「ザキさんの母ちゃんてヤンママかなぁ?」



そう呟いたのはもえこだった、先日、左之さんに二人して買って貰った煙管を咥えながらふぅと煙を噴きだすもえこは至極淡々と言葉を放つ。

あまりにも自然に言うものだから、わたしはその言葉の意味をあまり深く考えずにそうだね、なんて空返事を返したのだけど、考え直して思わず噴きだした。

えっ?いやいや、もえこさん、何を唐突に!というか、どうしてそうなった!



「えっ?びっくりしたわ」

「空返事にあたしの方がびっくりしたわ」

「ヤンママって何、ヤンママって」



煙管というのは煙草とは違う、煙草は肺に煙を入れて愉しむものだが煙管はふかして愉しむものが主とされている。

刻み煙草を先に詰めて火種を落としてパッパッと吸う、刻み煙草は燃え尽きるのが早く、また煙草と違いフィルターが付いているわけじゃないから肺に入れたら咽方が半端ない。

うちのじいちゃんが煙管も煙草も吸う人だったからその興味で孫のわたしも買ってみたけれど、まあ酷く喉を痛めたわけだ。

喫煙者であるわたしたちではあるけれど、煙管を煙草の容量で肺に吸い込んで物の見事にフィルターの凄さを知った。

煙管を持っている喫煙者の人はやってみると解るだろう、刻み煙草がなくてもいい、煙草の葉を崩して先端に詰めれば何とかそれっぽくはなる。

火種を付けたら燃え尽きるのは早い、そして吸ったら肺に入れるべからず。

百発百中、吐き気を催す、そしてフィルターの大切さをあなたも知るのだ。

そんなことはさておき、そんな煙管は煙草と違い吸いながらゆっくり駄弁るという荒業が中々出来ないのが事実。

煙が欲しいとは言えど慣れないそれふかすだけでは物足りなく、だけど慣れは大事だと肺に入れるとげほっと涙が出るような刺激が喉から食道に掛けて襲う。

煙欲しさにこうして刻み煙草を詰めては火入れて、口に咥えて吸い込むのだけど煙草と違ってすぐに咥内に煙が届かない。

調子に乗って吸い込みすぎれば喉に直撃するということを繰り返して大体3度目くらい、それくらいになってやっと感覚を掴むけれどその頃にはどうにも疲れきっていて4つ目の刻み煙草を詰める気にはいつだってならなかった。

二人でひとつと買って貰った灰皿はまだ真新しい、その角に雁首をそっと叩きつけて灰を落とし、だけど口が物寂しいと吸口を咥え込む。

それからゆっくりと駄弁り始めるのが最近のスタイルだった、いや、何処でも駄弁ってるんだけど。



「いやさ、だってあんなに襟足長いんだよ、ヤンママしかないじゃん」

「ちょ、あんま笑かさないでくんない?喉痛いんだけど」

「ひゅって来た?」

「調子に乗ったらしい」



言いながら喉許を摩ればもえこもあたしも2回くらい来た、と同じく自らの喉許を突いてみせる。

というか、もえこがいけないんだ、襟足が長いことがヤンママに繋がるとか言い出したもえこが。

いつだって面白いことを探してるもえこだけど、まさかザキさんを弄り出すとは予想だにしていなかったわたしは、とりあえずそのヤンママ談義に耳を傾けることにして咥えた煙管の吸口を緩く噛んだ。



「母親がレディース系の子供は大体襟足長いじゃん?」

「一昔前はね」

「此処は一昔どころか三世代くらい前だよ。だからさあ、一昔前は襟足肩くらいで済んだけど、三世代前はあれくらい…」

「まあ…親がだらしないと子供がやけにしっかりするっていうのあるしね」

「そうそう、どうするよ?うちの母親はだらしのない人でね〜とか言い出したら」



悪ノリというものは常にその場のテンションが物を言う、止める人が居なければヒートアップするし、物真似なんか始めればそれが似てなかろうが妄想の中で言わなさそうな科白を吐かせて大笑いだ。

確かにザキさんは酷く真面目な人だ、斎藤さんも真面目さで言えば肩を並べるのだけどあの人は少しザキさんとは毛色が違う。

ザキさんはそう、本当の意味で真面目な人なんだ。

これは昨日、煙管に慣れるためにこの場所でパカパカと噴かしていたときの話だけれど、偶々通り掛ったザキさんに女性があまりそういうものを口にするものではないと怪訝な顔で言われた。

何故?と小首を傾げれば子を産む女性にその煙は害悪なのではないかと本気で言われたのだ、その顔は嫌悪の表情ではなく、心底心配するような表情で声色も酷く柔らかい感じがしたのを思い出す。

この時代でも医療の知識がある人から見れば煙管の煙はいいものではないとされるのか、真面目で少し心配性な彼の気質にほんの少し気持ちが和らいだっけ。

正直、あれするなこれするなと言われるのは好きじゃないのだけど、ああいう心配のされ方ならば素直に聞くしかないと煙管を口から離したことも思い返す。

そんな優しい人を襟足が長いというだけで母ちゃんヤンママじゃないかなんて言うのは、失礼だと百も承知。

だけどここまで来ると少し真実が気になって、わたしはもえこが平助の巡察について行った後、こっそりとザキさんが居るだろう中庭へと脚を運んだ。

ついこの間、彼には大変助けられた、危うく総ちゃんの所為で脱糞夢主になるところを寸でのところで助けてくれた大天使・ザキエル。

雨戸の柱からこっそりと覗き見ればその噂の長い襟足を靡かせながら、



「また手拭い干してる…」



何でいつもわたしが見るとき、この人は洗濯物してるんだろう、しかも決まって手拭い。

もっと違う仕事がいっぱいあるんだろうにいつもこれだ、いやいや、ザキさんは本来屯所の中で出会うことの方が難しいから見掛けるだけで珍しいのだけど。

ポケモンで言えばミュウとまでは行かないけれど、平助たち幹部がコラッタならザキさんはミニリュウってところだろうか。

凄くどうでもいい主観的な喩えをしちゃったけれど、結局のところ観察として外にばかり出ているから本当に屯所の中に居るのを見かけるのは稀だった。

つまり、こうして偶に見るこの姿は休憩、もしくは非番で此処に居るわけで、それなのに洗濯物を進んで干しているとでも言うのだろうか。

なんて仕事熱心な人なんだ、そう思いながらザキさんと声を掛けると、彼は振り向くことも無くみうこくんか、と小さく言葉を零した。

だからね、洗濯物くらいしかうちら出来ないんだから押し付けちゃえばいいのにこの人はもう。

草履を履いて地面を蹴れば数歩でその真後ろに移動できる近い距離、手を伸ばせばその長い襟足に手が触れられそうで、だけど触ったらきっと笑っちゃうと必死にわきわきと動く指先を堪えて、お手伝いしますと洗濯桶の中に勢い良く手を突っ込んだ。

それから水浸しの手拭いを持ち上げてきゅっと絞り、膝を起こしながら手拭いを干すべく顔を上げるけれど眼に映してしまうのは物干し竿じゃなくてザキさんの尻尾、じゃなかった、襟足。

どうしてそんなに襟足だけ長いんですか?本当はそう単刀直入に聞きたいのだけど、もしかしたらそれはお洒落かもしれない。

何を口にしてもテンションの高いわたしはきっと笑ってしまうだろうし、それがお洒落であったら不可抗力としても笑ってしまえば失礼に値する。

でも一度疑問に浮かべてしまったことは聞いてみなければ気が済まないし、でも聞けばどんな返答だろうと笑っちゃうだろうし、でももえこが一緒のときに聞くとあの子わたし以上にあからさまに笑うし、どうしたもんか。

もう襟足のことじゃなくてさっきの話を聞いてみた方が早いだろうかと、ふわふわと風に靡く襟足を見つめていると、徐に彼がわたしの手の中から手拭いを奪い取った。

ふわりと目の前で拡がる皺くちゃの手拭い、それをザキさんがパンと払って伸ばすと同時、考えててもどうせ何れ聞くのだと腹を括ったわたしは真っ直ぐに彼を見遣りながら言葉を零した。



「ザキさんのお母さんてどんな人ですか?」

「……………」



数秒時間を置いて返って来たのは、声に出さないものの、は?と動いた口唇と怪訝な顔、眉間に寄る皺の部分に意味が解らないという文字すら見えそうだ。

だけどそれ以上に噛み砕いた言い方が浮かばなかったわたしはもう一度口を開いた、ザキさんのお母さんてどんな人ですか?

何故母親のことを聞かれたのだろう、そんな表情は全く崩れないけれど、それを何故?と彼は聞いてこなかった。

聞いたところでどうせくだらないことしか返って来ないと解っているんだろう、それはそれでちょっと切ない。

けれど、一度視線を宙に馳せらせ、それから気を取り直したように手に持ったままの洗濯物を竿に掛けると同時、彼は溜息を吐きながら、



「うちの母親はだらしのない人でね、酒を呑んでは人様の家に怒鳴り散らしに行ったり、大通りで暴れたり、」

「………えっ!」



何かを思い出すような虚ろな視線で宙を見ながら紡がれたその言葉が聞き覚えありすぎて、マジなんか!と思わず口角を上げた。

ヤバイ、マジでザキさんの母ちゃんヤンママだった!もえこに教えなきゃ!なんてテンションが急上昇した次の瞬間、



「そんなことあるわけないだろう」

「………え?」

「あんな大声で俺の襟足について語られたら嫌でも耳に入る、俺はさっき副長に呼ばれて副長の部屋に居てね、悪いが丸聞こえだった」

「………全部?」

「全部」

「土方さんにも?」

「副長にも島田くんにも、その隣の部屋で待機して居た沖田組長にも斎藤組長にも」



言いながらこちらを向きはしないけれど何処か眼が据わっている感じがするのは横顔だからだろうか、わたしはそんな事実に冷や汗を背中に流しながらごくりと生唾を呑み込んだ。

いやいや、聞かれて困る話はしてないよ、悪口言ってたわけじゃないし、ただちょっとね、ちょっとだけ弄っちゃっただけなんだけど。

そんな冗談が通じるのは総ちゃんと島田さんが笑い飛ばしてくれるくらいだろうかと思ったのだけど、そうじゃなくて。



「笑っていた」

「え?総ちゃん?それとも島田さ…」

「副長だ、副長が笑っていらっしゃったのだ!」



何だ、お前の母ちゃんだらしねぇのか、なんて言われたと聞き、やっぱりわたしは口許が歪むのが隠せない。

まさかザキさんをそんな風に弄るとは予想だにしていなかったのか、土方さんが笑うとは余程のことじゃないだろうか。

きっとそんなイメージ持ったのはわたしたちだけなのだろう、土方さんが笑えば自然に斎藤さんも島田さんも笑うだろうし、何だか見てもいないけれどその光景が眼に浮かぶようで不憫なザキさんが面白い。



「言っておくが、うちの母親は特にだらしのない人でもなければこの髪は襟足ではなく、れっきとした、」



作業の手を止め、云々かんぬん自分の襟足を掴みながら凡そ四半刻。

わたしに有り難い山崎生誕伝などを語ったザキさんの声が屯所に響き渡り、それを聞いた土方さんが、あいつもあんなに自分のこと喋ることもあるんだな、なんて笑みを浮かべていたと聞いたのはそれから数時間後の話だった。

その話が幹部全員に伝わったのは夕食の席でのこと、ザキさんの物真似をしたもえこがもう1度やってみろと土方さんから命を受けたのはわたしの所為じゃないと。

お吸い物に口を付けてそ知らぬ顔をしたわたしは、静かに人真似だけは気をつけようと心に誓った。






end
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襟足弄りはきっと続く
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