見下げた沖田さんの表情はまだどこか微笑んでいて、本当にどこも悪いところはないのだろうかともう一度問いかけてみる。

だけど平然と問題ないよと返事が返って来たのでほんのり安心したと表情を浮かべて、また一度肩を竦めてみせた。



「近藤さんの手伝いであちこち飛び回ってたんだ。帰って来たら仕事山積みでしょ、本当に休みなくて死んじゃうかと思ったんだよ」

「……では、今日こちらへ来たわたしは丁度いい時に来たということですね?」

「うん、甘い物食べたかったんだ、ありがとう。また次の非番に顔出すからそう伝えてよ」

「…はい」



その言葉にホッと笑顔を浮かべて胸を撫で下ろしたのはわたし、ああ、これで父様にお土産が出来るし安心してここを立ち去ることが出来る。

良かった、ここへ来たのが無駄にはならなかったみたいだと、ゆっくりとわたしの頬から手を離した沖田さんを見遣りながら、わたしは呟いた。



「でも、もう冗談でも死んじゃうなんて言わないでください」

「どうして?いつだって死と隣り合わせだよ?」

「え、っと…だからこそ言わないで欲しいんです。沖田さんがお店に来なくなって、心配するのは父様だけではありませんから」



巡察の経路ではないうちの店の周辺は羽織を着て回っている新選組隊士の姿なんて見えない。

店に来ないだけで普段の仕事はやっているのか、忙しいのか、はたまたもしかしたら、なんてことを考えてしまっての今日だ。

それに子供好きな沖田さんが遊んでくれるためか、うちの小さい弟たちもまた彼が来ないのを酷く心配していて寂しがっていた。

だからそれを伝えると、また沖田さんは声を荒げて笑って、それから酷く真面目な顔をしてわたしを見遣って、



「ユメちゃんは?」

「…え?」

「ユメちゃんは僕のこと心配じゃなかったみたいだね、その口ぶりじゃあ」

「……も、勿論、心配でしたけど…」

「けど、何?」

「…………」



ジッと見上げられた視線、かち合うと逸らすことは許さないとでも言われているかのように捕まった。

何という眼力だろう、別に睨まれているわけでも何でもないのにちらりと逸らすことも出来ない。

あまりにも真っ直ぐに射抜かれるその視線に思わずわたしは息を呑んで、それからキュウっと口を一文字に噤んでみせた。

心配をしていなかったわけじゃない、父様が沖田さんが来ないと呟くたびにいつも彼が歩いてくる路地を見つめ、弟たちが総司今日も来ないの?と聞いてくるたびにやっぱり同じように路地を見つめ、ここには居ない彼の姿を記憶の中で見た。

もしかしたらもう二度と来ないのではないかと思ってしまったこともあって、そうするとどこか寂しい感情に蝕まれたけれど、それはどう伝えたらいいのだろう?

そんな風にうまく言葉にならない感情を思い出しながらそっと目線を宙に舞わせたて待つこと暫く、突然右手に温かな温もりが触れて思わず身体が跳ね上がった。

見遣ると同時にキュウッと握られたその手に重なっているのは沖田さんの左手。

驚きに一瞬腕を引いてしまいそうになったけれどその前に彼に腕を引かれて呆気なく捕まった。

引っ張られたわたしの腕はまだ膝枕をして仰向けに寝転がっている彼の胸許に宛がわれ、まるでわたしに見せ付けるかのように目の前で指を絡ませて、



「お、きたさんっ」

「ユメちゃんて鈍いよね、一くん並だよ、その鈍さ」

「え?は、はじめくん?」

「あんなに押したのに全然解ってくれないんだもんね、君は。だったら引いてみようかとも思ったんだけどその鈍さじゃまず無理だよね」

「あの、沖田さん…何の話を…あの、手、手を」

「ねえ、知ってる?」



上目遣いで見上げられた表情、どくんと一度大きな音を立てたわたしの心臓を鷲掴みするように沖田さんは突然顔を上げて。

思わず身体を後ろに仰け反らせたわたしに向かってどんどん迫り来る上体を起こした沖田さん。

何がどうなってこういう状況になっているのか今一理解に追いつかないわたしは、とりあえず本能が赴くままに後ろに後ろにと仰け反って。

だけど未だ絡め取られている手の所為で下がるには限界があった所為か、今度はどんどんわたしの身体が傾いた。

どさりと小さな鈍い音、気付けば廊下に仰向けになって背を付けているわたしとその上に跨っている沖田さんという体勢がそこにある。

冷やりと背中を伝う冷たさがわたしを襲うけれど今はそれどころではない、組み敷かれていると言っても過言ではないこの体勢にわたしの心臓は破裂寸前だった。



「お、おおおお沖田さん、沖田さんっ、お戯れを」

「押しても引いても駄目なら、押し倒せってね」

「どどど、ど何方がそのようなことを…っ、」

「ん?僕が考えただけだけど?ユメちゃんが悪いんだよ?」



僕の気持ちに少しも気付いてくれないから、そう言いながら徐に近づいてくる沖田さんの端麗な顔が堪えられずにわたしは思わず目を瞑った。

待つこともなく頬と口唇の微妙な場所に柔らかい感触が触れてキュ、と口唇を噤んで歯を噛み締めるわたし。

仄かに温かくこそばゆい吐息がそこに掛かり、わたしは静かに息を呑む。

そっと目を開ければ口角を上げてこれでもかと微笑む沖田さんが目と鼻の先に居て。

囁くように、いい?なんて聞いてくるものだから思わず頷いてしまい、もう一度目を閉じてしまった。










「ねえ、僕が送ってあげるからもうちょっと付き合ってよ」



そう言ってわたしの腿にまた縋り寄る沖田さんを見遣りながら、わたしは自分の火照った顔を両手で覆って視線を宙に逸らした。

巻きつくようにわたしの腿に頭を乗せる彼を今度は見遣ることが出来ない。

見てしまえばきっとその口許に自然と視線が行ってしまうだろう、そう思ってそわそわと落ち着かない気持ちを外に向ければふわりと吹く冷たい風。

やっぱりこんなところで寝転んでいれば風邪を引いてしまうと仕方なしに視線を送るけれど、もう既に目を瞑って規則正しい寝息を立てていた沖田さん。

そんなあどけない寝顔を見てしまえば声を掛けるのは忍びないと、わたしはただ只管、春に芽吹くにはまだ早いしだれ桜に風を止めておくれと願うしかなかった。











気付けばふたり、廊下で転寝に夢中になって、家路に着いた頃には辺り一面暗がりになっていた。

久しく顔を出した所為か沖田さんを見てまた菓子折りを持たせようとした父様に、半分呆れつつ彼を見送ると同時。

彼の去る背中を見ながら父様によくやったと言われたわたしは、もう一体何と返せば解らない。

ただ静かに、生まれて初めて触れ合った口唇を想って、頬を染めて俯くだけだった。





end
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