総ちゃんの邪魔をすると明日からの苛めが怖いと知らん振りをするしか、わたしには術がなかった。

ちらりと土方さんに目を遣れば、うるせーなと言いたげに眉を顰めながら雲ひとつない晴天を見上げて目を細めている。

そういえば、じりじりと斎藤さんが進む方向が土方さんの方な気がするな、そう思うと同時、総ちゃんが平助のいる方へと場所を移動して、また声を張り上げた。



「一くん、そのまま、そのまま真っ直ぐ!」

「……あ、そう!そのまま!でももうちょい左!」



平助が何かに気づいたのか、口裏を合わせるように少し口篭った。

それに気づいたのは新八さんも同じ、ぶっと噴出す声が聞こえて、わたしひとりが小首を傾げているその時、



「そこだ、行け!斎藤!」



新八さんの声に斎藤さんがぐっと肩に力を込め、構えていた木刀を振り上げた。

だけど西瓜はとっくに通り過ぎているし、どう見てもその先には土方さんが筆を持ったまま真剣に空を見上げている姿しかないと覗き込んだ瞬間、



「うぉわっ、」



ぶんと刃ぶれのない綺麗な音が耳に届くのと土方さんが素っ頓狂な声を上げ、素晴らしく華麗に後ろに退け飛んだのは同時。

ガッ、と地面が鈍い音を立てて、そこに何もないことを斎藤さんに教えた、だけど、



「惜しい!そのまま左に横なぎ!」

「…っく、こう、か…っ」

「ば…待て、斎藤!」



もう一度、今度は先ほどよりも更に早いスピードで斎藤さんの木刀が宙を舞った。

今度は後ろに飛び退けるだけでは避け切れないと悟った土方さんも思い切りジャンプ、華麗に宙を舞って、その顔は真剣そのものだ、っていうか、



「ちょ、斎藤さんんん?」



西瓜割れてないし!それ土方さん狙ってるだけだし!総ちゃんと平助腹抱えて笑ってるし!

だけど、何よりも、待て、斎藤!落ち着け、お前が狙っているのは、なんて言いながら本気で焦っている土方さんを見るのが初めてで少しわたしも面白く、顔を背けることもせず笑ってしまった。









そのすぐ後、当たり前に怒られたわたしたちではあったけれど、土方さんでもあんな顔するんだなと良い物を見た気がして、怒られながらも何処か笑みを浮かべてしまうことが隠せなかった。

そんなわたしたちの直ぐ横、本気で土下座をしながら数分頭を上げなかった斎藤さんが、きっと今回の一番の被害者。





end
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西瓜は結局、後で切って食べました。
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