仲の良い友人とカラオケしてご飯を食べて、ちょっと会話に花咲けば家路に着くのは大体20時を回るのは最早定番。

だけどそれが金曜日となれば次の日は休み、つまり課題があったところでゆっくり出来るというのがわたしの考えだ。

3年の上半期も終われば部活はないし、受ける予定の短大だってA判定を貰っていれば特に焦ることはない。

それでも土日は勉強もするんだし、金曜日くらい遊べる仲間と遊んだって構わないよねと思ってはいるんだけど家の玄関を音が出ないようにそっと開けるのは後ろめたいものがあるからだ。

ものというか、人というか、弟というか、完全にひとりしかいないのだけど、その眉間に皺が寄る様を見るのはちょっとだけ心が痛むといつだってこっそりと玄関に脚を踏み入れる。

こっそりと靴を脱いで、どうせ夜勤で居ない母とまだ帰宅してない父が居る家、ただいまなんて声を上げなくてもいいだろうと抜き足差し足で部屋まで戻ろうと試みる。

だけどいつだって階段を3段ほど上がったところでいつもよりも若干低いお声が掛かるのだ、今日だって例に漏れることはなかった。



「おかえり」

「…………た、ただいま」



4段目に脚を掛けると同時に背後から掛けられた声、その声は日中学校で聞いたそれよりも気持ち少しだけ低くて心音が跳ね上がる。

はじめと共にこの家で育ってきて丸々16年ほど、口数は少ないけれどその分、その声質ひとつで彼の感情くらいは理解が出来て、だからこそ振り向くのが怖いと背筋に嫌なものを走らせた。

毎週こうなわけじゃない、一月に2回くらいだ、後はちゃんと真っ直ぐ家に帰っているつもり。

そりゃ学校帰りにちょっと何処かに寄ったりは当たり前にする、それでも20時を越えることは滅多としてなく、でも月に数度だったらいいんじゃないかと自分では思うのだけどこの子はそうじゃない。



「20時……」

「わ、解ってるってば、ごめんて」

「だろうな、だからこそこそと部屋へ戻ろうとする」

「もう!だってはじめが怒るから」



言いながら振り向けば階段下の廊下の壁に寄り掛かって腕を組み、予想通り眉間に皺を寄せたはじめがわたしを睨み上げている。

わたしから見ればの話だけれど、ゆっくりと言えど階段を3段上がる隙にリビングからここまで気配も感じさせずに来るはじめの方が異常だ。

いつだって言ってやろうとその顔を見遣るのだけど、いつだってその不満丸出しの表情に負けて言葉を呑んで謝ってしまうのはわたしの甘さだった。

解ってる、はじめが凄く心配性だということは充分過ぎるほどに解っている。

それに輪を掛けてここ近年は変質者が出るとかって看板まで近所に立て注意を促され、だから早く帰れという彼の言葉は間違ってはいないの。

いつ頃だっただろうか、言葉執拗に言われるようになったのは、わたしの記憶違いでなければわたしが高校に入学した頃のことだったと思う。

それまでは同じ中学で部活が終わったあと、大体似たような時間になるから一緒に家まで帰ったりしていたけれど、高校に入って電車で通うようになった頃から帰りが自分よりも遅いとこうして眉を顰めていたっけ。

だけどそれは仕方がないことだ、中学の頃は歩いて通える距離だったから道草を食うこともしなかったけれど高校へ行くには電車で繁華街を通り過ぎる。

だからじゃないけど帰りに一度降りたりするのは定番でそもそも学校が密集している駅な所為か、駅ビルやその周辺にもお店なんかが多くて寄ってしまうのは寧ろ当たり前のことだった。

本屋に立ち寄ったまま2時間経過することなんて良くある話だったし、そもそも学校帰りに何処か寄っちゃいけませんなんて校則は何処にもない。

ゲーセンに寄ることだって普通にあるし、それって本当に健全なことだと思うの。

だけどはじめはそれを言ったところで眉間に寄せた皺を解くことはなかった、だからと言って帰りが遅くなっていい言い訳にはならないなんて言われたこともあって。

だからだろうか、普通にもっとレベルの高い学校に行けたはずなのに普通の公立であるわたしと同じ高校に入学してしまって、それが自分の所為な気がするのが否めない。

文武両道で真面目で、わたしの弟にしては出来すぎているはじめ。

わたしにはないものを沢山持っているのだからわたしの心配などするよりも自分を生かして欲しいと何度も思って、その度に受験する学校を変えたらどうだと口走ったけれどそれすらも怪訝な顔をするものだからいつしか言うのを止めたっけ。

母なんて学校の先生に呼び出されてもっとレベルの高いところを目指した方がいいなんて言われる始末で、だけどそんな言葉にはじめは耳も貸さなかった。

幸い、うちの両親は好きなようにしなさいって人だから何も言わなかったし、はじめの根を解っているから悪いことはないだろうと踏んでいたみたいだし、それ以上に頼りないわたしの傍にはじめが居た方が安心だなんて言い出して、長女の面目丸潰れだ。

だけどそれも嫌な気持ちがしなかったのは、姉であるわたしがいつだってはじめに頼ってきていたからだと思う。

鍵っ子だったわたしたちは家に両親が居ないのなんて当たり前で、夕飯も自分たちで作ることも当たり前にあって、だけどいつだって当番はわたしがお風呂ではじめがご飯。

普通は逆だと思うけれどはじめが作った方が美味しいし出際がいいし、何よりも包丁を持つ手が危なっかしいとはじめがキッチンに入れてくれなかったのだから仕方がない。

思い返してみればいつだってはじめは過保護だった、親戚にはどっちが上か解らないなんて言われるし。

確かにわたしは頼りないかもしれない。両親にだってはじめが居れば平気か、なんて言われる始末だし、そこは仕方がないと認めざるを得ない。

だけどね、だけど、そんな頼りないわたしだってもう高校3年、自分の形振りくらい自分で考えるし、日付が変わるほど遊び回っているわけじゃないの。

息抜きに遊ぶことは悪いことだと思わないし、法律で決められている高校生が出歩いちゃいけませんっていう22時を越しているわけでもない。

詰まるところ、流石にもういい加減帰りが遅いなんて弟に言われるのはどうかと思うのです。

でも面と向かって視線を合わせれば言葉なんていつも出なかった、だってはじめ本気で怒ってるんだもん。

それが心配の表れだって言うことは承知している、わたしのことを想って怒ってくれてる、それが解ってるからいつも言葉が出てこなくて、だけど何度怒られようと息抜きしたいがためにこうしてはじめを月に2回、必ず怒らせている。

今日だってそうだ、はじめが怒ること承知で遅くなったわけだし、家路に帰るまでは今日こそもう子供じゃないんだからはじめに怒られるような筋合いないんだって言ってやると、そう思っていたりした。

だけど家が近づくにつれ、このはじめの表情を思い出したら途端に背筋に嫌なものが走って、結局抜き足差し足で階段を上った、わけなんだけど、



「俺が憤ると解っていてそれでも尚、帰って来ないと、そういう解釈でいいんだな?」



キッと、一段と細められた瞳にぶるりと震える背筋、そうなるのは仕方がない、だってはじめが本気で怒ってること、解るから。

帰って来てる、帰って来てるじゃない、そう言いたいのは山々なんだけど言い訳という名の口を挟める隙がなく、ゆっくりとこの首を竦めることしか出来ない。

じっと逸らすこともせずに睨みつけられている眼が酷くわたしを責めていて、だけどその眼が耐え難いと逸らすことも出来ずに徐々に顰むのは眉。

首を振ることくらいすればその意思表示も出来るのだけど、そんな少しのジェスチャーも出来る暇がなく、そうしてもたもたとしている内に聞こえたのは小さな溜息だった。

はじめが吐いたんだ、そう理解するのは簡単で、だけどわたしを見遣るその眼の引力は少しも衰えない。

それでもこの緊迫状態の中、はじめが溜息を吐くという行為は次の言葉が零される前触れだと解っているわたしは気持ち少しだけ小首を傾げて、それからほんの少し眼を細めて彼の言葉を待った。




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