交差点の向こう側にもコンビニがある、だけどあそこはミニストップだ、ミニストップは好きじゃないのだろうか?わたしは大好きなんだけど。 確か井上物流の裏側にもファミマがあったはずだ、ファミマも好きじゃないのだろうか?わたしは大好きだけど。 どうしてローソンに来るのだろうか、確かに改装中のあそこもローソンだったけれど、そんなにローソンが好きなのだろうか?シールでも集めてんのかな? そんな風に思って手に取ったパンを見遣ってみてもシール付きの何かを買って行った記憶もないなと、わたしは更に小首を傾げていた。 正直、彼は格好いい、だから素直に目の保養になるから会えるのは嬉しいし、こうしてこの時間が来るのが少しだけ、いや、結構楽しみで仕方が無いわけだけどだからこそ身体の心配もしてしまうわけで。 そんなこと、彼には不要だろうし、きっと余計なお世話にしかならないんだろうなと思えば、その口は自然に噤んでしまっていた。 チラリと見遣れば今日のお弁当は幕の内弁当に決まったのか、手に取ってポンポンとお弁当の底を叩く斎藤さん。 その姿もだけど何をしていても格好いいなと素直に思う、だけど目を背けるのはなんかこうして土日以外毎日会えていると何か期待してしまう自分が出てきて怖いと、そう思うからだ。 彼は一流企業のエリートで、わたしはしがないコンビニの店員、それは変ることの無い事実でどうひっくり返しても追いつける要素は何処にも無い。 大学くらい出ていれば多少は違ったかもしれないけれどわたしの最終学歴は残念ながら高校で止まっている、そんな釣り合わない二人だ。 学歴で全てが決まるわけじゃないけれど、それを抜いたところで釣り合いなどしない。 きっと昼ご飯は何を食べても、君菊さん級の美人な彼女とか居るだろうし、そんな心配は無用なんだ、きっとそう。 喩え居なかったとしても美人が会社にも取引先にもゴロゴロしているだろう、コンビニ店員がそこに入り込む隙間など何処にも無い。 そんな高嶺の花と話が出来るだけで、わたしは友人に羨ましがられること山の如しだ。 ふぅ、と一度小さく諦めにも似た溜息を吐き出して、それから手に持ったパンに体温が移ってしまわないようにと再びさっきと同じく棚に乗せる。 同時にわたしの頭に作ったお団子を押し潰すようにポンと、何か硬いものが頭に当たって、 「勘定」 「………」 何かと思って振り向けば、彼が手に持ったお弁当の底でわたしの頭を叩いていた。 今週に入ってからだろうか、こうして少しだけ弄られるようになったのは。 止めて欲しいんだ、こういうの、だってそんなことされたらちょっと仲良くなった気になってしまうし、何処かむず痒い気持ちが隠せない。 だからわたしは特に愛想を返すわけでもなくただ淡々と、他のお客さんと同じように接することを徹底して静かにレジの中へと脚を進ませた。 お弁当を手に取ってバーコードを読み取らせると、いつも温めるのは解っているけれど一応マニュアルなので聞いてみる、温めますかと。 そうすれば毎日温めると言っているのに解らんのかと憎たらしい言葉が返って来て、わたしは思わずマニュアルなんだから仕方ないじゃないと、少しだけ反抗的に返した。 だけどそう言われればもう次のお箸は聞いて遣らない、どうせいつもいるんだからと袋に一膳入れると小さく言葉を放つ。 「498円です」 「……今日はまた随分無愛想だな…機嫌が悪くとも、接客業でそんな顔をするものではないだろう?」 「……機嫌は悪くないけど、」 「ならば、何故そんな顔をしている?俺が何かしたか?」 財布を取り出し、小銭入れから500円玉を取り出すと同時、キッとわたしを睨みつける斎藤さん。 その眼に絡め取られ、一瞬心音を高鳴らせたわたしは息をするのも忘れてしまうほどに彼のその真っ直ぐな眼に魅入られて。 その視線を外すことが出来たのはそれから少ししてのこと、丁度良くレンジの終わりを告げる音が響いてわたしは少しだけ大袈裟に身体ごと顔を背けてレンジに手を掛けた。 お弁当を取り出して袋に詰めて、それからその500円玉を受け取ろうと手を差し伸べる。 だけど彼はその手にお金を持ったまま、わたしの手のひらに置こうとはしなかった。 ただジッとわたしの顔を見据えるだけ、そんな顔されたってわたしだって変な顔をしているつもりは何処にも無いというのに困ってしまう。 わたしはただ、急速にわたしの中に入り込んでくるあなたがちょっと怖いだけで、勿論斎藤さんが怖いんじゃなくて自分の気持ちが怖いだけで斎藤さんは何も悪くない。 それを少し斎藤さんに冷たくするような素振りをしたのは悪かったけれど、まさかそんな少しの差、見抜かれるとは思っても居なかったわけで。 だけど、何かを言わなければその500円玉を渡してくれそうに無い雰囲気をダダ漏れさせている彼。 わたしははあ、と小さく溜息を吐くと同時、ならばと思って噤んでいたその口唇を薄く開いて声を零した。 「ローソン好きなの?」 「……何だそれは?」 「や、最近毎日来るから……買い弁もいいけどさ、お弁当屋さんの方がいいんじゃない?」 「……俺が何処に来ようが俺の勝手だとは思わないか?」 「思うけどね、余計なお世話だと思うけど、毎日コンビニ弁当じゃ身体悪くするんじゃないかなって」 ほんの少しだけ視線を外して呟いた言葉は酷く小さかった、だって言うつもりなんて更々なかったし、こんなこと言ったらまるで来て欲しくないかのようだ。 違う、来て欲しくないわけじゃなくて本当は来て欲しい、斎藤さんが来ることで楽しみが出来ているんだし。 目の保養にもなるし、だけど日に日にあなたの居ないところでも眼を瞑ってもふとしたときにでも顔を、声を、思い出すようになっていってる自分がちょっと怖いんだと、そういう気持ちが此処にある。 毎日ローソンに来る必要はないじゃない、お弁当屋さんのお弁当の方がおいしいし、凄く個人的な好みだけどわたしとしてはファミマのお弁当の方がおいしいと思うし。 徒歩5分圏内に5件くらいコンビニがあるのに、お弁当屋さんも3件くらいあるのに、どうして毎日ローソンなのだろうって。 考えれば考えるほど変な期待なんか持ち始めるし、それでいてある日突然女の人と一緒に来たりなんかしたら喋るどころか顔も見れなくなりそうなんだ。 だから意味がないのならば、他の店にも行けばいいのに、矛盾ばかりが交差する思いが頭の中でグルグルして吐き気がしそう。 そんな風に吐き出して、吐き出している合間もずっと手を差し伸べていればその手はその手で疲れると、ほんの少しだけ腕の高さを下ろす。 同時にそんな歯切れの悪いわたしに痺れを切らしたのか、彼は硬貨を手に持ったままわたしの手のひらに自分のそれを重ねると、まるで硬貨を間に挟むように包み込み、それからきゅっと微量の力でわたしの手を握り締めた。 思わずビクンと反応してしまったのは仕方が無い、だってまさか手を握られるなんて思っていなかったから。 驚きにゆっくりと視線だけ彼に向ければ必然とかち合う眼と眼、だけど何も言葉が出せず薄く開いた口唇を硬直させていると、彼は気持ち少しだけ顔を近づけ、それから囁くように言った。 「別にローソンが好きなわけではない、あんたに…ユメに会いに来ている、それだけだ」 言い切ると同時に静かに離された手はそのままテーブルの上に置いたままの袋を掴んで、それから何でもなかったかのようにいつものように一歩脚を踏み出して、 「さ、斎藤さん…!」 「釣りはそこの募金箱にでも入れておいてくれ」 「え…あ…あの、」 歯切れの悪いお前の言葉など聞かない、まるでそう言わんばかりの名残惜しさの欠片もなさげなその背中は、その通りわたしの掛ける声など無視して扉を開け放った。 残されたわたしの身体は硬直してしまっていて、残されたわたしの耳許は一気に熱が上がってしまって、残されたわたしの差し出していた手は重ねられたそのままの形を保っていて。 レジの中、手のひらに置かれた硬貨を見つめながらわたしは残されたその手に残像を、微かに感じた温もりを忘れられずひとり、歪み出す口唇の曲線を我慢することが出来なかった。 あの言葉はそのままの意味でいいのだろうか、わたしは勘違いをしてもいいのだろうか、自惚れてもいいのだろうか。 出来ることならば今すぐあの背中を追い掛けて飛びついてやりたい、だけど今は頭の中を整理することで精一杯。 だから今は、この指先に残る感触で、すぐになくなって消えた温度で、耳に残っているあの声で、充分過ぎるほどなのだと。 コンビニのアルバイトなんて仕事は大体1日のやることが概ね決まっている、それと同じくわたしの過ごす1日だって概ね刺激のないものだと決まっていた。 だけどそんなわたしの生活の中で斎藤さんという高嶺の花に触れることを許されるならば、明日からのことなど何も予想など付かなくなる。 静かにレジを空け会計を済ませ、2円を募金箱に突っ込むと同時、事務室に居た同僚に声を掛けるとわたしはそのままトイレに猛ダッシュ。 ぺたんと壁に背を付けて、震えて力の無い脚を助けるように身体を支えた。 見遣った先に映った、さっき触れ合った手の腹が思い出すだけで恋しいと、わたしは愛しさのあまり思わず自らの手の腹に口唇を擦り寄せた。 君のなごりが残ればそれで、 幸せなんですと、わたしの身体が、心が、全身で叫んでる。 end |