わたしの彼氏の斎藤くんはほんの少し、ううん、贔屓を抜かせば大分変わっていると思います。

まず、口調がちょっと古臭いです。

年頃の男の子なのに下ネタ系の会話には酷い軽蔑の眼差しを向けるし、風紀委員長だから規定のスカート丈に敏感なのは解るけれど今日は2センチ短いとか、遠目から見ても解るらしく服装チェックをされたりします。

映画が観たいと外で初めてデートしたときもミニスカートを穿いてきたら自分の巻いていたストールをわたしの腰に巻き付けようとするし、露出に関してちょっと異常だと思います。

掃除中、クラスの男子と昨日観たお笑い番組のことで盛り上がって居たら物凄く怒られたし、わたしの友達からはクソ真面目だと少し倦厭されていて。

最近のお昼ご飯だってそうです、家はお父さんが仕事で朝5時頃出掛けるのでわたしが起きる頃にはお母さんは二度寝していて、お昼はいつだって購買のパンかサンドイッチ。

そんなわたしに、もっとまともな食事をしなければいつか身体を壊すと言ってきたから仕方なく、コンビニで普通のお弁当を帰って行ったらそうではないと溜息を吐かれました。

じゃあどういうこと?と聞いたところで斎藤くんは口を噤んでしまうし、最近、彼がよく解りません。

ならば最初は解ったのかと言われたらそれも違うけれど、ただ、知れば知るほど解らない人だなということだけ解るのです。

そんなよく解らない斎藤くんからメールが届いたのは、丁度3時限目が終わった頃でした。



『昼休み、本館の屋上まで』



絵文字も使わないシンプルな一行メールが一通。

どんなに無愛想な人だってこんなメール打たないよと、後ろから勝手に覗き込んで来た友達に苦笑されたけれど、こんな斎藤くんのメールもいつしか慣れてしまったわたしも少し変わっているのでしょうか。

あんた達いつもどんな会話してんの?なんて4時限目の授業が始まる直前までネタにされたけれど、解らないわたしは小首を傾げることしか出来ません。

斎藤くんのメールはいつもこうで、絵文字も無ければ勿論ハートマークなんてあるわけもない。

時々句読点だって入っていないときあるし、それでもこれが寂しいと思わないのは斎藤くんが普段、気持ち悪いくらいに優しいからだとわたしは思うのです。










「………なぁに、これ?お弁当?」

「弁当以外の何に見える?」



いつもならばまず購買へ行ってパンと飲み物、時々ヨーグルトを購入するところだけど、今日は授業終了と同時に屋上へと駆け上がった。

来たよーなんて間抜けな声を上げながら扉を開け放った先には、いつだってわたしよりも先に待ち合わせ場所に到着している斎藤くんが当たり前にそこに居て。

だけどいつだって確認もしないで声を掛けるわたしに、俺が居なかったら独り言になるぞと今日も眉を顰めて笑うのだ。

とりあえず何の用だったのかと問えば、其処に座れと促してくる。

だから言われたとおりアスファルトの上に腰を下ろし、座ったよと言わんばかりに顔を上げれば、目の前に差し出された包み箱。

どう見てもお弁当を包んだようにしか見えないのだけど、一応小首を傾げて聞いてみれば、弁当以外の何に見えるかと返されて、わたしはゆっくりと首を竦めた。

彼を見遣れば反対の手にも一回り大きいお弁当箱があって、ならばこれは何だろうと聞きたかった。

けれど、それよりも先に受け取れと促されたからとりあえず受け取ってみて、でも、一体これは何だというのだろうか。

もしかしてこの間、そんなものばかりだと身体を壊すなんて言ってくれたのにいつまで経ってもわたしが改善しないから、お母さんにわたしの分まで頼んだなんてオチじゃないよね?

それならば申し訳なさ過ぎるし、流石にそんなことまでして貰ったら気が引けると、黙ってお弁当の蓋を開ける彼に向かって声を掛けようとした。

でも真っ先に見えたお弁当の中身が普段よりも一層美味しそうで、そんな斎藤くんのお弁当に気を取られている間、先に声を上げたのは彼の方だった。



「香草が苦手だと言っていたな」

「………え、うん」

「あとは特に苦手なものはないと、言っていたな」

「…………うん、そうだけど」

「パンばかり食べている故、好きなものが何なのか把握していなかった。が、不味い物はない、と思うのだが」



言いながらちらりとわたしに視線を寄越して、それから何処か気不味そうにほんの少し顔を背ける斎藤くん。

あれ?もしかしてこれって、斎藤くんが作ったりする?わたしがそう理解するまで凡そ数秒。

だけど現実を受け止めるには些か目の前のお弁当が凄すぎて、思わず受け取ったお弁当を握り締めたまま間抜けな声を上げてしまった。

嘘っ!勉強も出来てスポーツも出来てお料理も出来るなんてそんなの信じない!なんて間抜けな科白と共に。

言えば、当たり前に何を言っているなんて小さく溜息を吐かれて、だけどそんな事実、認められないよと何度も繰り返す瞬きが止められなかった。



「も、もしかして、いつもお弁当…自分で作ってた、とか」

「…自分の弁当くらい自分で作る、それが何かおかしいことでもあるのか?」



いえ、ありません、きっと高校生にもなったらそれくらい女の子ならするべきなんだと思います。

だけど現に自分のためにお弁当なんて作ったこともないわたしは、お母さんがお弁当を作ってくれないと解った時点で買うという選択肢しか思いつかなかった。

でもまさか彼氏に作ってきて貰うだなんてそんな、流石にありえないんじゃないかなんて切なくなるのです。

思い出せば切ないことは他にもいっぱいあった、裾を引っ掛けてボタンが取れてしまったときもわたしは家に帰ってお母さんに頼もうなんて考えていた。

だけどその前に斎藤くんに指摘され、家に帰ってからやるよと言ったら剣道部の部室に連れて行かれて手芸道具を取り出されたっけ。

しかも脱がなくていいなんて服を着たままものの数分で直しちゃって、そんな手際のいい斎藤くんに呆気に取られたわたしはありがとうしか言えなかった。

扉に手を挟んで切ったときもそうだった、絆創膏なんか貼ったところですぐに取りたくなっちゃうだろうし言うほど痛くないからなんて、消毒しただけで放置していたわたしに綺麗に包帯を巻いてくれて。

夏の暑いときもそうだっけ、アイス食べたいなんて呟いたら冷たいものの取りすぎは腹を壊すなんて言いながらも帰り道に買ってきてくれたりなんかして、わたしには出来ない気遣いが多すぎた。

女の子であるはずのわたしには出来ないことが、男の子であるはずの斎藤くんが当たり前に出来るのも切なかったし、だけど斎藤くんは言ってくれた、あんたに何かあったとき、俺が何も出来なければ頼り甲斐も無いだろうなんて。

確かに何でも出来るし何でもしてくれる斎藤くんは凄く頼り甲斐がある、お勉強もスポーツも出来るからテスト期間に入ったらやっぱり頼っちゃうし、体育の選択授業で剣道を選んじゃったときも斎藤くんがアドバイスをいっぱいくれたりと何度と無く助けて貰っていた。

わたしが言えばどんなに時間がなくても合間を見て話を聞いてくれるし、正直頼り過ぎている感は否めない。

それでも嫌な顔ひとつせず、聞いてくれるものだから、いつしかそれが当たり前になってしまっていたのも確かだった。

酷い我侭は特に言ったことはないつもりだった、けれど、友達だって彼氏に酷い我侭を言ったわけでもないのに我侭だと言われて喧嘩するなんて聞くし、そんなことを聞くと何でわたしは言われないんだろうなんて小首を傾げることも多々あって。

でも現状を口にすると、惚気と言われるか、斎藤くんを変わり者扱いするかのどちらかだから誰かに話すことすらいつしかしなくなった。

もしかしたら他の誰にでも優しいのかもしれないと彼と仲が良い藤堂くんに聞いてみたことがあったけれど、はじめくん厳しすぎるよなんて返答を貰って混乱するしたこともあった。

わたしから見て斎藤くんには厳しさの欠片も見つからない、そりゃあスカート丈とか遅刻には厳しいけれどそれは学校の決まりごとを守れということであって風紀委員として言って来るだけ。

それ以外は優しい以外の何も感じなくて、わたしはいつだって周りの斎藤くんへの感じ方と自分の斎藤くんへの感じ方に違和感を覚えまくっていた。

お喋りに夢中になって掃除そサボっていたときには怒られたけれど、あのときも一緒にサボっていた男の子が言っていたっけ。

あれは掃除をサボってたから怒ってたんじゃないよ、絶対、なんて。

わざわざ他のクラスの掃除サボりを目にして怒る奴が何処に居るんだよ、なんて苦笑していて、だったら何でだと聞いたら解んないのかとまた苦笑された。

そこまで言われたら流石のわたしでも、他の男の子と仲良く話していたから?なんて予想くらいは立てられたけれど、そんなくだらないことで斎藤くんが怒るのかな?という違和感の方が大きかったことを覚えている。

いいね、大事にされてて、なんて言われるのはしょっちゅうで、わたしも大事にされているのは事実実感している。

こうしてわたしのためにお弁当を作ってきてくれる斎藤くんは優しいし、何よりも美味しそうでいつもパンのわたしにはご馳走以外の何物でもない。

でも此処までして貰ってもわたしは何ひとつとして斎藤くんに返せてないし、どちらかと言えばどんどん切なくなる気持ちが増えるし、何と言うか戸惑う一方なのです。

それでもこうして作ってきてくれたら黙って隣に座っているだけなんて失礼だし、いいよこんなことしなくてもなんて言ったら彼の好意を踏み躙るかもしれないから怖くて言えない。

仕方なく、お弁当の包みをしゅるりと解けばわたしのために持って来ただろう割り箸を割ってくれて、今度は蓋を開けるまで待ってくれている。

割り箸くらい自分で割れるんだけどなぁ、そう思ってもやってくれたものを口には出来ず、恐る恐る蓋を開ければほんのり鼻先を掠めるいい匂い。



「食べれなさそうな物はあるか?」

「……ううん、ない」

「そうか、なら良かった」



まるでわたしの言葉に安心したとでも言わんばかりに柔らかく笑い、言い終わると同時にすっと箸を差し出してくれる斎藤くんが優しすぎていつものことながら扱いに困る。

本当は言いたいの、こんなことまでしてくれなくていいよって。

頼るときはきっと自分で頼るし、勿論それは凄く自分の都合のいいことで、我侭以外の何物でもないと思う。

でもたまには我侭言うなとか、わたしの言葉に眉を顰めてくれたって構わないし、何でもかんでも聞いてくれなくて構わないし、ちょっとは怒ってくれてもいいと正直思うの。

だってこれじゃあお姫様か何かみたいだ、お付き合いを始めて丁度半年、手も出して来なければそんな素振りも見せないで見返りもなく護ってくれてるナイトみたい。

わたしはそんなわたしを護ってくれるだけのナイトが欲しいわけじゃなくて、斎藤くんと同等に付き合っていたいのにな。

まあ、わたしのレベルじゃ斎藤くんと同等なんて出来るわけが無いんだけど、せめてもう少し、もう少しだけ人並みのカップルみたいにわたしにも何かさせてくれればいいのにと小さく首を竦めた。

そう思っていても言えないのは、斎藤くんが好きでやってるのかもしれないからだ。

もしも好きでやってくれているのならば違和感はあるだろうけど別に不満なんて、ない。

元々面倒臭がり屋で優柔不断、酷く腰の重たいわたしは斎藤くんみたいに色々やってくれたり決めてくれたりする人は魅力的というか有難い。

でも何も出来ないわたしの面倒を見てくれているとなったら話は別だ、それは彼氏彼女ではないし、それこそ見返りがないのならばお姫様とナイトだ、王子様じゃない。

いつだって斎藤くんがわたしに何かをしてくれれば違和感を覚えながらもうまい言葉が見つからず、ただありがとうしか言えなくてそれが歯痒い。

でもどう考えてみても彼の真意が解らない限りは傷つけてしまいそうで言えないと、ただその場に流されて今も促されるがまま箸を受け取ってしまうわたしがいる。

一度彼を見遣れば黙って同じように視線を合わせて、それから数度瞬きをして見せれば、食べないのかと言わんばかりに目を丸くさせる。

そんなきょとんとされたらとりあえず食べるしかないじゃないか、仕方なく合掌して頂きますと零すと、わたしは男子高校生が作ったとは思えない色とりどりのお弁当に箸を差し込んで目に付いたおかずを口に運んだ。



「……おいし」

「…そ、そうか」



アスパラガスを豚肉で巻いたそれはあまりの見目の綺麗さに実は冷凍食品とか?なんて思ったけれど、口に入れた瞬間広がった味と彼のホッとした反応を見ればそんなもの、一瞬で崩された。

巻いたんだ、くるくる巻いたんだ、こんな丁寧に。

うちのお母さんでさえもっと乱雑に巻くのにこの人はと、関心と切なさがぐるぐると交じり合って何だか言い様のない不思議な気持ちに頭を抱えたくなった。

ごくりとわたしが飲み下せば、斎藤くんも安心したのか自分のお弁当に手をつけ始めて、その穏やかな横顔を見遣れば今日も何も言えなさそうだと小さな小さな溜息が出る。

美味しいからまあいいか、なんて気持ちさえ沸きあがってきてもうどうしようもない。

だけどお弁当を半分以上食べきる頃、わたしはひとつの妙案を思いつくことに成功したのだ。

きっとわたしはいつまで経っても斎藤くんにこんなことしてくれなくてもいいよ、なんて言えない。

斎藤くんの真意が見えるまで言えなくて、でもわたしが何か行動を起こさない限りこんな関係はずっと続いていっていつしか違和感に塗れてギクシャクする日が来るかもしれない。

わたしの切なさは日に日に募るばかりだし、何かしたいけど何もすることが出来ず頭を抱え込む日も目の前に迫っている。

ナイトだからいけないんだ、だからこんなにももやもやするんだと思う、ナイトでなくしてしまえばいいんだ。

わたし、斎藤くんをナイトから王子様に変えること、斎藤くんの好意を踏み躙らず出来るよね?出来るよ、それもたった一言で。



「斎藤くん、」



ご馳走様でした、美味しかった、ありがとう、いつもの言葉を並べてお弁当箱を片付けながらわたしは彼を呼んだ。

返事もせずにわたしのいつもの言葉に柔らかい笑みを返す彼は、突然呼んだことにも何の動揺も違和感も無いという感じで振り向いて。

そんな彼に聞きたいことがあるんだけどと先に零すと、同時にブレザーの裾を掴んで一歩だけ近づいた。



「斎藤くんはわたしに何でもしてくれる、よね?」

「…出来る限りのことしか出来ないが」

「うん、でも色々、今までも何でもしてくれてたじゃない?」

「……それが、どうか、」

「じゃあさ、」



もう一歩、膝を地面に着いたまま彼に近づいて、それから裾を掴んでいた手を腕に掛けて逃げられないようにぎゅっと掴んだ。



「何でキスはしてくれないの?」

「…………っ、」

「ねえ、何で?」

「ユメ…っ、それ、は…」

「それは?」



大事にしているからだと言わせない、キスくらいしてくれても不純異性交遊にもならないでしょう?

だから先手を取って先に呟いてやった、好きならしたいと思ってくれてもいいのになって、ぽそりと視線を落としながら。

斎藤くん、斎藤くんの優しさは戸惑うことも多いけれど心地いいよ、だけど、もうそろそろナイトとお姫様ごっこは終りにしようよ、終りにしたい。

出来ることなんだから叶えてよ、これを我侭だと捉えるか、可愛いおねだりだと捉えるかは斎藤くん次第。





願えばきっと叶えてくれる





口篭ったまま気まずそうに頬を染めて、眉を顰めるその姿は初めて見せる顔、だけどそんな顔見せられたらもっと困らせてやりたくなって腕を伸ばした。

取ってくれるでしょ、ぎゅってしてよ、それから優しく口付けて。

そう意味を込めて小首を傾げる素振りをすると、斎藤くんは表情を歪ませながら場所を考えろと真っ赤な顔して声を上げた。

そんなことお構いなしに勢い良く抱きつけば、聞こえるのは吐息。

誰も居ないのに周りなんか気にして深い溜息なんか吐き出して、それでもゆっくりと背中に腕を回してくれるこの人が今、堪らなく愛しいと、きゅうっと腕に力を込めた。

ナイトから王子様になる少し前、目を細め耳まで赤く染め上げた斎藤くんの顔を見上げながらゆっくりと瞼を閉じたわたしはただ、タイムリミットの鐘が鳴らないのを祈るばかり。






end
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -