わたしが勝手にお茶を淹れて来てもちゃんと自分の湯呑みは自分で洗って片付けるのが斎藤さん、これよろしくと押し付けるのが総ちゃんだ。

とりあえず、と口に思い切り詰めた大福を温くなったお茶で流し込んだわたしは、早く片付けなければ夕餉の準備の邪魔をしてしまうとお盆にお皿と湯呑みを乗せて台所に急ぐ。

まだ口の中では餅と餡子が絶妙なハーモーニーを奏でているけれど気にしない、いや、こんなところ源さんや土方さんに見つかったら行儀が悪いと叱咤されるのだけど。

もぐもぐごっくんと誰にも見つからないうちに無理して飲み込めば、お決まりのように途中で食道に突っ掛かって酷く苦しくなる身体。

それ見たことかと自己ツッコミをしながら少しだけ残していたお茶をかっ食らうと、深い溜息を吐き出しながら台所の入り口に脚を掛けた。



「………斎藤さん?」

「……どうした?」



入ってすぐに眼にしたのは湯飲みを棚に並べる斎藤さんだ、だけどその手には3つの湯呑み。

大体それが誰の湯呑みかは検討が付く、恐らく近藤さんと土方さん、それから自分で使用した分のそれ。

斎藤さんは律儀というか凄く女の子のような細やかさを持っている、盥にそれが入っていれば自分のものでなくてもちゃんと洗ってしまって、そのことについて文句のひとつも言わない。

でも前に平助くんが茶碗を湯呑みを突っ込んでそのまま去ろうとしたときは口を出してったっけなぁ、どこかに斎藤さんなりの区切りの線があるんだろう。

だけど幾らそれが土方さんたちの湯呑みだとしてもそれを斎藤さんが洗うことはないのに、それくらいのこと、逆に何の役にも立たない居候のわたしたちにやらせればいいのにと素直に思うところは否めない。



「そんなの置いといてくれれば、わたしがやるよ?」

「もう終わったことだ、あんたの気遣いは嬉しいが目に付いたのならば見つけた者が片付ければそれでいいだろう」



ことりと棚に置きながら言うその口ぶりは、あまりにもはっきりとした口調過ぎてそれ以上は何も言えなかった。

いつの時代もそうだ、やる人間は何も言われずともやるし、やらない人間は何を言われてもやらないもの。

きっと斎藤さんは何を言われても目に付いたものは自分で出来る限り何でもするんだ、お掃除もお洗濯もお料理も出来るし何ということだ。

いい旦那さんになるというよりもいい嫁になりそうだ、そう一瞬思ってしまったわたしはどこか考えが捻くれている。

斎藤さんを見習って色々教えて貰えば花嫁修業になりそうだなんてそんなこと、一瞬でも思ったわたしは後で斎藤さんに謝っておこうと視線を反対側に逸らした。

水仕事をしたからか、掛けていた襷を外すと綺麗に畳んで懐にしまい込む斎藤さんはその手付きも綺麗だ。

そんな手付きをぼうっと見遣りながらお盆を持ってその場で立ち尽くしていると、彼は特にわたしを見ることもなくどうかしたのかとわたしに問うた。

はっ!ヤバイ!あまりの綺麗な動作にうっかり見惚れてた!なんてそんなことは流石に言えるわけが無い。

慌てて言い訳というか話題を考えて見たけれど、思い出すのはさっきの頬っぺたぷにっと事件か無くなった筆の行方くらいでその他は見つからない。

だけどそれ以外の話題など慌てふためいた現状では思いつきもせず、わたしは仕方なくさっきの話題を掘り返してみることにした。



「あ、えと……筆を探してたってことは、お仕事中だったんじゃないかなぁ、と」



小首を傾げながら言葉を綴ったところでそんな動作、わたしがしたところで可愛さなど微塵もない。

それでも半笑いになりながら少し身体を揺らしてそう言葉を零せば、斎藤さんは一瞬わたしを見遣って、それから小さく肯定の言葉を零した。



「ああ、急ぎではないとは言われているが出来るときに片付けておくに越したことは無い…だが、肝心の筆が無いとは…」

「どこ行っちゃったんでしょうね」

「……持ち出してなどはいない、つまり部屋にあるはずなのだ。なのに、何故無いのか…」



襷をしまい着物を張ると斎藤さんは小さく呟く、その目は遠くを見ていて、だけど本当に心当たりがないという困惑した表情に見えた。

斎藤さんの部屋には入ったことなんかない、だからどんなものがあるのかなんて解らないけれど総ちゃんが面白くないと言うくらいだ、本当に何もないのだろう。

そういえばいつしか平助が、土方さんに物を出しっ放しにしてるんじゃねぇなんて小言を言われていたっけ。

確かあの時、平助は言っていた、いつ見てもきっちりしてる部屋なんて一くんの部屋くらいだよ、なんて。

つまるところ斎藤さんの部屋は性格的なものを考えても特に何もないシンプルな部屋で、いつだって整理整頓されていると思って間違いないだろう。

きっと斎藤さんは何処に何があるか全部把握してるんだ、使ったものは逐一片付けて元に戻して、あの、その能力わたしにくださいと心底願って止まない。

だけどそうするとどうして無いのかが疑問過ぎる、斎藤さんが総ちゃんを疑ったように誰かを疑いたくなる気持ちも解る。

でも斎藤さん自身もそうだろうなと言った通り総ちゃんのはずがないんだ、だって彼が筆を持っているところなんて見たことないから使うこと自体あまりなさそう。

それに斎藤さんの筆をどうこうするために部屋に入るのならば、そんなくだらないことよりももっと面白い仕掛けとかしてそうだもん。

春画を押入れの布団の中に仕込むとか、パクった豊玉発句集を引き出しの中に忍ばせるとか、いやいや、総ちゃんならもっとえげつないことを遣って退けそうだ。

きっと斎藤さんも総ちゃんが筆を隠すなんてそんな地味な嫌がらせをするはずがないと解っているんだろう、訊いてみたのも一応と言った感じだったし。

だからこそ意味が解らない、そうするとホントにどうしてないのだろう?

そんな風に遠くを見つめる斎藤さんを見遣りながら、わたしも小さく小首を捻ってみると同時。

台所の裏口から間延びするような声と共に誰かが敷居を潜ってきて、わたしの意識はすぐさまそっちに集中した。



「おかしいねぇ…」

「源さん!どうしたの?」

「いや、さっき手拭いを汚してしまってね、一枚だけだから洗おうと思ったんだけど洗濯板が見つからなくてねぇ…」

「えっ…お昼頃外の井戸のところにあったけど…」

「私もそう思って行ってみたんだけどないんだよ…」



入ってきた源さんは唸るようにおかしいおかしいと呟いて、台所を覗きながら洗濯板を探している。

洗濯板なんて確かに薄いけれどあんなでかいものが無くなるだろうか、そう思って更に小首を傾げれば今度は後方から床の軋み音と共にもえこと左之さんが現れた。



「よぉ、みうこ。それに斎藤と源さんも」

「おお、原田くんか、どうかしたのかい?」

「いや特に急ぎじゃねぇんだけどよ、実は俺の腕のさらしが一本どっか行っちまってな」

「えっ、左之さんも?」



まさか左之さんも無くし物をしたなんてともえこを見遣れば、そうなんだよねと言いたげにうんうんと数度頷いた。



「俺もって…じゃあ斎藤と源さんもか?」

「ああ、俺も筆が見当たらなくてな、書き物が出来ん状態だ」

「私も洗濯板が見当たらなくてねぇ…斎藤くん、私の筆で良かったら貸そう」

「忝い…しかし、借りるのは容易だが、何故部屋から消えたのかが解せん」

「俺もよぉ、畳んで貰って部屋ん中置いといたはずだったんだが…一体どこ行っちまったんだか…」



言い終わると同時、3人共うーんと低く唸って眉間に眉を顰めた。

そんな3人を見遣りながら、とりあえずと一度お盆を近くの鍋横に置くとわたしももう一度うーんと小首を傾げて考えてみて。

だけど3人に心当たりの欠片も見当たらないということは、幾らわたしが考えたところでどうにかなるはずがない。

そんな風に小首を反対側に傾げた瞬間、ちょいちょいと袖を引っ張る何かに気付き、わたしは少し後方を振り向いた。

振り向いた先に居るのはもえこ、それから呆れるような顔をしながら口角を釣り上げると小さな声で囁いて、



「みうこん家のチオサじゃね?連れて来たんじゃないの?」

「えっ」



まさかの発言にわたしは身体をビクンと震わせて、それから思わず噴き出して笑ってしまった。

そんなわたしたちの小さな会話を聞き逃さなかったのはすぐ傍に居る左之さん、それから何の話だと言わんばかりに目を細める斎藤さん。

何だよ、そのチオサって、そんな初めて口にするだろうその言葉をしっかりと発音されて、わたしは少しだけ慌てふためいた。

その左之さんの問いに答えたのはわたしではなくもえこで、



「チオサっていうのはみうこん家に住んでるちっちゃいおっさんのことだよ、ちっちゃいおっさんだから略してチオサ」

「…ちっちゃい、おっさん…?」

「それ…略す必要があんのか?」



確かに略す必要など何処にもない、強いて言うならば略すのは現代人の悪い癖という他ない。

正直わたしはちっちゃいおっさんをチオサだとか、まるでダメなおっさんをマダオとか、そういう略しは大好きだけど本来の綺麗な日本語を略すのは無しだと思っている。

あけましておめでとうございますをあけおめと言うのは無しだ、こんなにも綺麗で、そして神聖な新年の挨拶をあけおめことよろなんてそれはダメだと思うのだ。

勿論、別に良くね?という方が存在するのは人の価値観次第だ、そこは否定しない。

別にいいじゃないと思っている人が存在するからこそ、この言葉が流行するわけで、一切略しをしないのならば文句も言えるけれどマダオとチオサは良くてあけおめはダメなんていうわたしに色々言う権利はない。

いや、そうじゃない、そんなことはだな、どうでもいいとして確かに略す必要はない。

だけどそんな左之さんの的外れな問いよりも、ちっちゃいおっさんとは何だと眉間に皺を寄せて困惑している斎藤さんを何とかしてやろうよとわたしはもえこの袖口を引っ張った。



「チオサはね、色んな物を隠すんだよ。特にちっちゃい物をね、神隠しにあったみたいにパーって。で、ある日突然戻しに来るの、しかも変なところに」

「何で戻しに来るんだよ?隠したままじゃねぇのか?」

「さあ?飽きたんじゃない?」

「飽きたってお前…」



正論だ、飽きたってお前…そう呆れるような左之さんの言葉は正論過ぎる、寧ろその言葉以外どうやって紡げと言うのだろうか。

まあ確かにうちの家に居たチオサは有能な神隠師だ、ついさっきまでそこにあったはずの物をものの見事に隠してくださる天才だ。

チオサには色んなタイプがあってドアを潜った瞬間に物忘れをさせるチオサやさっきまで言いたかったはずの言葉をぺいっと取り去って、あーうーあーしか言えなくさせてしまうチオサと多々居る。

うちに居るチオサは物を隠すタイプのチオサで、特に大好物はペットボトルの蓋だ。

もう超が付くほどの生粋のキャプラーで退くほどのマニアだ、大抵うちのペットボトルのキャップは隠されて口が開きっ放しになっている。

その隠されたキャップは大体大掃除なんかした頃に発見されるのだけど、あの大量にベッドの下から発見するときに脱力感とこみ上げる失笑は何度経験しても慣れるものじゃない。

いや、お前それ転がしただけだろって今思った人居るでしょ?違う!ついさっきまで手元にあったキャップが本当に神隠しのように居なくなるんだよ。

これは完全にチオサの悪戯だ、他にもやられたものと言えばリップクリーム、それからピアスなども好んでやられている。

っていうかさぁ、ピアスとかさ、2個でひとつなんだからどうせ隠すなら2個とも隠せよな!

そんな溜息が出るようなことをやらかしてくれるうちのチオサだけれど、このキャプラー、まさか一緒にトリップして来ただなんてそんなの、わたし信じない!

思えば思うほど頭が痛くなってくる、そういえばこの間部屋に置いておいた大事なリップクリームがどこかに行ってしまって本気で焦って探したっけ。

わたしは年中リップクリームを手放せない性分でいつだってポケットかバッグ、化粧ポーチの中に最低ふたつは持っているほどの人間だ。

もえこも同じタイプの人間で、二人でリップクリームが尽きる頃までに戻れなかったらどうしようかという話を本気でしたこともあった。

沈黙するほど悩んだくせに結局は5分も考えなかった適当過ぎる2人だったけれど、まさか!いや、まさか本当にチオサの呪いだったらどうしよう!わたし頭上がらない!

そんな風に眉間に多大な皺を寄せて思考をフル回転させていれば、その内にもえこのせせら笑う声が聞こえて。

それからそんなもえこを見遣って左之さんが結局そのチオサって何者なんだよ?と問えば、しらっと小人さんだよなんて返したものだから彼までも思わず鼻で笑い出した。

すぐに冗談なのだと気付く左之さんの頭はとても柔軟だ、ついでにそれを笑って流せるほど順応力もある。



「じゃあ、そのチオサが隠したさらし、見つけねーとな。斎藤と源さんももう1回心当たりがねぇところも探してみろよ」

「そうだねぇ、もしかしたら物干し場の方に置きっぱなしなのかもしれない。見てこようか…」

「…………」

「ああ、斎藤くん。後で筆を貸そう、私の部屋まで来てくれるかな」

「…………解りました」



言うと同時に踵を返したのは左之さんと源さん、それから左之さんに付いてもえこ。

源さんもまるで子供の戯言と言うように笑って流し、左之さんも冗談なのだと笑って流した、まさかチオサの話がこの時代に通用するとは逆に驚きだ。

そう去って行く左之さんの後姿を見遣りながら、いつの間にか肩に入ってしまった力を抜いて竦めると同時、横に置きっぱなしにしていたお盆に手を掛けた。

そのまま持ち上げて、わたしも早くこれを洗っておかなくちゃと落とさないように両手で支えると移動した拍子。

目端に斎藤さんが映ってわたしは思わず彼を見遣った、そういえば何やらずっと難しい顔をして視線を落としていたっけ、どうしたんだろう。

相変わらず口を噤んだまま、何かを考えるようにジィっと地面のとある一点だけを見つめて真剣な顔をしている斎藤さん。

どうしたんですかと顔を覗き込むように腰を屈めさせれば、視線がかち合ったことに驚いたのか一瞬目を見開いて。

それから一歩後ろに下がって距離を取ると何かを言いたげに口を開き、それからもう一度考えるように視線を逸らせて口唇を一文字に噤んだ。

あれ?また何か思うところがあったのだろうか、あんまりいい予感はしないけれどとりあえず覗き込んで声を掛けてしまった今、何も聞かないわけにはいかない。

そう思ってもう一度、どうしたのと声を掛けて小首を捻れば、ややあって小さく溜息を吐き出しながら斎藤さんはゆっくりと口唇を開いた。



「チオサは、俺の筆を返してくれるだろうか」



うん、解ってたけどね、解ってたよ、もう最初から読めてたから。

さっきの大福のことといい大体読めてたからね、案外斎藤さんがメルヘンなのも大体解ってたから。

だけど此処で、すいません、あれは冗談なんです、なんて言ってその後の沈黙がきっとわたしには耐えられない。

あれはね、冗談なんだよ、チオサに隠されたとか言うけどね、マジで神隠しみたいに無くなるけどあの現象は説明できないけれどチオサじゃないんだよ。

いや、普通に考えてみてよ、ちっちゃいおっさんが家の中うろちょろしてたら怖いでしょうよ。

そんな同棲?同居?認めない!わたしは断固認めない!300円あげるからって頼んで出てって貰う。

大体さ、未だに半年以上見つからないソフバンがチオサの所為だなんてもうそんなの本当だったら捕まえて血祭りにあげたいくらいだよ。

何他人の家に我が物顔で勝手に住み着いて余計なことしちゃてんの?何で家主のわたしよりも偉そうに好き勝手やってんの?

お前は勝手に隙間から入ってきて我が物顔で夜中にちょろちょろ人んちの食材漁るゴキブリかってんだよ。

いや、そんなことはどうでもいいとしてだ、まさかそんな幻想の話をしてましたなんて言って真剣に探しているのにそんなくだらないことを、なんて言われた日には流石のわたしも涙が一粒零れそうだ。

なので心苦しいけれど、深呼吸をひとつしてわたしはぼそりと口を開いた。



「や、大丈夫…あいつ飽きっぽいからすぐ返してくれると…思います」

「…………そうか」



めいっぱい何かを溜めて吐き出すように呟いたその表情は何処か困惑というより寂しげだ、どうして!どうしてそんな顔をするの、斎藤さん!

やだ!そんな顔させるくらいならいっその事わたしが隠しました、煮るなり焼くなり好きにしてください!と土下座したい気分だ。

だけど出来ないのはわたしが小心者だからだ、スイ、とわたしの横を通り過ぎていく斎藤さんを呼び止められないのもわたしがおちゃらけキャラになりきれないからだ。

ごめんなさい斎藤さん、チオサなんておっさんは何処にも居ません、だけどその筆が無くなった現象はチオサ現象だと思います。

うわああ、チオサ連れて来てごめんなさい、マジちょっと切腹してくる!










数日後、見つからなかった斎藤さんの筆は軒下のとある窪みに左之さんのさらしと共に転がっていた。

源さんの探していた洗濯板は思った通り物干し場に立て掛けられて置いてあったのですぐに見つかったらしいけれど、見つからなかったふたつは何故か軒下に。

だけど原因は勿論チオサじゃない、どうも斎藤さんがこっそり飼っている猫が悪戯したらしいと、左之さんが教えてくれて。

そういえばと思い返してみれば斎藤さんの部屋の襖が少しだけ開いているのが気になって閉めたっけなぁ、なんて、そう言ったのも左之さん。

それ、猫の通り道だったんじゃ………

左之さんが閉じた所為で戻れなくなって軒下に置きっぱなしにしたんじゃ…ううん、そんなこと言えない。






end
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どこの家にも居るよね、チオサ!
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