「ねえ、知ってる?斎藤さんの飼ってるあの猫の名前」

「歳三」



普段、爆笑要員なもえこが酷く真顔で部屋の襖を開けたかと思えば、その表情を崩すことなく言い放ったのが、これ。

何言ってんの、そんなのわたしかなり前から知ってたけど、と小首を傾げて答えれば、可愛い顔が一瞬にして拉げた。

それから一度気を取り直したのか咳払い、後ろ手に襖を閉めると部屋の中央に来るわけでもなくその場に座って、あれ?これ説教モードのもえこじゃない?

そんな風に内心ドキドキしながら放たれるであろう次の言葉を待っていると、その大きな眼を見開いて静かに口を開いた。



「気持ち悪い」

「……えっ?」

「気持ち悪いよ、斎藤さん」



放たれた言葉に暫しフリーズしたのは特に言うまでもないと思う、だけどわたしの大好きな人を気持ち悪いだなんて言うのはいくらもえこでも許し難い。

気持ち悪いって!失礼すぎるじゃないか!斎藤さんのどこが気持ち悪いっていうの!

容姿端麗、ちょっと背は低いかもしれないけどそこは可愛いところだよ。

左利きの居合いの達人で、寡黙で年の割には大人びてて、だけど甘い物が結構好きで刀のことになると周りに眼もくれず夢中になる、そんな少年の心を持った斎藤さんを、



「いや、気持ち悪いから」

「酷い!あんまりだ!何を根拠に!っていうかわたしの心読まないで!」

「だって猫に土方さんの名前だよ?」

「でも歳三って呼んでないよ、副長って呼んでるよ」

「それドン引きのレベル」



言いながら、はぁ、と大きな溜息を零したもえこは真顔のまま、いい?と間を置いて再び口を開いた。



「みうこは自分の飼ってる動物にはじめって名前付ける?」

「付けないけど」

「いくら斎藤さんが好きでも付けないでしょ?っていうか、付けてたらまずあんたと距離置くけどね」

「もえこのそういうはっきりしたところ好きだよ、わたしは」



だけど気持ち悪いだなんてあまりにもはっきり言い過ぎやしませんか?

そう抗議の為に眉に皺を寄せると、もえこはげんなりという表現がよく似合うほどに溜息を吐き出した。



「ストーカーとは言わないけどさ、信者っていうかもう何ていうの?衆道の気があると勘違いされても何ら疑問は持たないよね、斎藤さん」

「もえこがBL好きなのは知ってるけどさ、ここは一応夢サイトだからそういう、土斎的な話をするのは、」

「誰も土斎なんて言ってねーよ、お前が言ったんだよ、っていうか、あたし土斎なんて萌えないから」

「マジか、わたしは別に斎藤さんが受けでも大歓迎だけど出来ることなら掛け算の右側は自分になりたい」



勿論、左側は斎藤さんでお願いします、そう零すと同時、盛大な溜息と共にそうじゃなくてともえこは頭を抱えた。

うん、まあね、言いたいことは実は解ってるのです。

それを承知で話を逸らしているのも、長い付き合いなもえこは解っているだろうけれど、そこを気持ち悪いと認定してしまうことはわたしには出来ないのです。

斎藤さんが飼っている猫を初めて見たのはもう何ヶ月も前のこと、だけど一月前くらいだろうか、その名前を知ったのは。

こっそり屯所の裏で飼っているんだよ、なんて総ちゃんに聞いたとき、全然こっそりじゃないじゃん!知れ渡ってるじゃん!なんて思ったけれど、そんなは置いておいてわたしも動物がかなり好きだ。

だから斎藤さんも動物が好きなんだな、癒しの為にこっそりモフモフさせて貰えないかな、と暇さえあれば屯所の裏に脚を運んだりしていて。

ある時やっと餌をあげているところに遭遇し、それでにゃんこ様とご対面することが出来たと言うわけだ。

だけどわたしはずっと猫と呼んでいて、特に自分からその名前を聞こうとも思わなかった。

だってね、だって斎藤さんのセンスの無さはフォローし難いものがあると常々思って居たからだ。

斎藤さんはぶっちゃけセンスがない、洒落っ気がないのは見りゃ解るし、だけどそのセンスの悪さを充分補えるほどの容姿を持っているから素晴らしいの。

どのように悪いのか例を挙げ出したらキリがないけれど少しだけ挙げてみよう、あれは会津藩のお偉いさんがいらっしゃると聞いて、近藤さんが色とりどりのお茶菓子を沢山買って来たときのことだ。

近藤さんは結構センスが良くて上品な色合いから可愛い色合いまで色々と揃えてくれて、それを綺麗に盛って茶を出して欲しいと頼まれたのを斎藤さんが手伝ってくれると言った。

じゃあお茶を用意するから盛って貰えますかと言って湯を沸かして、とりあえずお盆に菓子皿を乗せてからお茶を淹れようと思ったので彼の背後から覗き込んでびっくり。

その皿の中には配色センスなんてあったものじゃなく、ギャグなのかと思ってしまうほどの光景をわたしは見た。

まんじゅうの横に剥き出しの金平糖詰めたらどうなるか解るでしょうよ、黒糖まんじゅう、煌びやかな金平糖のその隣が豆大福って、何で生もので挟んで来たの、どうしてこうなった!

喩えるならそう、小さな女の子がするままごとの盛り付けだ、菓子皿に満遍なく入れりゃいいってものじゃないんだよ斎藤さん!と驚愕したのを忘れられない。

あとこれは左之さんから聞いた話だけど歌だ、歌のセンスもない。



「ほととぎす ほーほけきょと 鳴いている」



斎藤さん、ホーホケキョは鶯です、斎藤さん。

その前にそれは歌と言っていいんですか、斎藤さん。

遊び心がないとかもうそんなレベルじゃない上にどこから突っ込めばいいのか解らないよ、斎藤さあああん!

キリが無い、言い出したら本当にキリがない、だけどこれ以上心の中でも彼を辱めるのは止めてあげたいと、わたしは気持ち少し首を振って元の思考へと頭を切り替えた。

詰まるところそんな斎藤さんだから猫に付ける名前だって良くてトラとかタマとかそんなんだろうと、そう思ってわざわざ切なくなることを聞かなかったの、それなのに。



「まあ………副長は…うん…」

「流石におかしいでしょ?」

「……………」

「副長、って呼びながら猫もふもふ撫でてるんだよ?」

「……………」

「副長、って呼びながら抱っこしてるんだよ?」

「……………」

「携帯片手に夢小説見てはあはあしてるどころの話じゃないよ?解ってる?」



いやいや、もえこの言いたいことは充分に解ってる、解ってるつもりだ、だけど何というか斎藤さんじゃいいかな、なんて思ったり思わなかったり。

確かにね、確かに目の前で副長って猫に向かって話し掛けたときは空耳かと耳を穿ったりもした。

だけど幻聴でも空耳でも何でもなくて、副長って名前にしたんですか?と聞いたら、真顔で歳三だと言われて瞬きいっぱいしちゃったけど、だけどね。

なんだろうなぁ、そういうところが斎藤さん可愛いわけであって、そういうところがなければ斎藤さんじゃないかなぁ、なんて気もするわけですよ。

世の中には許せる人と許せない人が居る、それは個々に価値観が違うから絶対にそうだとは言い切れないけれど、わたし的に斎藤さんが猫に副長と名前を付けるのは、



「許せないよ、気持ち悪いからね、言っとくけど」

「だからさぁ、何で心を読むかな?何でかな?」

「口から零れてるのをそろそろ自覚したほうがいいよ、みうこは」



兎に角、斎藤さんは気持ち悪いからね、そう言いながらゆっくりと腰を上げたもえこは炊事当番なのか懐から襷を取り出すと同時に障子に手を掛けて、それから足早に廊下に脚を着けると颯爽と歩いて行ってしまった。

というか、わざわざそれを言うために部屋に寄ったのだろうか、ということは斎藤さんが猫と戯れているところを目撃したのだろうか。

気になったわたしは少し痺れた脚を解すと腰を上げ、開けっ放しで出て行ったもえこの姿がそこにないと確認すると、斎藤さんと猫の逢引場所へ行ってみるべく廊下を歩いた。

だけど先の角を曲がったときだった、みゃあ、という愛らしい声が聞こえたのは。

聞こえたのは遥か後ろ、もしかしてと数歩後ろ向きに脚を戻して曲がった角を覗き込むと、斎藤さんが子猫の副長を抱えながら部屋の障子を開けているのが見えて思わず顔を引っ込めた。

それからそっと気配を殺して覗き込めば、酷く穏やかな顔をしながら猫を撫でている彼が居るではないか。

まだ子猫な副長は斎藤さんの腕の中で大暴れしているけれどそれを片手で抱き込んで、猫じゃらしの要領なのか、ゆらゆらと猫の鼻先で指を遊ばせる斎藤さんが酷く可愛くて奇声を上げそうになったわたしは慌てて口許を押さえ込んだ。

そんな揺れ動く指先にもふもふの手を伸ばし、捕まえると噛み付く猫の何と羨ましいことか。

いやいやいや、猫に嫉妬とか有り得ない、だけど羨ましいことは事実だから仕方が無い。

斎藤さん、あんな顔するんだなぁ、あんな顔して頭撫でて貰えるならわたしもいっそ猫になりたい。

そう思ったと同時、ピンと閃いたわたしはそっと覗き込んでいたことも忘れてそのまま真っ直ぐ斎藤さんの元へと一直線に歩を進めた、それから、



「斎藤さん!」

「…………っ、」



猫に夢中になっていたのだろうか、わたし如きの気配が感知出来なかったのか。

斎藤さんは突然わたしが角から大股で近づいてきたのに酷くびっくりした様子で眼を見開くと、ほんの少しだけ頬を染め恥ずかしげに俯いて、それからどうしたといつものように呟いた。



「猫の名前、みうこにしませんか」

「……………何を言っている」

「そのままの意味です」



副長と呼ぶから痛いと言われるんだ、だからわたしの名前にしてくれれば何かわたしが愛されてるみたいだし痛いとも言われないし一石二鳥じゃない?

あれ?そういう意味じゃないんだっけ?

でも猫にみうこと名前を付けて可愛がってくれるなら、きっとわたしも撫でられたいとか嫉妬しないで済むと思うんだ。

脳内変換してわたしはあの猫、わたしはあの猫と妄想することが出来ると思うんだ、大丈夫、わたしそれくらい何てことないよ。

だけど目の前の斎藤さんの顔が見る見るうちに、何言ってんだお前的な表情に変化して行って。

それを確認すると同時だった、真後ろ何かが後頭部目掛けて飛んできたのは。

あまり女の子が声にするものではないような鈍い声が口から漏れたけれど、それはあまりの痛さにどうでもいいと頭を押さえる。

何が飛んできたのかと見遣れば足許に転がっているのは大根、半分に折れているけれど結構太い、しかもまだ泥付いてる。

誰だと後ろを振り向けば襷を掛けて網籠に野菜を入れて片手に抱え、庭に仁王立ちしてものっそい形相をしているもえこが居て。



「だから人の名前を猫に付けるのが気持ち悪いって言ってんだろうがあ!」



それはもう屯所中に響き渡るような声で叫んでくれ、わたしはなるほどと気持ち少し頷いた。

いやいやいや、なるほどじゃないよ、何爆弾落としてってくれてんの、あの子!

馬鹿ばっか!なんて言いながら踵を返して勝手場に戻ってしまったもえこの後姿を見遣りながら、わたしは大根を拾おうとしゃがみ込んだまま、暫くその場に無言で立ち尽くしていた斎藤さんの方を向けなくて肩をプルプルと震わせていた。






end
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斎藤さん、泣いてないよ!泣いてなんかない!
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