人間には理性というものが存在する傍ら、抑えることが出来ない好奇心というものも存在する。

この2つは相容れなくて、またこの2つがあるから人間というものは矛盾する生き物であると、そう解釈しても強ち間違いではないと思う。

何が言いたいかというと、頭ではこれを観たらどうなるか解っていて理性が止めろ、早まるなと言っているにも関わらず、好奇心に負けてついつい借りて来てしまったのです。

え?何がって?死霊の腸なんちゃらとかいうタイトルだけでちょっとおしっこちびりそうな怖いDVDをです。

違うの、解ってたの、わたしは怖い映画とかそういうのが苦手で、観たらひとりでトイレに行けなくなることくらい解ってたの。

だって彼是もう16年、斎藤ユメとして生きているわけだ、自分の好きなものも苦手なものもちゃんと理解しているつもりだ。

別にね、ちょっとお墓の周りを肝試しとかそういうのは平気なの、脅かされないで夕方置いておいたキーホルダーを取って帰ってくるとかさ、そういうのは平気なんだ。

でもね、お化け屋敷とか怖いDVDとかそういうのは別物になるわけです。

まず驚かされるのが嫌い、次にインパクトのある映像を突然出して目に焼き付けるようなやり方が嫌い、そして耳に残る人工的に作られたあの怖い音が嫌い。

わたしは昔から記憶力が人より良くて、特に一度眼にしたものを瞬間的に写真のように脳裏に刻み付ける能力に少し長けている。

だからか、友達がもう忘れちゃったよというようなものでも案外はっきりと場面場面で覚えていて、下手すればそこに書いてあった文字すら読める事だってある。

そんなんだからリングの貞子とか、ああいうのだって酷くはっきりと目の奥が記憶しているのだ。

もうあれを観たのは何年前なのだろう、2回観たら見慣れたなんていう友達に唆されてもう1度観たら更に忘れられなくなって1週間はひとりでお風呂に入ることが出来ず、お兄ちゃんに怪訝な顔をされながらも浴室の外に立ってて貰ったっけ。

だから、だからだからだから、だから止めておけとわたしの中のちっちゃいユメが一生懸命訴えていたのに、わたしは何で借りてしまったんだろう。

隣の席のもえちゃんに面白いと言われたからだ、彼女はオカルト板とかに嵌るほど怖い話が大好きで、そんなもえちゃんがお勧めしてきたのがこれ。

これはそんなに怖くないんだけど面白いよ、びっくりするような映像もそんなないし、なんて言われて唆されたんだ。

もう夏休みも間近、どうせ観て怖くなっても部活が日中になるからお兄ちゃんがちゃんと夜家に居るし、またお風呂入れなくなっても外に立ってて貰える、大丈夫。

そう思ってちょっと観たい好奇心に負けて借りてきたんだけど、開始20分。

既に観たことを後悔する気持ちが胸に広がって、わたしは夏用の毛布を頭から被りながら蹲るようにテレビの前で丸くなっていた。

時間は21時過ぎ、夜と言えど暑いからクーラーを掛けて、それからそんなに怖くないと言われたから雰囲気を出すために部屋の電気を消して。

だけどこんなにも演出を後悔したのはいつ振りだろうか、わたしは恐ろしさの余り布団に包まったままの体勢から動くことも出来ずぽっかりと口を半開きに開けたまま目の前の画面を見遣っていた。

頭の中では頻りにもえちゃんの嘘吐きもえちゃんの嘘吐きと繰り返されるけれど、画面から聞こえる音声が怖すぎて切ないほどに掻き消えない。

スプラッタなんて聞いてないよ、もえちゃんの嘘吐き!でも怖くて巻き付けた布団が少しでも離れるのが嫌だとリモコンに腕を伸ばすことも叶わなくて、わたしはぶるりと背筋を震えさせた。

それと同時くらいだっただろうか、気のせいだとは思うんだけど背後に人の息遣いが聞こえたような気がして身体が硬直したのである。

怖い話や怖い映画を見ていると、負の気で霊的なものが堪りやすいとテレビで霊能者が言っていた気がする。

というか、何でこういうときにそんなもの思い出しちゃうのわたし、怖くて後ろが振り向けない。

クーラーの風向きが変わる微量な音にまで反応してしまう今、ちょっとの気配が凄く気になって、だけど気のせいだと自分に言い聞かせて奥歯を噛み締める。

目の前では今まさに正体不明の何かに殺されかけている緊迫した場面、その正体不明の何かは脚しか見えなくて、だけど一歩一歩、何やら声にならない音を出しながら近づいている。

怖い、やばい怖い怖い怖い!

マジでそのカメラワークやめてよ!解った、カメラマンも監督も凄いのは解った、だからもういいよ、もうそのままストップしてよ。

ひたひたと青白い脚がありえない関節を曲げながらどんどんと近づいてきて、きっとこの子は殺されるんだ、そして殺される前に何か恐ろしいことが待っているんだ。

突然部屋の隅でぴしっと家鳴りが聞こえる、それすらも今は怖くて、だけど背後の気配と目の前の映像、それから耳に木霊す何ともいえない音と緊迫感がわたしをここから動けなくして。

そうこうしているうちにその青白い脚が画面の中の女の子を追い詰めて、ゆっくりとカメラが上へと上っていく。

骨と血肉が剥き出しになった膝を通り過ぎてボロボロの白い服を上がっていく、だけど次の瞬間映像は飛んで突然どあっぷで血走ったぎょろりとした眼が映り、





「何をしている」

「ぃやぁああああああああああああ!」





画面の中の叫び声とわたしの声がシンクロした、耳許から聞こえた低い声によって。

心の底から、ううん、腹の底からだ、叫び上げた声は息の続く限り出し切ると酷くわたしの頭を放心させた。

身体が硬直しきってしまった所為でハラリと頭からずり落ちたのは布団、肩の段差で止まって、だけど放心してしまった所為で眼を見開いたままそこから動けない。

画面の中では無残な映像が映し出され、しかしそれは映画だ、数秒映った後にすぐにパトカーが家の前に集まって既に検証が終わったという映像に移り変わった。

と、同時に一時停止ボタンを押されたのか音声も画像も主人公がドアップのままで静止して、それから突然明るくなった目の前。

部屋の明かりが突然点いた、そう理解したと同時、硬直する身体を徐に声のする方に向ければ、





「ユメ……お前という奴は…」

「……………は、はじ、はじく…」

「クーラーを付けながら布団を被る奴があるか、寒いのなら付けるな、暑いのならば、」

「……ふ、ふぇ…ふっ……」

「…………何故、泣く?」





扉の横で部屋のスイッチに手を掛け立ち尽くしたまま、わたしの声が耳に痛かったと言わんばかりに片耳を抑えながら大量に眉間に皺を寄せて居るお兄ちゃんを見つけ、わたしは脱力のあまり思わず涙腺を緩ませた。

はじくんだったんだ、あの気配ははじくんだったんだ、っていうかわたしを怖がらせたのははじくんだったんだ。





「ば、ばかぁ…!はじくんのばかぁ!」

「なっ、何故馬鹿など、」

「ふっ、ふぁ…」

「ま、待て、俺の所為だとでも言うのか?」

「ひっ、く……は、背後に…っ、背後に何か…い、居ると思っ…ふっ、」

「………………」

「こ、こわか…っ」

「………………」





部屋の扉を引く音なんて勿論しなかった、床を踏む音だってしなかったし、扉を閉める音も廊下の明かりが部屋に入ってくることもなかった。

一体どうやって入ったのだろうかなんてそんなこと、考える間もなくわたしは丸まったままコテンと横に倒れこんで、そのままボロボロとこめかみを伝う涙を拭うこともせず口許を押さえて泣き崩れた。

怖かった、部屋を開けてすぐに何をしていると言ってくれればこんな怖い思いしなくて済んだのに、どうして一々あんなタイミングでそれも耳許で囁くのか。

もしかしたら真剣に観ていたはじくんのわたしへの配慮だったかもしれない、はじくんてそういう人だ。

だけどその配慮が今は裏目に出過ぎて、怖かったのと安著した気持ちがごっちゃになってわたしはひとりで床に転がったまま堪えられない涙を零し続けていた。

元はと言えばわたしが悪い、怖がりなくせに下手な演出して、だけど怖くなり過ぎてリモコンを止めることも出来ずに震えていたんだもの。

それに部活の大会前ではじくんは最近この時間に家に居ることがなかったから居るとも思わず、得体の知れない気配の正体がはじくんで良かったのだけど何故だか震えが止まらなかった。




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