緩々と浮上していく感覚。
重たい瞼を無理矢理こじ開けた薄目で見た部屋の中はもう明るくて、今が朝だという事は簡単に理解出来たけれど、あたしの身体はまだ睡眠を求めていた。
ごろりと寝返りを打ち、欲求に逆らう事無く目を閉じればもうすぐにでも朦朧としていく意識。

そうしてそれが完全に途切れようとする直前、けれど何かが擦れる音と同時に強い光があたしの顔面に直撃して、瞼の裏を真っ白に染めた。


「んー……」


こうなると眠気の所為だけでなく眩しさで目が開けられない。
その上起き抜けでは上手く声が出ず、代わりに唸りながら右手だけを布団から出し、障子を開けたであろう人物に早く閉めろとばかりにひらりと振ってみせる。
なのに障子は閉じられるどころか更に大きく開け放たれて、耐え切れなくなったあたしは膝を抱えて敷布団に顔を埋めた。


「今朝も起きないつもりですか。もう食事の準備は出来ていますよ」


呆れが混じったその声の主の足音は布団のすぐ隣で止まる。
そしてこんもりと盛り上がった布団の上、あたしの背中の辺りに彼の、九寿の手が優しく触れた。

それはあたしが動き出すまで辛抱強くいつまでも待っていて、耐久戦となれば彼に勝てる筈がなく、やがてあたしは渋々頭だけを布団から覗かせた。


「……まだ眠いの」


再び横向きに体勢を変えれば布団の上から離れていく彼の手、それが何だか寂しくて、少しだけ甘えた声を出してみる。
だけど彼はそんなものに対して眉の一つも動かす事は無い。


「だから夜更かしはほどほどにと言った筈です。支度が出来たら来て下さい」


食事の用意が出来ているからと、さっきと同じ事を繰り返すと彼はさっさと立ち上がってしまう。
淀みなく運ばれるその両足を引き止めたくて、仰向けになったあたしは寝転んだまま上半身だけ布団を剥いだ。


「九寿」


途端に冷たい空気に晒された肌が粟立ち、だけどそれに構わず両手を斜め上へと突き出す。
足を止めて振り向いた気配を感じ、天井を見詰めているあたしにその表情は見えないけれど、きっと怪訝そうな色を浮かべているに違いない。


「起こして」


ゆらゆらと手首から先を小さく上下に揺らし、早く、と急かしてみてもその気配は動かないままで、その顔をちらりと窺ってみれば佇んだままの彼は目を伏せて逡巡しているようだった。


「九寿」


もう一度名を呼べばやっと観念したのか、天井に視線を戻したあたしの視界に映り込んでくる彼の困惑した顔。

だけど躊躇いがちに手を差し出した彼が宙に浮くあたしの手を握ろうとしたものだから、あたしはそれを払い除けるようにして拒んだ。


「違う」


解ってるくせに、という意味を込めて視線を向ければ、小さく溜め息を吐いた彼は屈み込んでその両手をあたしの両脇に着ける。
そうしてにっこりと微笑んだあたしは彼の首に腕を巻き付かせ、上体を起こす彼に従って身体が浮いていくに任せた。

その途中、彼は二人分の体重を片手で支え、空いた片手は支えるようにあたしの背中に添えてくれて、けれどあたしの身体が完全に安定すると見るとすぐに離してしまって、だからあたしは逆に腕に力を込めて彼にしがみ付いた。


「……ユメ」


彼の体勢がきついであろう事は解っている、でもまだ離れたくなくて、それを伝えるようにその項に鼻先を擦り付けてみる。
身体が密着している部分は暖かい、だけど背中が物足りないの、と。

それでも彼の両腕は動こうとはせず、それならばと前方に体重を掛けみるけれど、あたしの力じゃ彼の身体は微動だにしない。


「なぁに」

「……着替えを」

「九寿がして」

「……女性がそのような事を言うものではありません」


そう言った直後に二度目の溜め息が耳元で聞こえて、それにむっときたあたしはするりと腕を外し、そして彼の肩を突き放すように押し返した。


「着替えるから出てって」


勝手な事を言っているという自覚はあるから、あたしは彼の顔を見れずにそっぽを向く。
それでも彼はいつだってあたしを窘めたりする事なんてないのだ。

それどころか部屋を一歩出ると障子の枠に手を掛けて振り返り、


「今朝はユメの好きな蕪の漬物ですよ」


なんて顔色一つ変えずに言う。

彼の足音が遠ざかると自然と溜め息が漏れて、だけど今頃彼も三度目の溜め息を吐いているのかもしれない。
障子が閉じられた室内は幾らか薄暗くなって、それはなんだかまるで自分の気持ちのようだと、どこか他人事のように思った。




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