「僕ね、もうすぐ死んじゃうかもしれないんだ」



そう言った彼の横顔は穏やかで澄んだ目をしていて、そして此処ではない何処かを見つめていた。

一瞬、自分の中で止まった時を無理やり戻すと、わたしはさっきと同じようにお団子を口に頬張って、それから沖田さんと同じように空を仰ぐと次の言葉を考える。

沖田さんが仰いだ空は雲ひとつない晴天で、それこそ雲のひとつでもあれば見遣る目的もあるのだけど如何せん、この真っ青な晴天では何処を見遣っても青ばかり。

わたしは一体どこに焦点を置いたらいいのかとキョロキョロと黒目を泳がせ、それからゆっくりとお団子を喉に流し込んだ。



「それは今流行の駄洒落か何かですか?」

「何処をどう捻ったら駄洒落になるの?」

「…ですよね」



言いながら、もう一度お団子を頬張るとわたしの頭は益々混乱した。

彼の許をわたしが訪れるのはこれが初めて、元々甘味屋である我が家の常連さんでいつも店の名物を端から買って行っては、次に来るときに必ず感想をくれるお得意様だったのだ。

その言葉はいつも美味しかったの一言、だけど毎度お勘定のときにそれを言ってくれる彼の言葉は本心だと、父様もとても喜んでいたのだ。

店で桜餅を遣り出したときの沖田さんの表情はまるで子供のようだった。

京の桜餅は味が違うのか、育ちも生まれも江戸っ子の父様が作った桜餅を最高と褒め称えいつも買って行った沖田さんの笑顔は忘れもしない。

そんな沖田さんの姿が店で見れなくなって早一月、沖田さんを気に入っていた父様に言われ、店のお菓子を端から詰めて持って行った新選組の屯所でわたしは今、予想もしていなかった言葉を本人から告げられて困っている最中である。

本来ならば門を潜ることさえ叶わないその屯所は丁度わたしが訪れた際に局長様と出くわして、彼是こういうことで父様の使いで遣って来ましたと話した所、是非とも総司の所へと通されたのだ。

久しく出会った彼は寝巻きのまま自室だろう部屋の外の廊下で日向ぼっこをしていてわたしは呆気に取られた。

何故って、わたしの知っている沖田さんとは少し異なったからだ、見た目は特に変わらない。

だけど空をボーっと仰ぐ気の抜けた顔はまるで、何処か魂が抜けて抜け殻になってしまったようで。

相変わらず愛嬌のある笑顔を浮かべてはいるけれど、わたしを見て珍しいお客さんだねと笑ってみせる彼の顔は何処か浮かない。

そんな彼に父様からですとお菓子の詰め合わせを見せれば、まるで子供のようなあどけない表情をして喜んでくれた。

それを端から一口ずつ、贅沢だねなんて言いながら頬張る彼の横顔を見ながら、わたしは何処か切なそうな彼の表情を心配してしまっていた。

何処か悪いんですかと、そう聞いたら返ってきた言葉はこれだ、もうすぐ死んじゃうかも、なんて。

突然言われて返す言葉に詰まったと同時、お団子をも喉に詰まらせてわたしの方が先に死にそうだった。

やだやだやだ、甘味屋の娘がお団子を喉に詰まらせて死ぬなんてそんな恥晒し、沖田さんの前で無様に吐き出してでも遠慮したい。

どんどんと胸を叩いて詰まりを取ろうと顔を赤くしたそんなわたしに沖田さんは一瞬呆気に取られたようなか細い声を出し、それからもう温くなったお茶をわたしの前に差し出してくれた。

それを半ば奪い取るように受け取ってゴクリと一気に流し込んで事無きを得た瞬間、聞こえたのはそんなに叩いたら潰れちゃうよ、という声。

意味が解らず涙目のまま彼の方を見遣ると、口角を上げて楽しげに言った、無い胸が潰れちゃうよ、と。

今度はそんな科白に流し込んだお茶を噴出しそうになったけれど、気持ち少し睨みつけた先の彼はケラケラと声を上げて笑っていて、その顔を見ていたら毒気が抜かれてしまったという訳だ。



「何処も悪そうには見えないのですが…」

「うん、何処も悪くないよ?主に内面はね」

「………内面?」

「性格とか頭の良さとか立ち回りとか?あ、あと器量もいいかな」

「…そう、な…ん、ですか?」

「ねえ、そこ笑うとこなんだけど」



言いながら後ろ手に腕を着いて身体を仰け反らせ、空を仰ぐように顔を上げて笑い声を木霊せる沖田さんは本当におっきな子供みたい。

端麗な顔を惜しげもなくくしゃりと歪ませて笑うその様は無邪気と表現するのが相応しい感じで、そんな彼を見遣ってわたしは一度肩を竦ませた。

器量はいいよ、器量は、はっきり言って華がある。

性格は言うほど親しくさせて頂いてる訳じゃないからよく解らないけれど、人のことを平気で胸がないとか言うくらいだ、お世辞にもあまりいいとは言えなさそう。

それでも自分で笑うところと言う辺り解っているのかなと、わたしはまだ口角を上げている沖田さんを見遣りながら少しだけ笑みを零した。

飲み干してしまって空になった湯呑みをお盆にそっと置きながら、何気なしに持ってきたお菓子の小箱を覗き込めば目を引いたのは沖田さんがよく買っていくお団子。

そういえばと思い食べ終わった串の数を数えてみたら何と5本、わたしが1本頂いたのを差し引いても4本も食べていて、そんな細身の身体の何処に入るのかと思わず声を漏らした。

一体彼の何処が悪いと言うのだろうか、普通身体の悪い人はこんなに食べないと思うのだけど、彼を見遣っても全然解らない。

顔色も特に悪いとは思わないし、ただ言うならば店に来るような作った笑顔ではないかな、というそれだけだ。

だけど自分が死んじゃうなんて縁起でもないことを口にするなんて、相当なことなのかもしれないとわたしは俯いた。

幾ら冗談でも止めて欲しい一言だ、特に新選組なんていつ命を落としてもおかしくない場所。

そういえば新選組は入ったら最後、ここを抜けるには戦死か切腹か粛清かのどれかだといつしか誰かに聞いた。

沖田さんの物言いはまるで遠出するんだと言うような軽い口調で、そのどれにも当て嵌まらない感じで酷くもどかしい。

だとしたら自然と思いつくのは病に侵されている、この結論にしか辿り着けない。

死ぬかもしれないと言うほどの病なのに見目が何処も変わらない、そんな病があるのだろうか、それとも進行が遅いのだろうか。

わたしはもう一度気になって沖田さんを見遣った、だけど見遣った先の沖田さんはまたひとりで空を仰いでいて。

そんな先入観を持ってその横顔を見遣っていれば、そういえば何処か疲れている感じもするなぁ、なんて風にも思ってしまっていた。

そんなことよりも、ひとつ疑問がある。



「あの…どうしてわたしにそんなことを?」



こんなことを聞くのは野暮だっただろうか、それでもわたしは気になって仕方がなかった。

春先には綺麗な花を咲かすだろうしだれ桜の木の横の庭先で、こんな風にふたり並んで如何にも親しげにお茶を酌み交わしているわたしたちだけれど、実は顔見知り程度の関係だ。

そんなわたしに死んじゃうかもしれない、なんて普通言うだろうか、きっと言わない。

それともそんな関係だから言うのだろうか、いや、ひとり考えたところできっと何処にも辿り着かない。

だからと聞いてみたのだけど、言ったと同時に恐る恐る見遣った先の彼は特に気にした様子もなくまだ空を仰いでいて、わたしはひとつ溜息を吐いた。

その吐息が耳に届いたのか、ふ、と笑うとこちらに目線を向けることなく呟いて、



「いい天気だなぁ……」

「………」

「ちょっと肌寒いけどさ、こんな風にお日様に当てられたらうとうとしちゃうと思わない?」

「………え、えぇ」

「お腹もいっぱいになったことだし、っと」



言いながらそのままゴロリと背を床に寝転ばせ、沖田さんは横になった。

あ、ああ、ふぅん、そう。

どうやらわたしの質問に答える気はないらしいと、そんな彼を目で追いながら深く肩を竦ませた。

一体何だと言うのだろうか、彼の行動は理解が出来ない。

思い返してみれば店でも不可解な言動が多かった気がする、喩えろと言われたら急に思い出せないけれど、とりあえず持っていた金平糖を突然わたしの口に押し付けてきたこともあったっけ。

ぴとりと一粒押し付けられて、その突然のことに目を見開いて何かと訴えたら返って来た言葉はあーん、だった。

あーん、と言いながら口を開けた沖田さんに釣られて思わず口を開けたらポロリとその金平糖が入ってきて、どうしていいか解らず棒立ちしてしまったのを覚えている。

うちの店には金平糖は置いていないからどこかで買ってきたのは解るけど、あの日は帰り際、残りの金平糖をわたしに渡して食べなよ、なんて言いながら帰っていったっけ。

そうした不可解なことが彼は多いのだ、他のお客さんに惚れられてるんじゃないかと揶揄われて酷く迷惑したこともあった。

別に沖田さんのことが嫌いなわけじゃない、とてもじゃないけれど綺麗な人だと思うし、だけどわたしはただの町娘だ。

お侍様とは身分が違い過ぎてこうして隣り合わせで並ぶことすら本当ならば肝が冷える。

恋事なんてとんでもない、無礼にならないように気をつけなければならないし、第一沖田さんの方こそ町娘など相手にするわけがない。

そう思ってもう一度ちらりと目を向ければ、腕で枕を作りながら静かに眼を閉じて転寝でもしているかのような沖田さん。

そんな彼を見遣ってから一度視線を空に馳せるとわたしは考えた、これはもう帰れという無言の合図なのではないだろうか。

というか、偶々局長様が総司のところへと言ってくれたから此処にいるのだけど、後ろに居た副長様はどうにも不満丸出しの顔をしていらっしゃった。

あまり長居はしない方が身の為、だけど父様にどう報告すればいいのやらとわたしは頭を悩ませる。

父様は生まれも同じ出身でうちの味を気に入ってくれている沖田さんを酷く気に入っている、だからこうして姿を見せなくなった彼の様子を見て来いとわたしを使いに出したのだ。

それが得た物がもうすぐ死んじゃうかもしれないという言葉と日向ぼっこをしながら今にも寝息を立てそうな姿だけなんて、どうにも報告のしようがない。

元気そうでしたと言ってまた来ない日々が続けばまた使いを出されるかもしれない、どうしてあんなに沖田さんを気に入っているのか娘のわたしが不思議なくらいだ。

まあだけど父様が寂しがっていたことはもう最初に伝えたし、そろそろお暇しなければいけないのは事実。

死んじゃうかもしれないなんて言葉は酷く引っ掛かるけれど、お身体が悪いのであればこんなところで寝られて悪化させてもそれは困る。

それに京の外れの壬生からでは家路に着くまでわたしの脚では凡そ半刻以上は掛かってしまうのだ、早く帰らねば夜道になってしまい兼ねない。

もやもやと色んなものが渦巻くけれど仕方がない、そう思いながらわたしは此処を去るために片手でお菓子を包んでいた風呂敷を畳みながら沖田さんに声を掛けた。



「あ、あの、沖田さん……寝られてしまいましたか?」

「起きてるけど?」

「幾ら暖かいと言ってもお身体が冷えます。わたし、帰りますから沖田さんもお布団に、」

「じゃあユメちゃん、風避けになってよ」

「…え?」

「ここ、ここね」



言うが早いか言うと同時か、彼はお互いの間に置いてあった菓子箱という敷居をズッと部屋側に押し遣ると、そこを叩いてこっちに寄れとわたしに促した。

風避けなんて言われたけれど風なんて特に吹いていない、大体わたしがそこに寄ったところで風が当たらないようになるのだろうか、そうは思えない。

彼の意図が解らなくて、わたしは怪訝な気持ちを全面に押し出してまた口を開いた。




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