夏、この時期は言葉ひとつだけで全て言い表すことが出来る季節だ、その言葉は暑いという一言。

特に京都は盆地なものだから日差しが強い日なんて目の前の景色が揺らぐほどに暑く、がぶがぶと水を飲んでも身体から汗として水分が吹き出るために厠へ行く必要などないほどの状態にすらなる。

扇風機もなければクーラーなんて当たり前にない幕末の京都、涼む方法と言えば日陰を探すことか内輪で思いっきり仰ぐことのふたつしかない。

だからと言って、あまりの暑さに着物の腕を捲り上げれば土方さんじゃなくても注意を受けてげんなりする日々を過ごしていた。

土方さんだったら煩いなぁと思うだけで済んだだろうけれど、源さんに眉を顰めてはしたないなんて言われたら二度目をするわけにはいかない。

腕がダメなら脚なんてもっとダメなんだろうなぁと諦めにも似た溜息を吐き出しながら、部屋の中ならば誰にも見られないだろうしと畳に這い蹲っていたままそっと裾を捲くり、汗ばんだ肌を撫でた。



「………あ、あれ…もえこさん?もえこさんや、ちょっと…」

「何……?」



するりと脹脛を撫でた手にほんのりと違和感を覚えたのはつい今し方、すりすりと何度も擦って、それからやっぱり違和感があると思わず隣で同じように這い蹲っていたもえこを呼んだ。

返って来たのはこれ以上ないほどの気怠そうな声、まるで声を出すのも億劫だと言いたげなもえこはそれでも視線をわたしに向ける。

いや、わたしだってこんな暑い中キャッキャウフフする気力もなければ何か面白いことを探して馬鹿笑いしようという気はない。

だからそんな顔はしなさんなとほんのりと笑みを浮かべ、自らの脚をもえこに見えるよう差し出した。



「毛が生えとる」

「ぶっ……おま……止めろって言ったじゃん!解れよ!」

「いや、そういうつもりで言ったわけじゃなくて」

「もうさあ、みうこは存在自体がお笑いなんだからさあ、解って。頼むから」

「えっ?どういう意味なの、それは」



内心、あんまりだと思いつつも確かに第一声が毛が生えとるはそう捉えられてもおかしくはなかったと反省し、もう一度言葉を変えて話しかけてみる。



「ごめんね、脛毛がちょっとザリザリ言うと思って」

「あのね、言葉変えても同じだから。脛毛がザリザリするってあたしに見せてくる時点で同じだから。それを報告しちゃう時点でダメなんだよ。まあ、みうこだからしょうがないんだけど」



言葉を変えたところでダメ出しを食らうのはもういつものことだ、仕方がない。

まあ確かにわたしの脛毛事情とか正直どうでもいいし、そんなことを報告された身としてはだからどうしたと思う他ないのは解る。

でもこのまま終わりにすると、わたしに毛深い疑惑が掛かるだけで終了するので頂けないと話を続行することにした。

自分の名誉のために一言だけ弁解しておくけれど、ザリザリするとは言っても家系のお陰でわたしの一族は体毛が凄く薄い。

地毛も元々茶色いし目の色も薄い、色素が薄いのかもしれないが親族の中には男の癖に腋毛すら生えていないだとか体毛が金髪のようになっていて見えないだとか、そんな人がゴロゴロいる。

だけど不思議なことに頭がつるりんということはなく、毛に関して言えば至極恵まれている家系だと自負している。

それでも剃るのは薄くともそれなりに見えることは見えるし、無駄毛以外の何物でもないからだ。

剃れば必然的に次に生えてくる毛は硬くなる、だから触れれば多少なりともザリザリと感触が伝わって心地悪いのだ。

剃れば剃るほど剃らずには要られなくなってくるし、無限ループもいいところになる。

肌は傷つけるし、いっそのこと永久脱毛とかしちゃった方が早いんじゃないだろうかと何度も思ったけれど、金もなければ腰の重たいわたしは結局やらずじまいで今こうして何とも言い難い気持ちになっているのです。

腋毛ならば毛抜きで抜くことも可能だ、電動の抜く道具がなくたって化粧ポーチの中には毛抜きが常時入っている。

あとは根気があればいつだって出来ることで、暇で暇で仕方がないときにはぽちぽちと抜いていたっけ、だけど脛毛を毛抜きで一本一本抜くという根気は幾らなんでも出るものではなかった。

そんな気持ちで腕を見遣れば、腕にもほんの少量だけ生えている、だけど特に気にならない程度。

だからこそ脛毛が余計に気になるなと零せば、心当たりのあるもえこも確かにねぇと小さく言葉を零した。



「剃刀くらいは普通にあるんじゃない?この時代にも」

「でもきっと小刀みたいなやつだと思う」

「全く安全じゃないタイプのね」

「一歩間違えれば大惨事になり兼ねないやつね」

「そうそう」



現代には安全剃刀というものが存在する、それは文字通り安全なもので、うっかりピッと横にずれちゃっても切れてないという優れものだ。

そんな優れものに慣れきっているわたしたちに想像するだけでも怖そうなこの時代の剃刀を借りて、果たして肌を滑らせることが出来るだろうか、問題はそこだった。

別に剃刀ありますか?剃刀借りたいんですけど、なんていうのは簡単だ、だけど借りたところで使えなさそうなのが正直な感想で、だけど物は試し、やってみなければ何事も解らない。

それからとりあえず、土方さんがさっき広間に居たはずだと思い出したわたしは、現物がなければ仕方がないと借りてくることにして重たい腰を持ち上げた。

いってらっしゃいと内輪でパタパタ自分を仰ぎながらバテる寸前のもえこを部屋に残して表に出ると、夕方の割には酷く暑い。

苦肉の策にパタパタと袖を振って風を起こしながら、土方さんがまだ居るだろう広間に向かってわたしは足を運んだ。










「剃刀ってありますか?」

「……あったら何に使うんだ?」



広間の手前で声を掛ければ直ぐ様入れという短い返事が返ってきたのはついさっき、そのまま失礼しますと襖を開ければ中には土方さんとそれから新八さんが居る。

珍しい組み合わせだなぁなんて思いながら特に大事な話をしていたわけではなさそうなので敷居を跨ぎ、どうしたと早速言葉を投げかけてくれた土方さんに甘えて用件を言えば疑問符を返された。

まあ当然だろう、普段、特に何が欲しがることもしない人間が突然何か欲しがれば使用用途は気になるもの。

それ以前に剃刀ってこの時代の女の人が使うことなんてあるのかなぁ、なんて思いながら、嘘を吐いてややこしくするのも借りられないのも面倒なので正直に口を開いた。



「んと、無駄毛の処理をしようと思って」



でもほんの少しだけ流石に恥ずかしかった、だってそういうのってこっそりやるものじゃない。

一応、男の人である土方さんや新八さんに、恥じらいもなくそんなこと言うのは女として既に終わっているようで、恥じらいくらいは捨てないでおこうと少し俯きがちに言ってみる。

だけど次の瞬間、大きな声を上げたのは新八さんだった、突然震え出して、見遣れば目を見開いてわたしを見遣っていた。

でも土方さんも声は上げないにしろ、同じ顔をしていて、



「………みうこちゃん…ちょ…そりゃ…おいおいおい…土方さん…」

「…………え?」

「…みうこ…お前、誰に言われてそんなこと…」

「…えっ?誰にって?」

「総司か?左之か?ま、まさか……山崎くんなわけ、ねぇよな?」



なっ?なっ?なんて何度も眉を顰め、土方さんとわたしの顔を交互に見遣りながら酷くおろおろとし始める新八さん。

そんな新八さんを無視してもう一度、誰のためにそんな真似しやがる、なんて言う土方さんに小首を傾げ、わたしは自分のためですと零した、だけど、



「庇わなくていい。誰だ、お前にそんなことさせようとしてる奴は」



と、来たもんだ、益々首が横に倒れていく。

何でそんな話になるのか意味が解らない、脛毛を剃る相談をしたのはもえこしか居ないし脚を見せたのももえこしか居ない。

もしも誰かに言われてというのならばもえこの名前を出すけれど、それだってもえこに脛毛を剃れ、なんて言われていない今、自分の意思ですと言うしか他ない。

その前に脛毛の処理をするのに何で誰かに指図されなければいけないのか、まずそこが意味が解らないのだ。

総ちゃんだとか原田さんだとか、ザキさんだとか、彼らに脛毛など見せてないし、その前に特に綺麗でもない脚、見せたくもないと口唇が歪んでしまう。

何だろう、もしかして脛毛を剃るとか、無駄毛の処理はこの時代ではおかしなことなのかな?

まあ確かに脛毛が生えていようがなんだろうが、着物で見えないから気にする人も少ないだろうし男の人も気にならないのかもしれない、だけどわたしは気になって仕方がないわけで。



「えと、庇うとかじゃなくて、わたしが自らそう言ってるだけなんですけど」



これ以上の言葉は思いつかず、余計なことをしちゃったのかもしれないという気持ちでいっぱいになりながらわたしは小さく俯いた。

何だこれ、ただ剃刀貸して欲しいって言っただけなのにどうしてこうなったのか、思い返してみても全く解らない。

やっぱり無駄毛と言えど毛を剃るなんて正直に言わない方が良かったのかなぁ、と小首を傾げて何回目か、土方さんがゆっくりと腰を上げるとわたしの目の前で膝を落とした。



「別に恋愛を禁止になんざしてねぇ、だがな、屯所内でされると正直他の隊士の士気にも関わる。それが幹部なら尚のことだ。言っている意味が解るな?」

「……………」

「誰だ、別にお前が告げ口したなんて思わねぇよ。だから正直に話してみろ」



いや、だから正直に話したじゃないか、言ってる意味全然解んないよ土方さん!

でも言えない!突っ込めない!だってめっちゃ真顔で真剣そのもので突っ込んでいい雰囲気じゃない!

ちらりと向こう側を見れば新八さんが青冷めたような顔をして視線を宙に泳がせていて、どうにも役に立ちそうにない。

いや、すぐ他人を頼りにするのはわたしの悪い癖だ、自分で招いたこと、自分でケツくらい拭かなければいけない。

そう思って話の流れと土方さんの言葉をもう一度頭でリピートして、それから考えるべくもう一度視線を落とした。

待って、何て言った?恋愛は禁止していない?ううん、誰ともそんな関係になった覚えはない、寧ろ相手にすらされていないのが今の現状だ、そんな心配は皆無。

正直に話したのに誰か黒幕が居ると思われている、たかが剃刀で脛毛を剃ろうと思っているだけなのに、そしてそれは全然理解されていない。

そしてその黒幕と疑われているのが、総ちゃん、原田さん、それからザキさんだ。

3人の顔をそれぞれ浮かべて見て一番最初に思ったのは統一性ゼロだという元も子もない結論、だけど事実本当にそうなのだから仕方がない。

強いて言うのならば3人はよく話をするし、比較的他の人よりは仲がいい方だと言うこと、だけどそれ以外に特に見当たる統一性はない。

つまり?つまりどういうことなのだろう、考えが全く纏まらず、それ以前に何で脛毛を剃るだけでこんな尋問めいたことをされているのか意味が解らないともう一度小首を傾げた。

同時に聞こえたのは土方さんの深い溜息、それからゆっくりと立ち上がる気配がして、



「新八、幹部全員、居る奴だけでもいい、ここに連れて来い」



いやいやいやいや、何を仰るお代官!違うんだ、違うんだよ!わたしはただ脛毛が剃りたいだけで、どうしてこうなったの!

だけどわたしが何を言っても、お前は気にしなくていい、部屋に戻っていろと背中を押されるだけで、ひとり戦利品の欠片もなくとぼとぼと部屋に戻ったのだ。










「意味が解らないでしょ?」

「意味が解らないね」



部屋に戻り襖を開けて即効でもえこに事の全てを話せばふたり同じように首を傾け数分、もう一度考えてみたけれど特に答えらしきものは出ない。

何をどうやったらあの一言で勘違いをされたのか、そしてどうして恋愛をしていると発展してしまったのか、全く以って不明で。

土方さんは幹部を呼ぶと言っていたけれど、幹部を呼んでどうするというのだろうか。

まさかわたしが脛毛を剃りたがっているということをひとりひとりに言うつもりなのだろうか、それは流石に羞恥プレイ以外の何物でもないじゃないかと考えれば涙が出てきそうだ。

大体幹部を呼んで話を聞いたところで何も出てきやしない、事実無根で、それこそお願いしたいくらい根も葉もないのだから。

ただこのザリザリする脛毛を剃りたかっただけなんだけどな、そのためには出来るか出来ないか、まず現物を見たかっただけなんだけどなぁと、消えてしまった小さな望みを天井に描いて大きな溜息を吐いた。

何を誤解しているのか解らないけれど、誤解は誤解、すぐに解けるだろう。

そうしたらもう一度、自分が剃りたいだけなのだと主張して借りたいことを告げればいいや、そう思ってまた畳の上を這い蹲っていた。

それからどれくらい経っただろうか、間もなく夕食だろうという時間の少し前だった、原田さんが部屋を訪れたのは。

手には小さく平たい石を持って、剃刀は危ないからこれでやれと、何処か困ったような顔をしてわたしに手渡してきた。

こんな石で何をすればいいのかと小首を傾げたわたしを他所に突然噴き出して、それから大爆笑したのはもえこ。

なるほど!なるほどそういう誤解!などと、畳に額を擦り付けて苦しそうに大爆笑するものだから更に小首を傾げたわたしは、幕末のことを良く知らない。

聞けば、これは毛刈石と言って、遊女が陰毛を整えるためにこいつでガチガチ擦り切って手入れをするようで、



「……え?ちが…ちが……えっ?」

「…無駄毛って、これだろ?」

「は?無駄毛って、えええええええええ?違う!違う違う!無駄毛って脛毛のこと!っていうか、あれ?土方さん、まさか……」

「脛毛?」

「うわああああ!まさか!うわあああああっ!!!!!」



無駄毛を陰毛だと思うだなんて誰が予想するというの、だけどなるほど辻褄が合ったと理解した頃にはもう遅い。

流石のわたしも恥ずかしさに夕飯をみんなと一緒に摂るなど出来るわけもなく、静かに部屋の隅で膝を抱えてみたのだった。







end / きっと総ちゃんが笑いに来ただろうね
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