「まな板だよね」



斎藤さんに教えて貰ったように襷を掛け、邪魔な袖を捲り上げて気合充分といった具合で洗濯物を干している最中だった。

総ちゃんが放った一言とわたしが洗濯物を勢い良く拡げたのは、ほぼ同時。

パン、と大きな音が出てしまった所為かちょっと聞き取り難かったその言葉、だから何て言ったの?なんて風に小首を傾げてみる。

するともう一度、同じ言葉であろうそれが返ってきた、まな板だよねって。

言われたその言葉を声に出さず口ずさんでみるけれど、まな板まな板まな板と、3回繰り返したところで彼の言いたい意図が全く理解できず、わたしは洗濯物を掴んだままその場に立ち尽くした。

とりあえずと辺りを見渡してみれば、似通った洗濯板が遥か向こうの井戸のところに見えるけれど総ちゃんは真っ直ぐにわたしを射抜きながらその言葉を放っていて、彷徨った視線を元に戻しても彼の視線はやっぱりわたしに向いている。



「……まな、板?」

「うん、まな板」



言いながらもう一度小首を傾げてみたけれど、もう一度肯定の言葉が返ってくるだけでその先の答えまでは紡いでくれなかった。

そもそもまな板とは台所にある食材を切るときに使う板のことだ、それ以外の活用法はほぼ皆無。

だから突然、まな板、とだけ言われてもわたしは何かを返すことが出来ないのが現状だった。

えっと、まな板がどうかしたの?そう質問する以外次の言葉は出てこないのだけど、総ちゃんは廊下で雨戸の柱に寄り掛かったまま、解るでしょ、なんて言いたげな顔でほくそ笑んで居る。

総ちゃんは意味ありげな言葉を言うことが多ければ、意味深にほくそ笑むこともある。

だけど実はそこに意味なんてなかった、なんてオチが多々あるものだからそんな表情も言動も宛てにはならない。

とりあえず聞いてみないことにはお話は先に進まないしと、わたしは手に持った洗濯物を物干し竿に掛けて皺を伸ばすともう一度総ちゃんの方へと振り返った。

だけど、わたしが彼に声を掛けるより先に廊下の曲がり角の向こう側から斎藤さんが足音もなくゆっくりと歩いて来て、総ちゃんに何をしているのかと問うた。

そんな斎藤さんに総ちゃんは彼是4度目になる言葉を吐くのだけど、やっぱりそれは一言だけ、みうこちゃんてまな板だよねって。

でも今まではまな板としか言われなかった所為か疑問符だらけだったけれど、今度はそこに主語が付いた。

わたしがまな板?わたしは、まな板。

そんな総ちゃんの言葉を頭の中で反復させながらひとつ、脳裏を過ぎった思い当たる節に眉を顰めると同時、斎藤さんがわたしに一瞬目を向け、それからすぐに何事もなかったかのように逸らして、



「…失礼だぞ、総司」



そう言い放ち、わたしは全ての意図を理解して少し身体を震わせた。

っていうか、ちょっと待たんかい、あんたら。



「まな板ってそういう意味なの?総ちゃんも斎藤さんもそういう目で見てたんだ、酷い…」

「違う、俺はあんたの胸がまな板など一言も、」

「あ、言ったね、一くん」

「言った!今言った!」

「…ち、違う、今のは総司が、」

「僕、みうこちゃんの胸がまな板、まで言ってないけど?」

「総ちゃんも言った!っていうか総ちゃんが言い出した!酷い!」

「違う、俺は、」

「2人とも酷い!好きでちっちゃいわけじゃないのに!」



言い出したのは総ちゃんだ、だけど斎藤さんだってさっきちらっと見て確認した上で失礼だとか言った!

肯定するわけでもなく否定するわけでもなくフォローしてくれるわけでもない、だけどだからこそ酷い!

胸が小さいことに対して失礼だなんて言葉が出るってことは、少なからず斎藤さんだって小さい胸を馬鹿にしてるとしか思えない!

あのね、ちょっとはあるんだよ、だけどね、近藤さんが買ってくれた着物を着ている現状、ブラは出来ないしバストアップも何もないの。

寸胴じゃなきゃ着物は不恰好だし、だから腰許は少し手拭いで補ったりなんかして出来ない着付けももえこに文句言われながら必死で頑張ってるのに。

その結果がまな板だなんて、そんな言われ方わたしが可哀想過ぎる!

別に褒めて欲しいわけじゃないけど簪は一本結いで元々出来たし、今じゃこっちの生活にだって慣れてきてる。

わたしたち2人はあからさまに女の子過ぎて男装すること自体が無理があるからしっかり隊士の人たちにも理解を貰って女中みたいな形で此処に居るから、流石に女として見て貰えないのは切ない。

だけど、女として見て貰った結果がまな板だなんてそんな、わたし可哀想じゃない?

総ちゃんは前からわたしのことをガサツだとか正座も綺麗に出来ないのかとか逐一厭味を言ってきたけれど、まさか斎藤さんまでそんな風に見てただなんてとショックの色を隠せず、わたしは眉間の皺をたっぷりと寄せた可愛くない顔のまま頬を膨らませた。



「違う、みうこ…落ち着け。俺は別にあんたのことをそんな如何わしい目で見てないどいない」

「それは貧乳が女として魅力がないからということですか」

「待て…勘違いをするな。いいか、俺は総司があんたに失礼なことを言っていたから、」

「貧乳が失礼だと思うってことは斎藤さんも貧乳を可哀想だと思ってるってことでしょ?」

「い、いや、そうではない、そうでは…」



言えば言うほど泥沼状態に陥る斎藤さんを尻目に爆笑したい気持ちを隠せない総ちゃんは、だけど今爆笑してしまえばその矢面が自分にも刺さると解っているのか手のひらで口許を覆って顔を逸らす。

そんな彼もキッと睨み付ければ、そんなわたしが可笑しいのかぷっと吹き出しながら肩を揺らした。

元凶はこの人だ、だけどこの人はわたしのことを端から馬鹿にしているんだから小汚い罵声を投げ掛けたところで流されるだけ。

流されるだけならばまだしも、もっとこっ酷く叩きのめされそうだからと、わたしは苦虫を噛んだような顔のまま拳に力を込めグッと我慢をした。

それと同時に焦る斎藤さんは何かフォローを思い付いたのか、小さく声を漏らして顔を上げ、何を言うかと思えば、



「子を産めば…子を産めば自然と……あんたは安産型だろう、子を、」

「斎藤さん、それってつまりわたしのお尻がでかいって言ってるんですよね…そんなの褒め言葉じゃないです…」

「あははははっ、一くん、自爆!」

「…………」



この時代では確かに安産型のケツのでかい女はいいとされているだろう、だけどそれはわたしにとっては何の褒め言葉でもなければフォローの欠片も見当たらない。

斎藤さんの気遣いを無駄にするわけじゃないけれど、正直そんなフォローは余計にわたしを惨めにさせるだけだ。

胸がなくてケツがでかい?最悪じゃん!そんなん最悪じゃん!

ボンキュッキュ、がいいのに、キュッボンボン、なんてあんた泣いても泣ききれないんだから。

流石にキュッボンボンではなく、キュッキュッボンなんだけどね!手拭い使うくらいだし可哀想な自分のため、キュって言ったって悪いことはないでしょう!

よく晴れた昼下がり、中庭で何の話をしてこんな不穏な空気になってるのよ、おかしいでしょう?

全ての元凶は誰?目の前でぷるぷる身体を揺らしながら息荒げに必死で口許を抑えてる総ちゃんの所為!

だけど総ちゃんが悪いんだから、なんて言ったところできっと彼は笑いながら、みうこちゃんの胸がないのが全ての始まりとかとんでもないブーメラン飛ばしてくるんだ!

やだもうやめたげてよう!もう虐めないであげてよう!コンプレックス穿らないでよう!泣けばいいの?泣けば許してくれんの?

そんな風にちょっと自分のまな板だと言われた胸に視線を向けてみれば、まあ確かにぴっちりと押さえつけられて帯まで限りなく平面に近い山がある。

いや、これは山じゃない、百歩譲って丘だ、公園の砂場で子供が作る砂山よりも平面だ、わたし可哀想。

だけど脱いだら多少はあるし触ればそれなりに柔らかい感触はある、格なる上は、じゃあ触って確かめてみろと二人の手を取ることだ。

そう意を決して顔を上げたと同時、巡察に行くのだろうか、左之さんと新八さんが隊服に身を包んで中庭に顔を出し、その後ろをもえこが着いて来てわたしは泣き出しそうな声を上げた。



「もえこ!もえこ、聞いて!総ちゃんと斎藤さんが酷いんだよ!まな板って言うの!」

「は?」

「違う!俺はまな板など言っておらん!」

「総ちゃんにまな板って言われたの!斎藤さんにケツがでかいって言われたの!」

「ちょ、マジで?マジで斎藤さんそんなこと言ったの?」

「ち、違う!俺は安産型だと、」

「「言ってる!」」



声を揃えながら張り上げると同時、毎度毎度わたしの不幸は蜜の味なのか、爆笑要員のもえこはひぃひぃ言いながら笑い出して、真隣の左之さんの腕を叩いて腹を抱えだしている。

そんなわたしたちの遣り取りを見て、焦る斎藤さんにもう我慢なんて出来ないと噴出して大笑いする総ちゃん、その声が憎たらしい。

お前らなぁ、なんて呆れる声を上げる左之さんの横で、安産型はいいじゃねぇか、ケツのでかい女はいいぞ、なんて言いながらわたしを更に貶める新八さん。

ゼロだ!みんなデリカシーゼロだ!価値観が時代によって違うのだから仕方ないけれど、前にみんなで呑んだときにわたしは確か話したはず、未来ではボンっと出てきゅっと締まってどちらかと言えばケツの小さい女のが流行だと。

確かにその話を聞いたときみんなは、ケツが小さかったらどうやって子供産むんだよ、なんて真顔で答えていたけれど、ケツがでかいことは褒め言葉ではないことをちゃんと話したはずだ。

あーもう、酔ってたとは言え穿り返されると切ない!でもあの時、新八さんが言ってたっけ、乳は大事だと、乳は。

そのときはサッと我関せずな顔しちゃったけど、乳が大事なら新八さんだってわたしの貧乳具合をきっと小馬鹿にしてる!絶対そう!

そう思って、自虐に走ったわたしは新八さんに、わたしはまな板ですかと問うてみた、そしたら、



「ああ…まあ、あれだ……その内でっかくなるって」

「もうこいつの成長期はもう終わっている……」



投げやりなフォローが返って来て更に切なさに身体が震えた、フォローなんて絶対ないこと、解ってたけど。

みんな嫌いだ、総ちゃんともえこは腹を抱えて笑ってるし、左之さんは苦笑いだし、斎藤さんに至っては気持ち少し雨戸の柱の影に隠れて居ずらそうだし、みんな嫌いだ。

土方さんならフォローしてくれるだろうか、いや、土方さんはそんなくだらねぇこと気にしてる暇あったらさっさと洗濯物片付けろって言うだろう。

平助は非番でどっか行ってるし、だけど平助だって絶対同じだ、寧ろ彼はそういうことに関しては慌てて何も言えなさそうな気がする。

ダメンズばっかだ、時代が時代だから仕方がないかもしれないけれど、女を立てることを知らないダメンズばっか。

いや、今からでも遅くない、そう信じて今日から胸筋のトレーニングでもしてみようか、そう思って顔を上げた瞬間、相変わらず苦笑いの左之さんと目が合ってわたしは首を竦めた。

それを真似るかのように彼もまた少し首を竦め、眉間に皺を寄せたまま口角を上げるとわたしの肩をぽんと叩いて、



「みうこ、胸はな、大きさじゃねぇよ、感度だ」



言うと同時に踵を返しながら、片手でもえこの肩を押し、片手で颯爽と新八さんの隊服を引っ張ってその場を後にしようとする左之さんの背中を見て、わたしは叫び声を上げた。



「左、左之さあああああん!」



大きさじゃねぇ、感度だ。

若干セクハラ交じりだと内心思いつつも、感度だったらちょっとだけ自信あるよと何処か救われた気になったわたしは、あれがフォローだと斎藤さんに小一時間訴え続けていた。

それから暫く、何かというとこの言葉が流行ったのは言うまでもない。






END
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