そんなわたしを見てか、部活で疲れているだろうに溜息をひとつ吐くとはじくんは、ゆっくりとした動きで転がっているわたしに近づいて。

それから起きろと口にするわけでもなく手を差し出して、見遣れば凄く困った顔でわたしを見下ろしている。

怖がりの癖にこんなものを観ているお前が悪いだろう、本当はそう言いたいのだろうにその口からはすまんと控えめな謝罪の言葉しか漏れない。

ううん、違う、確かにはじくんの所為でわたしはこんなことになっているけど、元はと言えばはじくんは悪くない。

だから泣き止まなきゃいけないんだけど、それでも震えが収まらないし起き上がる気力もないと、わたしは口許を押さえていた手で涙を拭うと両腕をはじくんに向かって伸ばした。

口には出さないけれど小さい頃もよく強請っていた、抱っこの意味。

わたしは昔から酷く甘えたで、それは今でも変わらない。

はじくんはわたしがこうやって腕を伸ばすと自分だって疲れてるのにいつだって抱っこしてくれて、わたしが歩き疲れて服の裾を引っ張れば背中に乗れと促してくれた。

凄く優しいお兄ちゃん、だからね、今もこうやって腕を伸ばせば小さく肩を竦めて溜息を吐きながらも優しい眼のままわたしの膝許に膝を着く。

それからゆっくりと首に捕まれと言わんばかりに、わたしに覆い被さるように体勢を下ろしてくれて、その首に遠慮なく巻き付くとそのままぎゅうっと落ちないようしがみ付いた。

こんなことしなくても、はじくんは落とさないようにといつだって背中に腕を回してくれる。

だけど怖かった所為か、今は甘えたくて仕方がないと目の前の身体を抱きしめた。

起き上がると同時にポンポンポンと3回首のすぐ下辺りを軽く叩いてくれるのは、はじくんが甘えさせてくれている証拠、わたしを宥めてくれる昔からの合図。

だからわたしは涙がこびりつくことなどお構いなしにその肩に目許を押し付けた、はじくんの制服が濡れちゃうなんてそんなこと、今のわたしにはどうでもいい。

鼻水は付けるなよ、なんて溜息交じりの声が聞こえるけれど笑ってあげない。

その代わりに怖かった、はじくんなんて嫌いと零せば不服そうな声にならない声が耳に届いてはじくんの身体が一瞬だけ硬直した気配がした。

きっと今、はじくんの顔は歪んでいるだろう、昔からそうだ、はじくん嫌いと言うといつだって怪訝な表情を浮かべるんだ。

わたしに嫌いと言われるのが嘘でもショックを受けると聞いたのは確かお母さんからだったと思う、お兄ちゃん凄くショックを受けてたから謝りなさいと言われたのはいつのことだったか、昔過ぎて記憶力のいいわたしでも流石に記憶にない。

だけど、嫌いと言ったときの表情はいつだって眼の奥にしっかりと残っていて、いつも同じ顔をするからその言葉に毎度ショックを受けるということで間違いないのだろう。

硬直したのは一瞬、すぐに解けた後は溜息が聞こえて、それからまたポンポンと背中を叩く音がする。

もう一度すまんと聞こえる声は酷く小さくて頼りない、だけどいつだってわたしが困ったときに、悲しいときに、甘えたいときに腕を伸ばせば取ってくれるはじくんが、



「嘘、はじくん好きだよ」



大好きだよ、そう伝えながらゆっくりと顔を離せばかち合う眼と眼。

一瞬だけ眼を見開き、それから口許を歪ませながら一度逸らして、もう一度わたしを見る眼が優しくて、はじくんがお兄ちゃんで良かったとわたしはいつも思うんだ。



「だから、お願い………ト、トイレ着いて来て」

「…………ユメ、お前は怖がりの癖に何故、」

「だって夏だし!もう大人だし!観れると思ったんだもん!怖くないってもえちゃんが言ったんだもん!騙された!」

「…………人の匙加減など当てにするからだろう?」



言われて言葉が返せないのはその通りだからだ、はじくんはいつだって間違ったことは言わない、だけど、



「………でも、もう観ちゃった…途中だし」

「この手の物は概ね最後手前が一番の山場になる、ユメには無理だ」



言いながら、わたしの背に回した腕を下ろすと足場付近にあるDVDのパッケージを手に取りながら裏を返すはじくん。

DVDの表紙も実は結構頂けない、きっとわたし以上にわたしの匙加減を解っているはじくんならではの心遣いだろう。

それからもう一度、今度はわたしの脇の下に腕を差し込んで背中に回すと同時、立ち上がりながらわたしをひょいと一緒に抱き起こすと、トイレに行きたいのだろう?と再び小さく溜息を吐き出した。

馬鹿な妹を持つと困る、まるでそう言いたげなその表情もわたしは嫌いじゃない。

だってしっかり者の妹だったらはじくんにこんな風に手を掛けて貰えないでしょ、ブラコンだって構わない、わたし、はじくんが世界で一番好きだし。

はじくんが、お兄ちゃんがこんな人だからわたし、彼氏出来なくて困ってるんだよ?

でもそれも苦じゃない、だってはじくんが居るから。

はじくんもいつか彼女とか連れてくる日が来るんだろうけど、わたしもそれまでにはじくん以上の頼り甲斐があって格好いい彼氏、見つけられる日が来るのかなぁ?

それまで、それまでははじくんに甘えてもいいよね?だから。

トイレを済ませた後、部屋に戻ろうとしたはじくんをわたしは呼び止めた、続きが気になる、けどひとりじゃ観れないから一緒に観てって。

振り向くと同時に怪訝な表情をされたけれど、視線を逸らさずに見遣っていたら折れたのか、溜息は吐かれたけれど解ったと了解の返事が返ってきた。

はじくんが居れば怖くない、そう言って電気を消して、はじくんが観てないから最初からと大船に乗ったつもりで再生をしたけれどやっぱり怖いものは怖い。

だからと再び布団を被ろうとしたら剥ぎ取られ、ならばとはじくんにも布団を被せてやったら諦めた。

わたしが叫び声を上げたところに近づく頃には、さっき観たにも関わらず怖くなってはじくんのズボンの裾を握り締める。

背筋が寒い、やっぱ怖い、そう零しながら握り締めた裾に力を込めれば背中に回されたのははじくんの腕。

それに甘えてずりずりとはじくんの脚の間に入れば、一番安心な人間ソファーの出来上がり。

これなら何も怖くないねと零せば、何処が大人だと耳許で小さな囁きが返って来る、だけど笑っているから気になんてしないの。

そういえば昔、こうやって布団に包まって遊んだことがあったね、あのときは布団が大きくて何処が一番端っこなんだか解らなかった。

広げて秘密基地みたいな空間を作ったこともあったけれど、今では一枚の布団に重なって入ってもぎりぎりで、あの頃とても広かったね。










今ではとても小さな世界だけど










それでも昔から変わらないのは、此処がわたしの一番安心出来る場所。

わたしの好きな世界は今も変わらず此処にあるの。






end
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