今日は1日憂鬱だった、その最たる理由は先日より天気予報で報道されていた台風が今まさに直撃しているからだ。

午後には電車が停まる、そう告げられたのは丁度3時間目の終わり、学校のほとんどの生徒が電車通学のため授業は4時間目をすることもなくそこで打ち切られた。

ホームルームを終え教室の掃除だけし、残っていないで早く帰りなさいと言われた頃には酷い大雨になっていて、それでも風がないだけそのときはまし。

各々が授業なくなってラッキーだなんて明るく帰り支度をしているのを横目で見ながら、わたしは静かに、深い深い溜息を吐いた。

恐らくは全校生徒、皆、早く家に帰れるのを嬉しく思っていると思う。

もしかしたら勉強好きな真面目な生徒が中には居て残念に思う人もいたかもしれない、だけど99%皆嬉しがっていると思うの。

でもわたしは違った、正直、台風の中帰るくらいならば学校にこのまま泊まりたいくらいだし、何よりも家に帰ったところで薄暗い中ひとり、大きな雨音に震えながら身を縮込めるのが目に見えている現状で家に帰りたいなど、微塵も思っていなかった。

雨は嫌い、じめじめしているし濡れたその後は臭うし空は暗いし冷たいし、そこに風が入ったら最悪だ、傘なんてあったところで何の意味も成さない。

それ以上にもっと嫌いなものがある、雷だ。

小さい頃、目の前の木に雷が落ちたのを見てからというもの、空が光るのもゴロゴロという音が耳に入るのも怖くて怖くて仕方がなかった。

滅多として来ない台風や大雨だけど、こうして来てはわたしから生気をも奪っていって、1日が酷く長く感じる。

こんなにも恐ろしい思いをするのならばいっそのこと、今日をすっぽりと飛ばして日曜日に休日通学した方が遥かにましだと、普通に思ってしまうのだ。

穴を開けんばかりの勢いで降り注ぐ雨音は時間が経てば経つほどに大きくなる、教室でじっと座っていても誰かが送って行ってくれるわけでもなければ先生に早く帰れと怒られる始末だ。

仕方なくわたしは酷く重たい腰を上げると、眉間に皺を寄せたまま自分の席を離れた。

だけど昇降口に着いたところで傘を広げたまま一歩も外へ出ることが出来ないのが現状で、地面を見遣れば打ち付ける雨の強さが伺え余計に肩が竦んでしまう。

きっと数歩歩けば靴の中はびしょびしょになるだろう、まだそれは許せる、許せるけれどどうしてもこの雨の中を歩くのが嫌でわたしは静かになってしまった昇降口でひとり佇んだ。

学校から駅までは徒歩、凡そ7分程度。

だけどわたしは実は電車通学じゃない、歩いて帰れる距離であるために普段は自転車で学校に登校していた。

今日は台風だからとお母さんに止められたけど、どうせ濡れるのならば自転車で早く帰った方がいくらかましだったとまた溜息を吐いて。

自転車なら5分、だけど徒歩なら20分、あまりにも長すぎる時間を歩くと考えるだけでも億劫で、わたしは小遣いが減ってもいいからタクシーを拾いたい気分に駆られていた。

溜息を吐いてどれくらいか、ぼうっと止む気配のない雨を睨みつけていると遠くからゴロゴロと悪寒が走る音が聞こえた気がして、わたしは思わず息を飲んだ。

それから歯を食い縛れば自然と涙腺が緩んで、気付けばぽろりと口唇から助けを求める声が漏れていた。



「……っ、はじくん…」



だけど名前を呼んだところではじくんは同じ高校じゃないしエスパーでもない、たかが幼馴染のわたしの声なんか届くわけもなく、呆気なくその声は雨音の中へと消え失せた。

はじくんというのは同じマンションに住んでいる同級生で、親同士も仲が良いために幼馴染みと呼べる唯一の人。

誕生日も近かったから一緒に誕生日会をやったり、家族ぐるみでバーベキューに行ったりと一緒に居て当たり前の存在だった。

そんな一緒に居て当たり前の人が居なくなったのは高校に入学すると同時、わたしだってはじくんと同じ高校に行きたかったけれど県の模試でもトップクラスに入るはじくんの頭とクラスで真ん中くらのわたしの頭は出来が違って。

だけど高校が違うの何て大した問題じゃないと思っていたんだ、それこそ入る前も入ってからも暫くは。

最初は中学まで通りだった、はじくんの部屋に行って勉強が解んないなんて言いながら課題を押し付けて、学食どんな感じ?とか、部活何があるの?とか、そんな他愛もない話が新鮮で面白くて。

だけどいつ頃からだろうか、はじくんの帰りが遅くなって家に行ってもまだ帰って来てないなんておばさんに言われだしたのは、解っている限りでも夏休み頃からそうだったと思う。

夏休みが明けてもそれは特に変わらなくて、週に3回ははじくんの家に居たのがいつの間にか週に1回居られればいいレベルになった。

その頃からわたしの知らない人の名前がはじくんの口から良く出てくるようになって、だけどはじくんにもいい友達がいっぱい出来たんだななんて。

ただそれだけだった、それだけだったはずだった、はじくんの口から知らない女の子の名前が出てるくまでは。

はじくんが所属している剣道部のマネージャーだとかで、確か1度、わたしがはじくんの部屋にいるときにはじくんの携帯に電話が掛かってきたことがある。

それを普通に出るはじくんを見ているのが何故だか急に嫌になってそのまま家に帰ったっけ、電話が終わったはじくんが家までわざわざ来てくれたけれど何でもないなんて突き放して。

その頃からだろうか、わたしは滅多としてはじくんの家に行かなくなった。

わたしだって学校に仲の良い子は男女問わず沢山出来た、はじくんほど一緒に居て落ち着く人はまだ出来ないけれど、だけどはじくんははじくん、他の友達は他の友達で割り切っていたんだ。

でも久しぶりに朝、はじくんに会ったとき思わず高鳴った胸が、わたしが割り切っていたのはそういうことじゃないとはっきりと教えていた。

はじくんは幼馴染であり、他の人とは違うのは当たり前、はじくんはわたしにとって特別なんだ、そう思っていたけれどどうやらそうではないようで。

一緒に居たときはちっとも解らなかった、わたしがはじくんに抱いていた特別な感情が、これが好意ではなく恋であること、わたしははじくんと離れて初めて自分の気持ちに気付いてしまった。

はっきりとその気持ちに気付いて確信を持ったのはつい最近のこと、あまり行かなくなったはじめの部屋に何となく遊びに行ってベッドで寝転がっていたときだ。

枕元のベッドの棚、目覚まし時計の隣に見慣れない封筒があって、これなぁにと聞けば夏の合宿の写真だと言われたから開いてみたんだ。

そしたら中から嫌なものを見つけた、マネージャーの女の子と2ショットの写真があるだなんて全く予想もしていなかったのに。

勿論それは2人が合意で撮った2ショットというものではない、だけど隣を歩いていて呼ばれて振り返った拍子に誰かに撮られたという感じのその写真がやけにわたしの心を抉ったんだ。

練習中の風景の中には遠くで違う知らない人と笑っているマネージャーの姿も映っていて、マネージャーである子がこうして映っていることは何もおかしいことじゃない。

きっと他の人の写真にもこういうのがあるんだ、だからわたし以外がこれを見たところでおかしいことなど何もない、そんな他愛ない一枚の写真だった。

だけどそんな写真一枚に持つ手が震えたのは、はじくんの隣を歩いているのはいつだってわたしだったのに、いつの間にかその居場所が知らない子に取られた気がして仕方がなかったからだ。

同時に煩いほど脈打つ心臓は、高鳴れば高鳴るほどわたしから冷静さを失わせて、泣き出したくなる気持ちを抑えることが出来なくて。

勉強の邪魔をしないなんて居座った癖に、殺しきれない声を上げてその場で泣き出してしまったことが今思い出しても悔やむ。

きっとはじくんは意味が解らなかったと思う、写真を見出したかと思ったら突然泣き出して、ううん、その前から意味が解らなかったと思う。

遊びに来なくなったかと思えば突然上がりこんできて、電話が来たくらいで帰ったり勉強中だと言われても居座ったり。

何度も吐き出された溜息が、わたしの行動が理解できないと言いたいはじくんの気持ちの表れだとわたしは解っていたのに、わたし自身自分の気持ちが掴めなくて色んなところを彷徨っていた。

気持ちがはっきり解ったらきっとどうすればいいのか自分で解ると思っていたのに、実際は更にどうしていいのか解らなくなって、ただただはじくんの枕に顔を押し付けて泣いたっけ。

どうしたとか、何があったとか、勉強を中断して宥めるように背を擦ってくれるはじくんの温もりにすらドキドキして。

少し前までは安心感を覚える温もりだったはず、ドキドキなんて無縁で、隣に居ることがただの当たり前だったはずなのに。

どうしてこうなってしまったんだろう、今更過ぎてどうしていいのかなんて解らなかった。

小さい頃はお風呂に一緒に入ったことだって何回もあるし、一緒にお昼寝したり、中学の頃だって同じベッドで寝たこともあったんだよ。

酷いときにはトイレットペーパーがないなんてトイレまで持ってきて貰ったことだってあるし、そんなことすら恥ずかしげもなくやっていたというのに、今は泣いている姿を見られるのも恥ずかしくて仕方ないと顔を上げることが出来なかった。

だけどこうなったとき、何でもないという一言で逃がしてくれるような人ではない。

はじくんはちゃんと解決するまで向き合う人、だから今までも自分で解決出来ない悩みははじくんに相談したりして、そんな投げ出さないはじくんが大好きだったのに、あのときばかりは何でこんな人なのかと恨んだりもした。

無理やり振り向かされたときには顔は涙でぐしゃぐしゃで、きっと酷い顔をしていたと思う。

いつも泣いてるときは見ないでって言ってるのに酷いなんて一生懸命顔を隠して、だけどハンカチもタオルも近くになかったのか、制服の袖口で涙を拭ってくれたそんな些細なところにまで好きだな、なんて思ったり。

一段落着いた頃に肩を落とす癖も、同時に表情を一瞬緩ませるのも、小首を傾げながら覗き込んでくるのも、はじくんのくれるひとつひとつの行動が全部好きで、気付けばわたしははじくんに好きだと零していた。

わたし、はじくんが凄く好きみたいって。

困った顔されたらどうしようとか、明日から口聞いてもらえなかったらどうしようとか、本当は凄く凄く怖かった。

だけど返ってきた言葉はたった一言、知っている、だけだった。

特に表情を崩すこともなく、かち合った目を逸らすこともなくただ淡々と。

予想外の言葉に返す言葉を失ったのはわたしの方だった、知っているだなんてそんな科白に返す言葉、何処を探せば見つかるのか解らない。

そうしてうろたえだしたわたしを怪訝に思ったのか、まさかそんなことで泣いたのかと呆れだしたのははじくんの方だった。

そんなことって何?と返せばくだらないと言われて、わたしの胸がどんな鈍い音を立てたのか、はじくんは知らないでしょう?

でも何も言い返せなかった、泣く予定も好きだと言う予定もなかったのにこれ以上、いらないだろう喧嘩まで現実にしたくなくて、わたしは帰ると短い言葉を残してはじくんの部屋を去った。

それが丁度一週間前の話だ、いつもだったら不和な空気になったとき、凹むわたしを見据えてはじくんが家まで来てくれたりするのだけどあの日は日付を跨いでも来てくれなくて、とうとう今日で一週間が経ってしまう。

こんな大雨で雷のありそうな日は決まって必ず大丈夫かと電話やらメールをくれるのに今日は来ないし、きっと本気であの日のことを怒っているんだ、きっとそう。

だけど何度考えてもはじくんが何で怒ったのかなんて全然解らなかった、わたしは写真の中の知らない女の子に嫉妬して泣いて、でもはじくんに好きだと言ったら知っていると言われて。

はじくんだって写真を見て泣いたことは普通に気付いていた、だからわたしが嫉妬して泣いたんだということくらいは解っているはず。

それをくだらないと思うのははじくんとわたしの価値観や思いの差だと思うの、わたしにとってはくだらなくなんかなかったもの。

もしあの子がはじくんの彼女だったりしたらきっと世界の終わりレベルで夜通し泣くだろうし、そうでなくてもはじくんがあの子のことを好きだったら、わたしはどうしていいか解らない。

こんなことで悩むのならば、もっと勉強頑張ってはじくんと同じ高校に行けば良かった。

同じ高校に行って昔と変わらず隣に居て、剣道部のマネージャーにでもなって当たり前の日々を過ごして気付かなければ良かった。

そう思っても最終的にはきっとここに辿り着いていたかもしれない、だってこんなにもはじくんが好きで、高校に居るはずなのに中学のときのはじくんが傍に居た教室の風景を瞼の奥で思い出している。

はじくんが好きだって、そこはきっと何年後だろうとわたしにとって変わらない未来だったんだ。

気付くのが早いか遅いか、ただそれだけのことで、はじくんを特別だと思っていた何年も前からきっとずっと好きだったんだ。

そんな思考を巡らせ想い馳せたところでポケットの中の携帯は反応を見せないし、目の前に打ち付ける雨は一向に衰える気配を見せず、逆にどんどん強くなる一方。

前に雷を伴う大雨が来たのはいつだっけ、あれは確か、そう、去年の夏だ。

去年は部活があると言うのにはじくんに電話で泣きついて、はじくんが迎えに来てくれるまで帰らないなんて駄々を捏ねてひとり教室で机に伏せっていたっけ。

教室の窓の外で空が光る様が恐ろしくて、ジャージを被って震えながら耳を押さえていたのを思い出す。

結局どんな状態になるか解りきっているはじくんが折れて迎えに来てくれたのだけど、あの日もずーっとはじくんの部屋ではじくんの布団に包まって雷が何処かへ消えるまで震えていた。




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