今日は非番だという総ちゃんに、お茶に付き合ってよと言われたのが四半刻ほど前の話。

天気もいいしと、島田さんからお裾分けして貰ったという大福を二人並んで縁側で頬張っているとき、静かに奥の襖が開いて斎藤さんが現れた。



「総司、まさかとは思うが俺の筆を知らないか?先刻から見当たらぬのだが」

「は?僕が一くんの筆なんか知るわけないでしょ?」

「そうか……いや、そうだろうな」



開口一番に何を言うかと思えば筆をお探しらしいのだけど、問われた総ちゃんは心底不思議そうな声をあげ小首を捻った。

その表情はわたしからは見えないけれど大体検討は付く、口唇をぽっかりと開けて眼を細め眉を顰めて斎藤さんを見上げているはずだ。

それから数秒沈黙が流れる、だけどそんな沈黙はこの二人には良くあること。

だからか解らないけれど、特にそんな沈黙は何でもないかのように総ちゃんは、とりあえず一くんも食べる?なんてまだ皿に乗っている大福を差し出した。

おいおい、それは流石に唐突過ぎやしませんか?筆を探しているということは書き物をするということで、それは察するに斎藤さんはお仕事中だということだ。

内心、わたしはそう思ったのだけど斎藤さんは一度大福に眼を落とし、それから今度はわたしと総ちゃんの顔を順に見遣ってからもう一度大福に視線を落とし、それから静かに戴くと言って縁側に腰を据え出した。

あっ、いいんだ、探し物よりも目の前の大福なんだ、斎藤さん案外ちゃっかりしてんだな。

突っ込みたい性分故、心の中でひとり突っ込むわたし。

貰ったはいいけれどあまり甘い物が得意ではないために中々半分から先が進まない大福を皿に直すと、呑む下すために自分も欲しいしと斎藤さんの分のお茶を取りに行くために一度席を立った。



「だから、僕じゃないってば」

「ならば何故俺の部屋から筆が無くなったというのだ」

「片付けたところにないの?下に落ちてるとか」

「俺は必ず決めた場所にしまってある、其処に無いのならば他にはない」



もしかしたら総ちゃんも飲むかもしれないからとお茶を三つ、お盆に乗せて帰ってくればまた筆の話をしている。

そんな二人の傍にそっとしゃがみ込んでお茶を差し出せば、ありがとうとすまんの2種類の言葉を交互に貰った。

自分の分のお茶はお盆に乗せたまま、ススッと横にスライドさせれば木同士が少しだけ喧嘩して歪な音が響く。

だけどそんな音は特に気にならないのか、筆の行方を口論している二人が面白くてわたしは元居た位置に戻らず二人の後ろ、廊下のど真ん中に腰を据えるとそのまま会話に耳を傾けた。



「でも一くんの部屋なんて誰も入らないよ、面白い物何もないし」

「あんたにとっての面白い物とは何だ、武士に娯楽品など必要無い」

「相変わらず頭が堅いね、一くんは」



娯楽品は必要ないけれど嗜好品はいいのだなと大福を手にする斎藤さんを見ながら思ったのは内緒だ、揚げ足なんて取ったら睨まれちゃう!

いや、睨まれはしないだろうけれど無言の視線で射抜かれるし、総ちゃんが隣に居る以上は余計な一言は零せない。

総ちゃんはある意味優秀なレシーバーだ、綺麗に拾って誰もトス上げてないのに五倍くらいの勢いで強烈なスパイクを打ってくる。

だから人によっては安易にツッコミが出来ないのが現状だ、これが平助とか新八さんだったら平然と言葉を零すけれど斎藤さんや土方さんは無理無理無理。

あの、冗談が通じないって言うの?全部本気で返してくるって言うの?

あまりに変なことを言えばスルーされるし、強烈過ぎると無言の沈黙が訪れて怖い。

っていうか、あれ?別にわたしツッコミしなくたって良くない?何ツッコミ役確立しようとしてんの、わたし。

大体さぁ、わたし元々ツッコミ役じゃないんだよね、綺麗にレシーブ出来ないし強烈なスパイクも打てないし、返したところで笑うのが大半だから中途半端だし。

そう頭の中でひとりどうでもいい葛藤を繰り広げて居ると、総ちゃんが少しだけ笑いながら言った、その大福くらい柔らかくなればいいのにねと。

いやいや、流石にその大福は柔らか過ぎでしょうよ、そりゃ斎藤さんはその辺に落ちてる石ころよりも堅いと思うよ、うん。

でもさ、ちょっと色々飛ばし過ぎじゃない?もうワンバウンド置こうよ、間に何か挟んで行こうよ、流石にその大福は柔らか過ぎる。

この時代は保存なんか出来ない所為か頼んでから作られるから出来立てのもちもちしたおいしい大福が食べれて嬉しいけれど、如何せん柔らか過ぎる。

保存料一切使用していないお陰で、次の日になればびっくりするほどかぴっとなってくれる江戸時代の大福。

だからせめて次の日の大福くらいに格下げした方が喩え方としてはいい気がするんだけど、あれ?これってちょっと細かすぎる?

言葉に出せない想いを秘めながら、大福に視線を落とした斎藤さんを見遣れば、彼は数秒穴が開くほどに食べかけの大福をジィっと見つめていて。

だけど何か斎藤さんの中で思うことが整理出来たのか、徐に顔を上げると彼は小さな声で、でもはっきりとした言葉で呟いた。



「………総司、あんたの頭はこれほど柔らかいというのか?」

「…………は?」

「大福はこれほどまでに餡が詰まっている、柔らかくともこれほど詰まっていれば悪いことなどはないとは思う。物事を柔軟に考えるのならばこれほどの柔らかさは必要不可欠かもしれん…だが、些か此れは柔らかすぎる気がするのだが…みうこ、あんたはどう思う?」

「…えっ」

「此れほどまでに柔らかい脳…いや、思想はどう思うと聞いたのだ」



斎藤さんて時々、天然なのかなと思うことは多々あった、だけどそれは今訂正する。

斎藤さんてもしかして、いや、もしかしなくてもちょっと、いやいや、かなりその何と言うか、あれだ、馬鹿なのかな?

あーあ、可哀想、斎藤さん可哀想だよ、わたしなんかに馬鹿とか思われて。

だけどね、なんか逆に清々しいくらいの思考だよね、何を真剣な顔して考えているのかと思いきや辿り着いたところがそこってもう何というか、此処まで来ると可愛いよ、斎藤さん。

普段はドシリアスで絡みづらい人だと思ってたし、わたしがどうでもいいことばかり言う所為か会話が噛み合わないと思うことも多々あった。

だけど今解った、わたしが変なことを言っているんじゃなくて、斎藤さんの脳内ではさり気なく言った一言が壮大なものに変化しているんだと。

真横では笑いを必死に堪えている総ちゃんが居る、だけど流石に真剣な顔をして片手に大福を持ちながら恐らく真剣であろう疑問を投げ掛けられているわたしは笑うことが出来ない。

ダメだ、笑ったらきっと斎藤さんに嫌われる、それだけは断固お断りしたい。

そりゃあわたしは斎藤さんとは性格上きっと合わない、新八さんや平助たちと一緒に馬鹿笑いしている方が性に合ってるし、そんなわたしを見て遠くから呆れたような視線を多々貰うことがある。

それは解ってる、だけど面白いことが大好きだからやっぱり新八さんなんかを見つけるとそっちに行っちゃうし、だけど好みの問題で言ったらわたしは斎藤さんが一番好きだ。

理想と現実は違うとは言うけれど、憧れを持ってきてもいいじゃない、折角トリップしてきたんだから斎藤さん好きでもいいじゃない。

いい子ぶりっこをする気は更々ないけれど、余計なことを言って遠ざけられるのは御免である。

だけどこの問いは些かわたしには難しい問いだ、ライフカードの如く選択肢が此処に出るとしたら一体何が出るんだろう?

そう思って一度肩を竦めて深呼吸をすると脳裏にライフカードもとい答えの札を数通り浮かべた。





1.斎藤さんはそのままの斎藤さんでいいと思います!

2.ちょっと柔らか過ぎるんで次の日の大福にしませんか?カッピカピやで!

3.それって江戸時代風の駄洒落ですか?あっはっは、面白ーい!

4.そもそも脳ミソは詰まっていればいいってものではなく、神経細胞を繋ぐシナプスが沢山繋がって云々

5.大丈夫!斎藤さんのほっぺたは大福みたいに柔らかいと思います!





ろくなものが浮かばないわたしは所詮ボキャブラリーが貧困なのだ、ならば言葉ではなく行動で示すしか他はない。

そう思うと同時に動いたのは右手、それから無意識に自分の目線よりも高く上げたその手はゆっくりと斎藤さんの頬を摘んで、



「……な、」

「あ……大丈夫、斎藤さんのほっぺたは大福みたいに柔らかいです」



どうしてよりによって5を選んだ!1で良かったじゃないか!

だけどもう今となっては1で何を思ったのか覚えていない、覚えているのは一番まともだったということだけだ。

それ以上にぷにっと頬を摘んだ指先は若干汗ばんで湿っていたと思う、それが酷く申し訳なくてちょっぴり顔が火照り出す。

自分でやったくせに口許を歪めて変な顔をするわたしはどんな風に映っているのだろうか、怖くて想像もしたくない。

だけど目の前で黙って抓られている斎藤さんのびっくりした顔がゆっくりゆっくりと歪みを見せて、それと同時に摘んでいる指先が熱くなっていくのを感じた。

斎藤さんの頬が赤い気がする、凄く熱を持っている気がする、うわ、この人こんな顔するんだ!反則!

そう思ったと同時思わず変な声が喉から漏れたけれど、その声を掻き消すように同時に隣からでかい爆笑が聞こえてきて、



「あははははは…っ!よ、よりによって…はははっ、みうこちゃん…っ」

「う…あ…」

「何なの、もう…く、は…っ、そういう馬鹿な子、嫌いじゃないよ」



言いながら、ポンと総ちゃんに頭を撫でられ、そんな小さな拍子にぺろっと外れた摘んでいた斎藤さんの頬。

するっと滑ったその肌は凄くきめ細やかでつるつるでとても男の人の肌には感じなかった。

総ちゃんのツボはよく解らないけれど、こうして笑われることが多々あるということはきっとわたしは総ちゃんと相性がいいのだろう。

ということは、ということはほとんど真逆である斎藤さんには良く思われないというわけで。

そう思って恐る恐る顔を上げて見ると、いつもの澄ました表情をしている斎藤さんはそこには居なかった。

わたしが摘んでいた頬を自らの手で押さえて口唇を噤み、それから視線を宙に泳がせてまだ頬を赤らめている。

これがいい反応なのか悪い反応なのかどんな反応なのかわたしには皆目検討も付かない、だけどそのまま数秒、ポンポンと総ちゃんに頭を叩かれて4度目くらい。

ちらりとわたしに視線を送ってきた斎藤さんは、小さく言葉を零した、俺の頬のことなど聞いていない、と。

それから深く目を瞑って顔を背け、再び大福を口に運び始めるともうこの話は終いだと、そう言いたげなスピードでたいらげる。

まだ咥内に餅が残っているだろう状況でお茶を流し込むその姿は一刻も早く此処から立ち去りたいと、そういう心境なのだろうか。

空気をあえて読まない総ちゃんはまだニヤニヤと笑ってるし、あーあ、余計なことしちまったなと内心だけど舌を出さずにはいられなかった、だけど。



「…みうこ、」



湯呑みを持ったまま腰を上げると斎藤さんはわたしを呼んだ、その声に反応して顔を上げ彼を見遣ると同時。



「………痛…っ」

「あんたのが餅みたいだろう」



一瞬だけ抓られた頬は決して痛いものではなかった、だけど痛いと言ったのは口を付いたからで故意はない。

すぐに離された手は湯呑みを持っていた所為か暖かく、少しだけ汗ばんでいるような気がした。

だけどそれ以上に斎藤さんに頬っぺた抓って貰ったことに感動して、わたしは思わず目を見開く。

でもそんなわたしの反応、何でもないのか、気にもしていないのか。

斎藤さんは特に目を合わせるでもなくすすっとその場を去ってしまって、わたしはニヤニヤと口角を上げて声も出さずに笑っている総ちゃんと去って行った斎藤さんの後姿を交互に見遣りながら心の中でガッツポーズを取った。





わたし、今日顔洗わない!油ギッシュ?そんなもんどんと来いだ!






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