「佐藤、」

「はい?」

「ではまず、どうしてあんたのケーキと俺のケーキの膨らみに違いが出るか説明して欲しいのだが」

「あ、えと…」



やっと冒頭に戻ったんですね、お久しぶりです、こんにちは。

ジェノワーズが無事に焼け、型から外して30分ほど。

外の気温が寒い所為か、そんなに時間も掛からず粗熱もいい感じに取れて、さあ組み立てをしようかと言うところ。

斎藤くんがふたつのジェノワーズをポンポンと触って疑問を唱えた。

目の前にはふたつのジェノワーズ生地、ジェノワーズとは共立て製法で焼いたスポンジケーキのこと。

柔らかくもしっかりと低く焼きあがる別立てのビスキュイと違ってふんわりときめ細かく高く焼きあがるのが特徴だ。

わたしと斎藤くんは今回、わたしが横でお手本を見せながら口は出すけど手は出さずという形で一緒に作った。

だって手を出したらきっと斎藤くんは嫌がるだろうし、自分でやりたいタイプだと思うしとこういう形にしたのだ。

それがまさかここまで焼き上がりの高さに違いが出るとはわたしだって予想していなかった。

まさに共立てと別立ての差ほどの違いが出ている、きっとこれは混ぜ方の所為に違いない。

焼き上がってすぐは特に差はなかったのだけど、こうして粗熱を取ると違いが歴然としてくるのが怖いところだ。

だけど、これくらいの縮み、失敗ではない。



「えと、混ぜ方だと思うんだけど、別に失敗じゃないよ?」

「………混ぜ方…?」

「泡を潰さないように混ぜすぎないように、側面をよく掻いて全体を均一に……って言ったところですぐ出来るわけないんです」

「…そのようだな」

「身体で、感覚で覚えるしかないんだよねぇ、こればっかりは」

「…失敗、ではないのだな?」

「うん、全然!だってへこんでるわけでもないし、ちょっとわたしのより高さがないだけでしょ?全然平気。寧ろ、これでわたしと全く同じだったら、パティシエの娘の面目丸潰れだから」



そこは譲ってよ、と苦笑いをしながら返せば、斎藤くんもそれはそうだなと笑ってくれたのでよしとしよう。

大体、どんなに膨らんだところで均一にするために厚みを決めて切ってしまうんだ、そこんところは本当に問題ない。

厚みを合わせて切り2枚の円盤を作り、1枚目のクリームを塗る側にシロップを打って、クリームを塗ってカットした桃を並べてまたクリームを塗る。

2枚目のクリームを挟む側にさっきと同じようにシロップを打ってサンドして高さも横も平行に合わせれば土台は完成する。

パレットナイフを使って綺麗に均一に、ケーキ全体にクリームを塗ることをナッペ塗りというのだけど、これは自慢じゃないけどわたしの十八番だ。

ずっと納得出来るほどまでは綺麗に出来なかったけれど、去年のクリスマスに怒涛のクリスマスケーキ300個のナッペ塗りをやらせて貰って完全にマスターしてやった。

流石にこればかりは練習させたところで1日やそこらで巧く出来る代物ではないので好きに塗ってみたら良いと言ったけれど、どうにもそこはやっぱり斎藤くんだ。

わたしが綺麗に回転台を回して塗る様を見て、自分もどうにか出来ないかと必死でわたしの技術を盗もうとする。

その眼力は本当に素晴らしいと思う、本当に盗まれてしまうのではないかと思って背筋に嫌な汗が流れるほどだ。



「さ、斎藤くん…こればかりは流石に無理だよ…培った技術だもん」

「わ、解っている…しかし、」

「じゃあ代わりにやろうか?」

「………それは…」

「でしょ?好きなように塗りなよ。あ、でも、生クリームはいじればいじるほど立ってパサパサになるから気をつけてね」



逆に汚らしくなっちゃうから、そう言うわたしはきっと意地が悪い。

1台に対してわたしがクリームを塗り終わる時間なんて2分程度、だけどその2分間、ジッと見つめられてわたしの腕は攣りそうになってしまった。

まさかナッペ塗りをするだけでこんなにも手を痛くさせられるなんてと腕をプラプラさせながら、これくらいの意地悪は許容範囲だと思って少しだけ笑った。

塗り終わってしまったわたしはクリームを立て直して7分立てにし、用意した絞り袋にそれを流しいれると両手にスタンバイ。

このケーキはきっと今から二人で試食するのだからそこまで気合を入れなくてもいいのだ、本当は。

だけど気を抜きすぎてセンスのない奴だと思われるのは御免蒙りたいので、お店に出すつもりでフルーツを飾りやすいように絞り出した。

チラリと隣を見遣ればまだナッペ塗りに戸惑って手が出せない斎藤くんがケーキと睨めっこしている。

家でひとりで作ったケーキは塗れたはずなのに、今こうして塗れなくなっているのは向上心が強いんだとわたしでも解った。



「これを土方先生にあげなくてもいいんだよ?今練習して、また家で作ってそれをあげればいいんじゃない?」

「…いや、折角綺麗に出来ているのだ、出来ればこれを…」

「……うん、でもいいけど」

「………」

「どうする?」

「…………」



絞りなんてデザインが決まっていればナッペ以上にすぐに終わってしまう。

わたしは使い終わったまだ中身の入っている絞り袋を、中身が出てこないようにくるりと巻いて端に置くと、焦った顔をしている斎藤くんを見遣った。

折角あげるものだから綺麗なものをあげたいのは斎藤くんだけじゃなくて誰でもそう思うはず、だから気持ちは非常によく解る。

でもそれは自分では出来ないもの、だけど人に遣ってもらうのはなんか忍びない。

ほぼ全部を自分が作ったとしても最後の一部分だけでも手伝って貰ってしまうと、胸を張って自分が作りましたと言い辛い。

解る、その気持ちは本当によく解る、解るからこそわたしにはどうする?という言葉しか出てこない。

だけど斎藤くんの口からわたしにお願いする言葉は出てこないだろう、下手すればこのまま数時間動けないなんてこともあり得なくはない。

それは流石に困る、だったらわたしが少し意地悪してでも背中を押すしかないかと、申し訳ない気持ちを抑えながら声を上げた。



「別にそこだけわたしがやっても、クリーム立てたのも生地を作ったのも組み立てたのも飾るのも全部斎藤くんがやったんだから、斎藤くんは胸を張って自分で作ったって言って良いんだよ?」

「わ、解っている……だが、」

「じゃあ交換しようよ」

「…何を?」

「わたしがナッペやってあげるから、その代わりスカート丈見逃してください」

「…………」



いや、マジでこれは本音なんだけど。

ここで風紀委員長の持っている名簿にスカートの裾を切っているとか書かれた日には3年であるにも関わらずスカートを買わなければならない羽目になる。

実際わたしのスカート丈は折っても折らなくてもアウトなのだ、専門の服飾業の人にやってもらってるから全然気付かれない裾なんだけど。

制服のスカートなんてはっきり言って高い、裾を短くするときにお母さんに学校で何か言われても買ってあげませんからねと言われていた。

だからここでそんな出費が出たら正直わたしは泣けてくる、あと半年もないのに買い換えるなんてそんなの絶対嫌だ。

斎藤くんの頼みを素直に聞いたのは実はこれも原因のひとつだ、いや、恩を売って何とかして貰おう何て最低なのは解ってる。

だけど、本気で切実なんだ、どうか理解して欲しい。

言った瞬間、顔つきがサッと変わった斎藤くん、余りの変わり様にさっきまで焦っておろおろとしていた可愛い斎藤くんは一体何処へ行ってしまったのかと探したくなったほどだ。

そのじっとりとした視線は、まるで交換条件とはなんてやつだと罵声の矢を浴びせられているような痛さをわたしに与えてくる。

あぁ、言わなきゃ良かったかもしれない、そう思っても悲しいかな後の祭。

でも斎藤くんの本音だって知ってるよ、本当は自分で全部やりたい、だけど綺麗なものをあげたいから本当はここだけやって欲しい。

それを言えない斎藤くんのために嫌な役をやりました、そう言えないわたしもまた狡い人間だ。

だけど仕方がない、わたしだってこの先の生活が掛かっているから仕方がない。

暫く無言でわたしを睨みつけていた斎藤くんだったけれど、わたしが目を逸らして数分後、深い溜息と共に低くその言葉を奏で出した。



「解った、見なかったことにしよう」

「ほ、ほんと?」

「その代わり、ウエストを折るな。それ以上短くするな、いいな?」

「………が、頑張る!ありがとう!」

「あんたは気付いていないかもしれんが、階段を上るとき…見えているぞ」

「……見たの?」

「ふ、不可抗力だ!断じて見たわけでは、」

「でも見たんだ?マジで?何色のとき?」

「そ、そんなものは知らん!あんたはもう少し恥じらいを持て!」

「ちょ、ちょっと!パレット構えないで!剣道じゃないんだから!」



クリームの付いたままのパレットナイフをわたしに向かって構える斎藤くんを見て、思いっきり笑ってしまったのは仕方がない。

だって顔が真っ赤なんだもん、こんな斎藤くんが見れるなら特別お菓子教室も中々悪くない、そう思ってまた笑い転げてしまった。










「…凄ぇな、これお前が作ったのか?」

「…はい、お口に合えば良いのですが…」

「いや、絶対美味いだろ!有り難く貰うよ」

「ありがとうございます。合格おめでとうございます」

「おう、お前も頑張れよ!…なんて、これ以上頑張って倒れられても困るけどな」



次の日の朝、職員室の隣の給湯室で、斎藤くんが土方先生にこっそり渡しているのを影から見つめさせて貰ったわたしは扉のところで笑いを堪えていた。

無地のケーキ箱にデコレーションさせたケーキは正直、買ってきたのではないかと思われても不思議ではないくらい綺麗に出来ている。

だけど、そんなしょうもない嘘を斎藤くんが吐くわけがないと解っている土方先生は心底感心したように笑顔で受け取っていた。

あの鬼の土方先生があんな笑顔を向けるなんて、斎藤くんはよっぽど優秀で自慢の可愛い生徒なのだろう。

わたしはそんな笑顔、向けられたことなんてないけど。

用が済めばさっさと職員室を出る斎藤くんを扉の外で待ち伏せていると、礼儀正しく一礼して扉を閉めた斎藤くんに即効で一発小突かれた。

女の子を小突くなんて酷い、と睨みつけるけれど、昨日の可愛い斎藤くんはどこにもいない。

今日も今日とて、厳しい顔をしたクソ真面目な風紀委員長さんだ、わたしと話をしているなんて嘘のよう。

職員室の前でまるで釣合わない二人、いつまでも一緒に喋っていてもいい噂など立たないからと、一言だけ喜んでくれて良かったねと囁いて去ろうとした。

クラスが違えば階も違うから、そのまま斎藤くんとは反対方向へ一歩足を踏み出した瞬間、掴まれたのはわたしの右腕。

グイ、と引っ張られた感覚にふと顔を見上げれば凄く近くに斎藤くんの顔があって思わず目が見開いた。



「仕上げをやったのは佐藤だということは、」

「他言無用、でしょ?」

「あぁ、」

「スカートの裾短くしたのは、」

「他言無用。俺は何も知らん」

「どうぞよろしく」



すぐに離された腕、まだ斎藤くんの体温が残っているにも関わらず足早に近くの階段を駆け上がって行ってしまった彼の背中を見つめながら暫しそこで笑いを噛み締めていた。

わたしはお菓子を作るのが好きだ、甘いものは好きじゃないけれど作るのは好き。

オーブンに入れて膨らむ様は面白いし、何よりもシュークリームは格別に面白い。

今度興味があるようだったらシュークリームもどうですかと聞いてみようかな、なんて。

まさか斎藤くんにこんなことを思う日が来るとは思っても居なかったけれど、突然訪れた非平凡な1日も中々悪くなかったと。

今度は自分から望んでみようかな、なんて思ってまたひとりで笑ってしまった。

また遊ぼうね、わたしの愛しい共犯者。





END
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