人は色んな性格があって色んな考え方があるから面白い、十人十色という言葉もあるようにその言葉をわたしは理解しているつもりだ。 だからこうして二人を比べてしまうのは決していいことではないし、もしかしたら総司くんは友達に怪我をさせたわたしをからかっているように見せかけて怒っているのかもしれない。 だけど悲しいかなわたしはそんなに出来た人間ではなくて、だからこそこうして総司くんと一くんを比べてしまう。 一くんで良かったと、いや、怪我をさせてしまって良かったもクソもないんだけど、一くんにしてみれば迷惑なこと山の如しなんだけど。 だってさっき奴隷にでもなってもらうところだったと言ったときのあの目、あれは冗談ではなかったように思える。 そんな彼の耳を疑いたくなった言葉を何度も頭の中で反復させては背筋に寒気を感じ、あぁ、神様ありがとうと呟いて何度目か。 このまま総司くんの隣にいて恐ろしい言葉を聞くよりはいいだろうと、わたしは自分の鉛もといバッグを弄って目当てのものを取り出すことにした。 わたしは調理の専門学校の生徒だ、バッグの中には筆記用具にノートにタオルに救急セットを常備持っている。 本当ならば道具一式とコックコートやらエプロンやらも持っているところなのだけど今日は飴細工をやったもので早々汚れていないからと全部ロッカーに詰め込んで置いてきた。 変わりに講義でテストがあった所為で鉛の辞書を持って帰る羽目になったのだけど、今はそんなものはどうでもいい。 目当ての救急セットを取り出して中身をチェックすれば大小様々な絆創膏や湿布、やけどの薬とマキロンなんかがしっかり揃っていて、少しだけ自分を褒め称えた。 使わないに越したことはないのは解っているし、全部自分の所為なのも解っているけれど。 顎に絆創膏を貼るなんて嫌だろうけど、それでもマキロンで消毒くらいは出来ると思えば少しは心が軽くなる。 だけどその軽くなった心を再び曇天に戻したのはやっぱり隣に居る怖い人で、 「で、落とし前はどうつけるの?」 わたしは一瞬にして全身を引き攣らせた。 「お、落とし、前、ですか?」 「うん、落とし前。顔に傷つけたんだよ?ごめんで済むと思って、ないよね?」 再び黒い笑顔の恐怖光臨、そう心の中で呟いて意を決して彼の方を振り向いてみると、もっと酷い事実がそこにあった。 総司くん、笑ってない、真顔。 じっと見つめられたその目には怒りすら見えるような気がして、触れられても居ないのに押されたような圧迫感が襲う。 後退りしたくなるという表現はこういうときに使う言葉なのかと、それでもどこか冷静に思考は働いて、わたしは口唇の端を噛み締めた。 確かにごめんで済んだら傷も残らないし痛みもないはず、ごめんで済んだら警察はいらないとはよく言うもので、だけどこんなときになんて言っていいかなんて解らなかった。 「お、お金、ですか?」 「何それ、君はお金で全て解決すると思ってるの?」 「思ってません!わたしが悪いことも百も承知です!」 「じゃあどうしてくれるの?」 ねぇ、どうしてくれるのさ、二度目に言ったその言葉は酷く冷たい声色だった。 誠意を見せろということなのは解ってる、だけどその見えない誠意ってどう表したらいいんだろう。 わたしがお金と言ったのは慰謝料という意味も多少はあるのだけどやっぱり心配だから病院に行って貰いたいというそういう気持ち。 だけどきっと凄く厭らしい意味に捉えられたんだろうな、とその真撃な目を見て視線を泳がせた。 えっとどうしよう、どうすればいい?どうすれば誠意って見せられるの? そんな苦悩が表情に出てしまったのか、はたまたただ単に言葉のないわたしに痺れを切らせたのか、もう一度口を開いたのは総司くんで。 「とりあえずさ、そんなに悩まないで今思いついたこと口にしてごらんよ」 「…病院に連れて行く…菓子折り…あ、リポビタンD詰め合わせ?とか?」 「…………」 「…………」 「……………」 「……………あ、あの?」 「…は、あ、あっははははははッ!」 暫し訪れた沈黙、それを打ち破るどころか大砲を放ったように笑い始めた総司くん、文字通りの爆笑だ。 促されるままに言葉を連ねただけなのにこんなに笑われるなんて、何かおかしなことを言っただろうかと思い返そうとするけれど如何せん、総司くんの行き過ぎた笑い声が遮って思い出すことが出来ない。 ただそんな爆笑の渦の中でただひとつだけ解ってきたことは、またしても遊ばれたのだということだけだ。 「ひ、酷い!またからかったの?」 「あー、あー、もうおかしい!君ってホント面白いね…く、あはははははっ!最高!」 「わ、わたし、凄い悩んだのに!」 「もうっ、だって…く、ははっ!ねえ、リポビタンDの詰め合わせって何?」 「ち、違っ!田舎のおばあちゃんがよくやっててそれで、」 「それを一くんに送ろうと考えたの?いいよ、それで!寧ろそれにしてよ!」 言った、確かに言った、リポビタンDの詰め合わせって。 違うの、田舎で畑仕事をしていたおばあちゃんとおじいちゃんは菓子折りと一緒に必ずリポビタンDを一箱、用途に応じて二箱くらい用意したりしてたの。 だから何故かそれが咄嗟に浮かんでしまっただけで、決して一くんにそれを送ろうと考えてたわけじゃないの、違うの! そういくら弁解してももうその案で賛成、寧ろ一くんてどちらかというと年寄り臭いからそれぴったり!と大爆笑して止まない総司くんの耳には届かなかったようだ。 酷い!酷い酷い酷い!わたしにこんなに冷や汗掻かせて悩ませて最終的にこんな仕打ちするなんてなんてやつ! っていうか、え?ホントに友達なの?なんか性格全然違うみたいだけど、何なの?何でわたしこんな目に合ってるの? だけどいくら今日一日の行動や今までの行いの数々を悔やんでみたところで今の現状は何ら変わらなくて、わたしはただ爆笑している総司くんの横で不細工なしかめっ面を披露するしかなかった。 そうこうしている内に止血し終えたのか、一くんがゆっくりとした足取りで戻ってくるのが見えて、もうわたしは堪らなくなって考えるまでもなくその場を駆け出した。 勿論、手にはバッグから取り出してずっと握り締めていた救急セット。 友達がこんなに意地悪だからなのか、一くんが恋しくなって仕方がないと思っている自分がいる。 手に持ったわたしのタオルはもう顎に宛がわれては居なくて、それだけの行動なのに彼の止血が終わったことをわたしに教えてくれる。 彼のところに走りきるまでにざっと10秒掛かるか掛からないか、そこまで全力で走ったわたしはもう息をすることも忘れていて。 怪我をさせてしまったのはわたし、一くんは何も関係ない、だけど本人に言ったところで効力はない、だからどうしても一言文句を言って遣りたかった。 だから全力で走り寄った先でわたしは、 「一くん助けて!あの人酷…ッ、て、わあっ!」 「…なっ、」 全力で文句という名の愚痴を会って間もない彼に叫びだそうとしたはずが目前、全力でつんのめって出会って間もない彼の胸の中に突っ込んだ。 まさかの直前ハイジャンプ。 あまりの突然の出来事に対応が遅れたのは一くんで、わたしに突っ込まれてしまった所為でその細い身体はそのままひっくり返ってどこからともなく鈍い音がした。 慌てて顔を上げた目と鼻の先にはさっきよりも近い一くんの顔があって、まさかコケるなんて思いもしていなかったのはわたし。 だから突っ込んでそのまま押し倒してしまったことよりもコケたことの方が恥ずかしくて思い切り顔を俯かせた。 あなたの相方どうなってるの、と文句を言うはずだったのにそんな文句もどこかへ消え失せた。 いやいや、ここはまずもう一度謝るべきだろう、そう思って羞恥で真っ赤になっただろう顔を上げたのと彼の声が耳に届いたのはほぼ同時。 「…あんたは、どこまでそそっかしいんだ…」 至近距離で見た彼の顔は少しだけ呆れを帯びていた、だけどその表情はどこか柔らかい。 よく見遣れば口角も上がっていて、そんな柔らかい笑みを見せられたら何も言葉が出なくなってしまう。 あまりにも近すぎた距離を離すべく肩に置かれただろう彼の微かな体温は、わたしの体温を2、3度上げるくらいわけなかった。 未だにわたしは尻餅を着いた彼の足の間に埋まっていて、さっさとどかなきゃいけないのに、こんなに熱が上がりきった身体ではどうにも動けないと。 ただ真っ赤になって俯くしか出来なかった、だって、そんな笑顔するなんて狡い。 恋に落ちるなんて簡単です こんな気持ちになれる人に出会えるのなら、怪我の功名もそそっかしい自分もわたしを追いやる彼の友人も、案外悪くないかもしれないと思ってしまった。 END |