「第一回、ドキッ美男子だらけのチキチキ濃度チェック大会〜」 「………何それ」 「そのまんまの意味なんだけどね」 そう零すと煎餅を咥えながら、もえこは気怠げに小首を傾げた。 入梅した所為で毎日外は雨、一部雨戸も締め切った屯所の中は昼間でも薄暗く、やることもない。 わたしたちに何か手伝える仕事があるかといえば実際は何もなく、読み物でも貸してやるから大人しく暇を潰せと言われて借りたところでこの時代の蚯蚓ののたくったような文字が読めるわけもなく、最近は毎日這い蹲うように畳をのた打ち回っていた。 掃除の嫌いなわたしが雑巾を持って障子の角まで掃除し出すくらい暇な屯所の中、だけどわたしたちが暇でも構ってくれる人は特に居ない。 実際、新八さんたちだって巡察から帰ってくれば道場に稽古しに行っちゃうし、遊んでくれる人など皆無。 特に今日みたいに幹部が誰ひとりとして非番ではない日なんか平隊士さんたちとあまり喋る機会のないわたしたちは、薄暗い部屋の中に篭って畳をのた打ち回るしかなかった。 もえことお喋りをしていれば時間は簡単に過ぎるのだけど、彼女は煎餅片手に歴史書を読み漁っている。 そんな蚯蚓ののたくったような字がよく読めるなと感心していたのだけど、どうやらわたしが巡察に行っている間や暇なときに左之さんに文字を教えて貰ったらしく、ひとり読解しながらペラペラと書物を捲くっていた。 もえこはそんなひとりの時間を邪魔すると妙に怖い、だから幾ら今でも構ってよう、と言葉を投げ付けるわけにも行かず、わたしはひとりうつ伏せになりながら畳の上をくるくると回っていた。 時には歩伏前進してみたりもするのだけど如何せん、着物で無理は出来ない。 解けてももえこは最近、着直すのを手伝ってくれないし、自分が気にならないからいいかと放っておけば土方さんに見つかって怪訝な顔をされるし散々だ。 戸の向こう側は雨、部屋の中に木霊すのはポッポッ、という軽い雨音と紙を捲る静かな音ともえこの煎餅を食らう音だけ。 そんな音だけに耳を澄ませてどれほど経っただろうか、退屈が限界を超えたわたしは寒くてもいい、空気の入れ替えでもするかと障子を開け、建付けのあまり良くない雨戸を力いっぱい引いた。 それから部屋に戻ってまた寝転んで暫くすると、何処からともなく廊下を踏む音が耳に届く。 誰かいるのかな、そんな具合で隙間程度に開けていた障子に手を伸ばすと同時、目の前に誰かの素足が見えてわたしはゆっくりと顔を上げた。 見遣った先に居たのは平助だ、だけど急いでいるのかあまりに静か過ぎてわたしに気が付かなかったのかそのまま真上を通り過ぎて行ってしまって。 でもそんな平助の素足を見て、わたしはまたどうでもいい遊びを思いついてもえこに声を掛けたのだ。 「濃度チェックって何の?」 「すね毛の」 「…………」 我ながら本当にどうでもいいと思う、だけどこんな退屈な中だからこそそれが魅力的に思えて仕方がなかった。 この時代の人って腕や胸許など肌を出すのがお洒落というか格好いいとされているらしく、上は見る機会が沢山あるけれどすね毛は滅多としてお目に掛かれない。 新八さんや左之さんはよく井戸のところで上半身裸の姿を見るけれど、土方さんなんて鉄壁の防御だ。 斎藤さんに至っては腕どころか首許すら見たことなんてない。 そんなことを頭が過ぎると同時、多そうなのは誰だろうとか、そんなくだらないことが酷く愉しいことのように思えて、わたしはもえこが煎餅を平らげたのを見計らって口を開いた。 もえこが書物に眼を通し始めて凡そ半刻、視力が余り良くない所為か疲れたのか、元々くだらない話は大好物な気質だからか。 手許の本を閉じながら、すね毛ねぇ、と視線を宙に這わせて口角を上げた。 新八さんはいつだか褌一枚なのを見たことがあって、流石に漢って感じなので程好く濃いすね毛をこの眼で見た気がする。 だけど3秒くらい見遣った平助の脚はそれなりにすね毛はあったにせよ、あの少し硬く多い髪に比べたら普通レベルな気がして色も白いと言うのに目立たなく、男の子としては少ない方なのではないだろうか。 そんな見解をぽろりと零すと、もえこはひとつ伸びをして、それから思い出したかのように小さく言葉を吐き出した。 「あー…左之さんも新八さんくらいかなぁ、普通だった」 「…新八さん、結構濃いよ」 「んー、うん、漢って感じだったね」 「そうそう」 でも左之さんもあんま変わりなかったけど、と何処ぞで見た記憶があるのか自身の記憶を辿るように視線を馳せらせながら言葉をゆっくり紡ぐもえこ。 そんな彼女を見遣りながら、ああ、そう言えば少し前にお湯をぶっ掛けたなんて言ってもえこが手当てしてたなと思い出し、ならば他に誰のすね毛を見たことがあるかと話題を変えた。 だけど結論はわたしと大して変わらない、土方さんと斎藤さんは鉄壁であるというその結論。 「総ちゃんも見たことないけど彼は薄そうだよね」 「髪も細いしね、将来が心配」 「それはハゲ的な意味で言ってるの?」 「ハゲるかどうかは知らないけど21世紀では心配する細さじゃない?」 流石にそれは失礼だろうと思いつつも、確かに彼は腕も綺麗だし胸許も綺麗だし、毛に関しては薄い方であるとそれを否定できる言葉は見つからなかった。 ただ総ちゃんは確かめようにも残念ながら今日は不在、近藤さんのお供に着いて行くんだと嬉しそうに昨日話していたから帰って来るのは早くても夜。 ならば鉄壁の一番困難な2人を突撃濃度チェックをかますしかないのかと、まだ始まっても居ないのに問題にぶち当たり、2人同時に腕を組んで唸り声を上げた。 さて、どうすればすね毛を見れるものだろうか、問題はその方法だ。 一番簡単なのはスカート捲りの容量で裾を捲くらせて貰うことだけれど、そんなことはまあどっちも無理だろう。 隙を突くなんていうのは以ての外、下手をすれば腰の刀がギラめく可能性だってある、何よりもそれをやって痴女だと思われるのは頂けない。 大体わたしは何時ぞや、斎藤さんの襟巻きだと思って居た褌をクンカクンカしてドン退きされたのだ、ここで裾を捲り上げたらどんな冷たい視線が飛んでくるかなんて想像しただけで涙が出そう。 しかも袴にしても着流しにしても実は簡単にペラリとなんて捲りあがるものじゃない。 仮に隙が突けたとして裾を掴んだとしよう、素足を拝む前に拳骨が飛んで来そうだとわたしは鬼の顔を想像して背筋をぶるりと震わせた。 他に浮かんだのは直接お願いするという暴挙だ、すね毛見せてくださいと直接面と向かって言うという捨て身の技。 こればかりは言ってみないと解らないけれど、大体これも予想は付いている。 どうせ何言ってやがるこの馬鹿って感じに眉間に皺が寄って、その後斎藤さんは溜息、土方さんは罵声だろう。 下手すればお説教が付いて来るかも知れない、そんなのやだ。 だけど折角思いついたこと、総ちゃんが帰ってくる夜まで待てないとうずうずし出したわたしたちは、とりあえずハプニングで生脚チラリズムという一番安易なことを期待して2人の居るところを探すことにして部屋を出た。 2人一緒に探したところで意味はない、とりあえず手分けをして最初に目にした方を担当するということになってわたしは真っ先に左へと踵を返す。 向かった先は土方さんの部屋だ、何かして怒られるか痴女の烙印を押されるか、どっちがいいと言われたら鬼に怒られた方がまし。 そう思って土方さんの部屋に向かったのだけど、 「い、居ない…だと…?」 外から3回声を掛けてみたけれど反応はなし、仕方なく障子に耳を宛がってみたけれど物音ひとつしなければ明かりも灯っていない。 ならば何処へ行ったのかと斎藤さんが居そうな道場の方へは行かず、広間に向かう廊下を小走りで歩いていると、薄暗い廊下の向こうから誰かが歩いて来たのが見えてわたしは歩を緩めた。 それから眼を凝らして誰だと良く見遣ってみたけれど嫌な予感がする、いや、嫌な予感しかしない。 薄暗闇の中、近づいても近づいても全身真っ黒なその人、そして異様に静かな足音。 これはいかんと本能が働いてすぐさま踵を返した、のだけど、 「あんたか、何をしている」 まさかの声を掛けられて、嬉しい気持ちと哀しい気持ちが交差し、わたしは肩を項垂れさせて仕方なく返した踵を元に戻した。 見遣った先に居るのは勿論斎藤さんだ、何だろう、呪いなの?ふんわりフラグの立たない呪いか何かなの? そんなことを思ってみてもこの現実は変わらなくて、仕方なくわたしは手を伸ばせば届きそうな距離にまで近くに居る斎藤さんを見遣って作り笑いを浮かべた。 「さ、斎藤さん…道場に居たんじゃ…」 「稽古か?それならば四半刻ほど前に切り上げた。道場の隅に雨漏りがあってな、それを修復するため今し方副長に話したところだ」 「…あ、土方さんもしかして広間の方に居たんですか?」 「ああ、それがどうかしたのか?」 聞いてしくったと思ったけれど今更だ、もしかしたら斎藤さんを探しに道場に行っていれば先に斎藤さんに出会ったのはもえこだったはず。 そう思ったところで先に出会ってしまったのは結局わたしだし、どちらにせよわたしの考えることなんて読めているもえこはチェンジなんてしてくれない。 詰まるところ、言いだしっぺは腹を括るしかないと、そう思ってわたしは小さく深呼吸をすると眼を細め小首を傾げそうな彼の顔を見遣ってライフカードを心に並べた。 1. すいません、斎藤さん!すね毛見せてください! 2. あれ?裾にゴミ付いてますよ?わたくしめが取りませう! 3. 純粋な興味なんですけど斎藤さんのすね毛は渦巻きですか?それとも直毛ですか?もしかしてその頭みたいにふわっふわなんですか? 4. すいません…今、悪霊に取り憑かれていて…う、腕が、腕が勝手に…アーッ! 5. 斎藤さん!斎藤さんの裾の中にチオサが侵入…!おま、そこはネバーランドの入り口じゃ……いい、ネバーランドです…! 「純粋な興味なんですけど、」 「なんだ?」 「斎藤さんのすね毛は渦巻きですか?それとも直毛ですか?それとも、」 「…………」 「ふわっふ…ふわ………」 「…………」 「……ごめんなさい」 だからさあ、どうして1にしなかったの?4はないよ、だけど1か2だったらこんな痛い視線を貰うことはなかったはずなんだよ。 でも単刀直入にすね毛見せてくださいなんて言える勇気はなかったしさ、捲り上げて痴女の烙印も避けたかったしさ、だからついうっかり見せてくれじゃなくて聞いてみるって戦法に走ったけどさ。 あれれぇ?おかしいぞぉ?斎藤さんの眼が急に細まって酷く鋭くなった気がするのは気のせいじゃない。 こんなことならば悪霊の所為にすれば良かった、いや、悪霊だと刀で成敗されるかもしれないからチオサの所為にすれば良かった、チオサの所為にしてネバーランドの入り口潜れば良かった! そんなことを冷や汗垂らしながら思ったところで、口に出してしまったものはもう遅い。 謝罪の言葉を小さく零し、その眼は心苦しいから止めてと視線を逸らすと同時、口を噤んでいた斎藤さんが静かに溜息を吐き出して、 「みうこ…あんたの言動が解せん」 何故俺のすね毛の話になったのだ、その一言すらもないまま目の前をするりと通り過ぎていく斎藤さんの顔など見遣れるはずもなく、わたしは痴女の烙印を押されるよりも大ダメージを食らったと胸を押さえてよろめいた。 ドン、と壁に肩がぶつかって、だけどそんなことよりも冷ややかな斎藤ビームが抜けないと胸を押さえてもがいていると、前方から軽い音を立ててもえこが見つけたと言わんばかりに走ってきて、 「土方さん、漢って感じだった」 言いながら、遣り遂げた感たっぷりのキラキラとした笑顔を見て、わたしは更に大ダメージを受けるのだった。 総ちゃんの脚に飛びつく半日前、薄い綺麗なおみ足を撫でたら笑いながら気持ち悪いと言葉を零され、更に棘を刺されたわたしは今夜、静かに枕を濡らすのだった。 end ----------------------------- シャレオツ斎藤の生脚に続く |