「え、と…あの、沖田さん?風ではなくて、お身体に障ると、」

「ユメちゃん、僕がさっき言ったこと覚えてる?少しくらいお願い聞いてくれても良いと思わない?」

「………」



ゴロリとうつ伏せるように体勢を変えた沖田さんは、片手で頬に手を付きながらムスッとした表情でわたしを睨みつける。

さっき言ったことというのはもしかしなくても死んじゃうかもしれないというアレだろうか、その前にわたしの質問に答えてくれない癖に主張するというのは何事か。

だけどそう言われて何も言い返す言葉を持ち合わせていないわたしは、脚を地に着いて一歩横へ移動すると渋々彼の言うとおりにそこへ腰を下ろした。

そうすると言わずもがな彼の顔がわたしの真後ろに行ってしまう、これ以上失礼なことが何処にあるというのだろうか。

近過ぎる距離に目線を何処にやっていいのか解らず、だけど下を向かなければ沖田さんを見遣ることが出来ない。

この状態で気持ち少し後ろを向いて見遣れば彼と目を合わせることは出来るけれど、彼が寝転んでいる以上わたしの視線は見下ろすことになりまた失礼に価してしまう。

どうにも動けなくなってしまったわたしは、彼の身体を心配する以上に自分の身の振りようを必死に考えた。

こんなところ、誰かに見られでもしたらどうしたらいいのだろう、無事に家路に着くことが出来るのだろうか。

わたしはただ、沖田さんに茶菓子を届けに来て、父様の気持ちをお伝えしただけなのにどうしてこうなっているのだろうか。

考えてもきりがない、だけど思ってしまうのだ、お茶を出してくださったのは有り難いけれど腰を下ろさずすぐに帰れば良かったと。

そういえばお茶を出してくださった方は男の人にしては随分華奢で可愛らしい人だった、年端も行かぬ女の子に見えたけれど気のせいだったのだろうか。

考え続けてどれほど経ったか、丁度あの可愛らしい人を思い出している真っ最中。

いつ起き上がったのか徐に沖田さんの手がわたしの方に伸びてきて、そしてポンポンと軽くわたしの腿を叩いた。



「お、沖田さん?」

「寝心地良さそうだね、ちょっと貸してよ」

「………え?え?」



驚いて思わず上げてしまった腕の間からするりと頭を割り込ませて、何をするのかと思えば腿に頭を乗せてくる沖田さん。

予想もしていなかった行動に固まってしまった身体はぴくりとも動けず、見下ろしたすぐ真下のわたしの腿の上でかち合ったのはお互いの眼。

どうしてこうなったのか、そしてどうしてそんなにじっとりと見つめられなければならないのか。

わたしを真下から真っ直ぐに見上げている沖田さんのその視線が痛くて、思わず目を思い切り逸らしてしまった。

彼の温かさが腿から伝わって恥ずかしい、口を一文字にして堪えてみたけれどどうしても恥ずかしい気持ちを抑えることが出来ないわたしは、きっと耳の先まで真っ赤にしているはず。

自分で解るのだ、顔が熱いことくらい、それ以上に重みを感じる腿が熱いとわたしは身体を少し捩った。



「お、お…き、」

「ん…気持ち良いよ、ユメちゃん。それに温かいね」

「あ、ありが…とう、ございま、す…でも、」

「この温かさが布団の中にもあればなぁ…寝不足なんてすぐ治るのに」

「………え?寝不足?」



何かおかしな言葉が聞こえた気がしてもう一度問うように背けた顔を彼に向けようとした、そのとき、



「総司っ!てめぇ寝不足で頭痛ぇなんて言ってやがったくせに何やってやがる!さっさと布団で寝てやがれっ!」



酷く迫力のある怒鳴り声が聞こえてわたしは思わず、ひっと叫びながら肩を竦めてしまった。

横から飛んでくるのはぴりっとした痛い視線と抉られるような感覚、こういうの、沖田さんたちならこういうのだろう、殺気と。

あまりの圧迫感に顔ひとつ動かすことが出来なくなってしまったわたし、だけどそんなわたしの腿の上で寝ている沖田さんは酷くあっけらかんとしている。

怒鳴り声が聞こえてきた方向とはまるで逆の方へ脚を投げて寝転んでいる所為か、それとも声の主が解っている所為か。

わたしには解らなかったけれど起き上がる気配もそちらを向く気もなさそうな沖田さんが声を上げて、わたしはやっとこの金縛りから解放された。



「非番変わって貰ったんですからいいじゃないですか、何処で寝ようと。それとも寝る場所は布団の中じゃなきゃいけないなんて決まり、出来たんですか?」

「お前なぁ…屁理屈ばっか言ってんじゃねーよ。お前が働かせすぎだの死にそうだの言うから斎藤が非番を変わってやったんだろうが!」

「……え?沖田さ…死ぬかもしれないって…まさか…」

「んー?」



二人の会話を耳にしながら、恐る恐る見遣った先には眉間に皺を沢山寄せた鬼が居た。

あまりにも恐ろしい形相にひっと声を上げたわたし、だけど実は今そんなこと関係ない…とは口が裂けても言えない。

けれど、今はそんなことよりも気になって仕方がないことが出来たので内心そう思って視線をカラクリのようにギギギ、とわたしを見上げている沖田さんに戻した。

驚愕の顔で見下げるわたしとは裏腹に沖田さんはやっぱり笑顔を浮かべていて、わたしの眉間の皺が増えるに比例して彼の口角がどんどん上がっていく。

そんなわたしたちを見遣ってか、同時にさっさと寝ちまえという呆れ声が聞こえて、それから立ち去っていくような足音が響きわたしはやっと次の言葉を紡いだ。

まさか、まさかまさかまさか、



「沖田さん…もうすぐ死んじゃうかもしれない、って…」

「うん、僕ここ一月寝る間もないほど働いてたんだ。こんな生活続けてたら死んじゃうからさ」

「………ど、どこかお身体が悪いのでは?」

「そんなこと言った覚えはないけど」

「…………で、では、これは?」



言いながら恐る恐ると自分の腿に触れて見ると、沖田さんは言った。



「うん、だから。死んじゃうかもしれないほど疲れてるんだから優しくしてくれてもいいんじゃない?」

「……っ、」



謀られた、そう理解すると同時、わたしは物の怪でも見るような視線を沖田さんに向けてしまっていた。

酷い、人の心配を逆手にとってこんな恥ずかしいことをさせるなんてと、思わず肩がぷるぷると震える。

わたしがどれだけ胸を高鳴らせ苦しくなっていると思っているの、そんな風に言葉には出さず、だけど思い切り意味を込めて見遣り続ければ、先に根を上げたのは沖田さんだった。

一度小さく吐息を吐き出すと眉を顰めて困ったような顔をして、だけどこの腿の上から退く気はないのか、真上のわたしに向かって徐に手を伸ばしてくる。

そっと頬に触れた指先は酷く冷たく、ほんのり顔を火照らせているわたしには少しだけ気持ちが良い。

だけどそれ以上にまた顔が熱くなると、わたしはもう一度目を細めて彼を睨みつけた。



「し、心配、したんですよ…?沖田さん、どこか悪いんじゃないかって」

「ふぅん…そんな風には見えなかったけど?凄く帰りたそうな顔してたけど?」

「…それは、その…居心地は良くないです」

「だろうね」



言いながら再び頬に這わせた指で撫で上げるとそのままわたしの前髪を少し掴んで指で弾く沖田さん。

そうすることで目に掛かっていた垂れ下がる髪が捲くられて、彼の姿がもっとくっきりと映りこんだ。





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