午後17時半、一般的な会社の定時を過ぎた頃だからか、店の外が慌しくなる。

高がコンビニと言えどこの猛暑、ちょっと涼みに入る人も居れば待ち合わせに指定する人も居て、そんなちょっとの合間に飛ぶように売れるのは飲み物と、それから美味しいと評判のソフトクリームだ。

学生から若いOLまで様々だけど、みんな共通しているのは嬉しそうに注文をして、それから幸せそうにその甘味を受け取ることだった。

暑いというだけで疲れる身体に鞭打って仕事や学業を終え、そんな身体に流し入れる冷たいアイスはどれほど癒しを与えるのだろうか。

店内は一定の温度に保たれ冷やかだけれど、それでもその幸福感には覚えがあると、お客さんの笑顔に心底頬を緩ませながら上がりの18時まであと少しだと時計を見遣りながら品物の確認のために店の奥へと脚を進めた。

それからヘルプお願いしますと声が掛かったのはすぐのこと、短く声を上げてレジに戻ればお客さんは3組。

ひとりはレジで会計の真っ最中で、もうひとりの若い女の人はその会計しているレジの後ろに並んでいる。

3組目は2人組の若いスーツの男の人で何も品物を持たずに黙ってレジ中を見遣りながらそこに佇んでいて、わたしはそんなスーツの男の人の横をすり抜けてレジの中へと入った。

マニュアルで行くならば後ろに並んでいる若い女の人だ、だけどお次のお客様と声を掛けてみたけれど見遣れば会計ももう終わり。

だからかその人は大丈夫だと手で合図を送ってくれて、ならばと一度会釈をすると、むすりと、だけど何故か異様に堂々としている2人組みの男の人に声を掛けた。



「お煙草ですか?」



視線の先にあるのは煙草、手には何も持っていないし、普通に考えれば煙草だろうと声を掛ける。

髭を生やした大柄のその人は何処となく出来る男の雰囲気を醸し出していて、寡黙そうなところもまた渋くて格好良い。

煙草よりもどちらかといえば葉巻の方が似合いそうだ、そう思った瞬間だった。



「バニラをください」

「………は?」

「バニラをひとつ」



妙にはっきりと、だけど丁寧な口調とそれに似合わない科白に思わず口許が緩んだのは仕方がないと思う、だって、バニラって。

恐る恐ると彼の視線の先を見遣ってみれば、なるほど煙草の番号が書いてある棚の上にあるのはソフトクリームの案内、だけど誰がこっちを選ぶと予想するのだろう、こんなダンディーな人に。

いやいや、人は見掛けで判断しちゃいけないっておばあちゃんに口酸っぱく言われて来たじゃないかと気を取り直し、バニラですねと振り向きながら聞き返すと同時、



「風間、あなたは何にするんです?」



さっきから眉間に皺を寄せ、黙って隣に佇んでいた金髪の人にダンディーさんは声を掛けた。

それと同時に抹茶も捨て難いですね、なんて、これまたはっきりとした口調で零すのは止めて欲しい。

何故か笑いたくて笑いたくて、だけど当たり前に堪えなければいけないのが辛くて、それを誤魔化すようにだったらミックスにすればいいじゃないと叫んでみるけれどそんなもの、心の中でしか出来ない技だ。

この人の激しすぎるギャップが悪いんだ、きっとそう。

そんな酷く淡々と独り言にしては大きすぎる彼の声にわたしは小さく肩を震わせていて、だけど数秒もまたず聞こえたのは風間と呼ばれた無愛想な男の声だった。



「そんなものはいらん。お前ひとりで食していろ」

「そうですか…では、お嬢さん、バニラをひとつ」

「おい…」



お嬢さんなんて久しぶりに言われたとまた緩む口唇を噛み締める、だけどそれよりもわたしを笑わせようとしたのはやっぱりバニラなんだという決意の固い声と、すぐさま聞こえた不満そうな風間さんの声。

見た目はあまりにも対極な2人組、ひとりはダンディーで厳つそうな風貌なのにやたらと紳士的な髭の人と、もうひとりは金髪でマスクは甘めなのだろうけれど何処か俺様臭が漂う人。

どっちが上司かと見れば絶対にダンディーの方なのに会話を聞けばそんな予想なんて簡単に打ち砕かれる。

嫌な楽しみ方だと思われるかもしれないけれど、客商売はお客さん同士の会話を聞くのも面白いひとつで、暇な時間は良く人間観察をするものだ。

ここは関係性の解らない2人の会話を純粋に楽しむべきかと、笑っても解らない程度に顔の角度を調節し2人の方を見遣ってみることにした。

映った先にあったのは風間さんの酷く不満そうな表情、何か言いたげにさっきよりも更に眉間に皺を寄せてダンディーさんを睨み付けている。

だけど睨み付けられている当のダンディーさんは特に無表情のまま、彼のこの眉間の皺はいつものことなのか、はたまた彼の言いたいことが解るほど仲が良いのか。

平然としたままという表現が正しくといった具合に横目で彼を見下ろして、



「何ですか?お食べにならないのでしょう?」

「…………」



言葉が丁寧過ぎて慇懃無礼、いや、厭味に聞こえたのはわたしの思い過ごしだろうか。

そんな彼の言葉に特に返事もせず、更に眼力を強くしながら背の高いダンディーさんに向かって何か言いたげに睨み付ける風間さん。

あれ?もしかして食べたいの、かな?もしかしてアイス好きなのかな、風間さん。

だから誘ったのにいらないとか言われたからあんな言い方したのかな?

どちらにせよ、どう転ぶか解らない現状で、バニラをひとつだけ差し出すというのも躊躇ってしまうと2人の顔色を伺って、だけど口許からぶっと噴出してしまわないようにと気合を入れ直しながら備え付けのアルコールで手の消毒だけ済ませると同時だった。



「食べたいのならば素直にそう言えばよろしいのでは?」

「……誰かそんな子供みたいなものを……」

「ひとつで構いません、バニラをください」

「……………」



お願い、もう止めて、もうその真面目な声でバニラって言わないで!

何だろう、そわそわする、この人にバニラって言わせていいのかってそわそわする、そして何故だか笑ってはいけない気しかしなくてむずむずする。

どう見積もっても20代も後半、そんな男2人組が仲良くソフトクリームを注文するなんて中々お目に掛かれないレベルだ。

だから風間さんが恥ずかしがるのも子供みたいっていうのも解るけれど、好きなものは好きでいいと思うし、それよりも本当にいらないんだったらそんな風に睨み上げないで好きにしろって感じにしてればいいのに不器用な人なんだなぁ。

こんな不器用な人も珍しいんじゃないだろうか、そうどうでもいいところまで感情移入しそうになってしまったわたしは、上がりの時間も近いためも手伝って、解りました、バニラおひとつですねと先にレジに打ち込みをする。

金額を口にするとダンディーさんは後ろのポケットから慣れた手つきで定期入れを取り出して、顔の真横に持ってきながらsuicaでお願いします、なんてまたはっきりした口調で言うからそろそろわたしは限界だ。

一度緩んだ口許をどうにかしたい、一度でいい、一度だけでいいんだ、イーッてやりたい。

そんな風に半ば願うようsuica清算に切り替えようとしたと同時、ダンディーさんの深い溜息が耳に届いて。



「…はぁ…どれがいいんです?」



あれ?まだその攻防続いてたの?

切り替え操作を終え、顔を上げると同時に風間さんに視線を送ってみる。

視界に映した風間さんとわたしは一度足りとも視線が交わったことはない、だけどそんな風間さんはダンディーさんの何度目になるか解らないその問いに眉間の皺を強くしながらもゆっくりと目を瞑って、



「………バニラだ」



わたしは生まれて初めて本物のツンデレを見た感動に、これ以上笑いを堪えることなど出来ないと。

もうひとつ追加するために指をブルブルと震わせながら、バニラをふたつくださいというダンディーさんの声に肩を震わせ、何度も無意味に頷くのだった。



















18時上がり、制服を脱いだ後、気になって再び店内へと戻ったわたしの目に映ったのは店の奥のスペースで仲良く肩を並べながらソフトクリームを食べる厳つい2人組。

あの2人が実はツンデレとフォローの達人であることを知ってるのは、早々要るまいと棚の影で隠れて静かに笑うのだった。






end
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