平凡な日常、特に退屈だったわけでもなく、だからと言って特別面白いこともなかったわたしこと佐藤ユメは今、非平凡な状況に立たされている。



「佐藤、ではまずどうしてあんたのケーキと俺のケーキの膨らみに違いが出るか説明して欲しいのだが」

「あ、えと…」



ここはわたしの家、そして今目の前でお互いが1時間ほど前に作ってあら熱を取り終えたジェノワーズが2つ。

いやいや、問題はケーキが目の前にあるとかないとかそんなことじゃなくてですね、わたしの家に斎藤くんがいるということが問題なのです。





my dear accomplice






斎藤くんはわたしの高校でも色んな意味で有名な人だ、まずは学園内でも一番恐れられている鬼の風紀委員の委員長だということを説明しておこう。

毎朝毎朝飽きることもなく校門の前に立ち、服装の乱れは心の乱れとでもいうかのように厳しくチェックしてくださる上に全国レベルの文武両道ぶり。

成績も全国模試で上位に名前が入ってしまうのならば、剣道の全国大会でも優勝してしまうような物凄い人だ、そりゃ学校の先生だって見方が違う。

そんな斎藤くんとは今年3年になるまで一度だって同じクラスになったこともなければ喋ったこともないわたし。

まあ、普通に考えれば共通点もなければ用も何もないのに喋ることなどないのです。

わたしは不良ではないけれど真面目でもない普通の女子高生で、問題児かと言われれば特にそうでもなく、だけど斎藤くん風に言うのならば規律を乱しているに変わりはないというところでしょうか。

ピアスは両耳合わせて5つくらい開いてるし、スカートは校門を潜るとき以外はバッチリ折って短くしてるし、バレない程度には化粧もしているし髪だってちょっと染めてるし、夏休みにかけたパーマも緩く残ってる。

ね、別に普通の学生でしょう?だけどこんなこと鬼の風紀委員長に知られたら恐ろしいことが待っていそうだし、目を付けられて窮屈な生活を送る羽目になるのだけはどうしても避けたかったから学校では大人しくしているのです。

そんなんだから自然と彼を避けていたところもあったかもしれない、そういえば3回くらい彼を見かけて急いでトイレに隠れたこともあったっけ。

だってスカート丈が膝上5センチ以下とかわたしの中ではありえないんだもの、校門を突破してしまえばいつだって膝上15センチは軽く上がっている。

違うの、見せたがり屋なわけでもなんでもないの、ただ単に折角の制服なんだから少しでも可愛い格好がしたいとかそういう理由なの、解るでしょ、女の子なら。

指定のカーデとか可愛くないし嫌なの、高校が終わればもう制服を着ることなんてなくなってしまうんだ。

だったら心残りがないように可愛く着飾ってやる!風紀委員なんかクソ喰らえ!怖くなんかないもん!

なーんて、そんなことを思ってもやっぱりあの真っ直ぐな視線で射抜かれるのは酷く恐ろしいと、いつだって学校内では大人しくしていたはずだった。

はずだった、のに。

変化というのは望まなくても突然訪れるものなのだと、わたしは知ることになる。

そう、それは遡ること今日の放課後、教室の掃除をしている真っ最中だった。










「佐藤…さん、呼んでるけど…」

「誰が?」

「……何かしたの?」



ホウキを片手に、塵取をもう片手に持って教室の中をプラプラとしていた頃、同じクラスの男子に声を掛けられて動きが止まった。

彼はクラスの中でも真面目に分類されるタイプで、普段もあまり喋ったことはなかった所為か少し話しかけにくそうにわたしに声を掛けてきた。

別にそんな恐る恐る呼ぶ必要がどこにあるんだろう、なんて暢気に考えているとスッと扉に向かって指を指す彼。

その指の先をぼんやりと見遣れば教室の外、扉の所に見慣れない後姿。

一瞬小首を傾げてみるけれどあんな後姿、友達に居たっけ?なんて暢気もいいところだ。

何かしたの、という彼の小さな言葉は特に気にすることもなく、呼ばれるということは何か用があるのだろうとわたしは両手にホウキと塵取を持ってそのまま扉に向かって足を進めた。

どうでもいい話なのだけど、1ヶ月ほど前、喋ったこともない違うクラスの男の子に呼び出されて告られたものだから、まさかモテ期でも到来したかと口許が緩んでしまう。

だけど、そんなノー天気なわたしはその後姿に声を掛けたことで緩ませた口許を引き攣らせることになるのだ。

呼んだ?と声を掛けながら、誰かも解らないその背中をポンと軽く叩いて同時に廊下に一歩踏み出した。

まだ終わってない掃除の邪魔になるだろうし、誰だかも解らずにドキドキしているのは性に合わない、だから。

でもわたしはすぐにその行動を後悔してしまった、だって、



「…あぁ、あんたに頼みたいことが……あったんだが、まずそのスカート丈を直せ、佐藤」

「………っ!」



この顔、この声、この視線、そしてこの科白。

鬼の風紀委員長のまさかの呼び出しにわたしは隠すこともなく彼の目の前で口の端を引き攣らせた。

だけどそんなのは慣れっこなのか、はたまた全く気になどならないのか、斎藤くんは眉間に皺を寄せながらわたしを睨みつけている。

え?ちょっと待って!今この人わたしに頼みたいことがあったとか言ってなかった?

何だかは知らないけれどこれが、この態度が、今から人に物を頼もうという態度なのだろうか。

扉に背を預け両腕はしっかりと前で組んで、ちょっと見遣れば足だって軽く組んでる。

っていうか、喋ったこともないのに第一声がこれって凄い大物だよお兄さん、と内心言いたい放題なわたし。

だけど現実にはそんなことを本人目の前にして言えるはずもなく、両手が塞がっていてスカートなんて直せませんと苦笑いなんかしながらジェスチャーするのが精一杯だ。

そのホウキと塵取を持ったまま両手を挙げて口端を引き攣らせて笑えばすぐさま理解してくれたのか、彼はわたしの両手から何も言わずホウキと塵取を奪い取った。

直せってか、持っててやるからさっさと直せってか。

本当だったらこのままトイレに猛ダッシュして隠れてしまいたいのだけど、流石に目の前に立たれて名指しで直せと言われている今は直さないわけにはいかないと、渋々折っているウエスト部分を弄った。

元々、購入してすぐに規定の長さより切っ払ってしまったスカートは折り目を元に戻しても校則スレスレで、戻したは良いけれどその眉間の皺が戻ることはなく、



「何故裾を切った?」

「…な、長かったので」

「はあ……」



それはそれは深い溜息を吐かれてしまったのである。

だけど切ってしまったものは仕方がない、長さが微妙ではあるが今それをどうこうしろと言われてもどうすることも出来ない。

物理的な問題は仕方が無いと諦めてくれたのか、それでもその眉間に大量の皺を寄せながら彼はもう一度小さく溜息を吐いた。

っていうか、何?何の用?まさかスカート直せってわざわざ言いに来たわけでもあるまいし。

そう思ってもう一度、何か御用ですかと波風立てないよう出来るだけ丁寧に聞いてみると、ちょっと付いて来いと言われて仕方なく彼の背中を追うことにした。

勿論、ホウキと塵取は教室に戻して、掃除係りのみんなに斎藤くんに呼ばれたのでと一言付け加えてはおいた。

言ったと同時に同情の目を貰ったのは絶対に気のせいじゃない。

スタスタと綺麗な姿勢のまま歩く斎藤くんの歩調は結構早い、ノロノロ着いて行けば早く来いと一喝されそうだとなるべく早歩きで着いて行けば、到着したのは生徒指導室。

風紀委員様の根城だ、予想通りの展開過ぎて背中に冷や汗が流れるけれどもうこうなったら逃げることは出来ないと、今度はわたしが溜息を吐いた。

わたし、何かしたかなぁ?そりゃスカートは短かったけど、特に何もしてないはず。

頼みたいことがあるとか言ってこんな所に連れてくるってことは、ホントは説教か何かがあるはずなんだと。

面倒臭さと目を付けられてしまった後悔とで、泣きたい気持ちにさえなってくる。

入れと言われるがままに足を運んだ生徒指導室、実はここに入るのは初めてで、外の空気との違いに思わず息を呑んだ。

なんか真面目な空気が漂っている気がする、そう言ったら気のせいだと言われそうなんだけど、真面目な空気に窒息しそうで本気で苦しい。

そんなわたしのことなどお構いなしに斎藤くんはさっさと扉を閉めて、目の前にある椅子に腰掛けろと指示を出してきた。

言い方は別に偉そうじゃない、だけど今のわたしには命令口調に聞こえてしまうから精神状態というのは中々バカには出来ない。

恐る恐る近くにあった椅子に腰掛けてみると、斎藤くんもテーブルを挟んでその目の前に座った。

同時に後ろ手にあった紙袋をテーブルの上に上げ、中から白い箱を取り出すとそれをわたしの目の前に差し出して、何を言うかと思ったら、



「これを食べてみて欲しいのだが」

「……は?」



あまりの予想だにしなかった言葉に思わず地声よりも大分低い声が部屋の中に木霊した。

そんなわたしの声など気にも留めないような素振りで白い箱を自ら開けると、中から出てきたのは6号サイズを1/8にしただろうショートケーキ。

極当たり前のように出されたそれはフィルムはないにせよ、ホイルで包んで丁寧に作られている。

でもまあ見ただけで解る、売り物のケーキではないことを。

ポロと重なった層部分が崩れているのも苺の並べ方がカットに沿わないのも底辺に対して高さが揃っていないのもナッペにムラがあるのも全部素人ならではの味だ。

素人にしてはとても上手く出来ているけれど、そんなケーキを何故斎藤くんが?とチラリと見遣れば、さっきと同じように真顔がそこにあって。

とりあえず何がしたいのか今一理解に至らない所為か食べろと言われても手が出せないわたしは、視線を逸らすことなく一度小首を傾げて見せた。

そんなわたしを見て、ケーキを見て、もう一度わたしを見遣った斎藤くんは突然、あ、と声を上げてまた紙袋に手を突っ込んだ。

出てきたのは使い捨てのデザート用フォーク、それをスッとわたしに差し出すと、また同じように真顔に戻る。

っていうか、いやいやいやいやいや!そうじゃないよ、フォークないから食べれないねって感じじゃなくてね!そうじゃないでしょうよ!



「え?違っ…や、確かにフォークは有り難いけれど、」

「まだ何か必要…あぁ、甘いものには茶が必要だな」

「や、それも有り難いけどそうじゃなくて!」

「ではなんだ?」

「こ、このケーキは…一体?」



お茶を買いに行こうとしたのだろうか、わざわざ席を立ち上がろうとした彼の服の袖を掴んで引き止めて言った。

確かに甘いものは喉が渇くしケーキには紅茶がぴったり合う、だけどそれは今わたしが求めているものじゃなくて。

わたしが求めているものはそう、わたしを呼び出して生徒指導室にまで呼んでおいて出されたこのケーキが何なのかを知りたいのだ。

だけどそんなわたしの求めたはずの答えは空耳かと我が耳を疑ってしまうようなものだった。



「俺が作ったのだが」

「………は?」

「俺が作ったケーキだと言っている」



聞かなければ良かった、だって更に疑問が深まってしまったのだから。

いや、待って待って、待ってお兄さん!待ってちょーだいっ!余計に意味が解らない!

初めて喋った人に手作りケーキを差し出されて食べろと言われるわたしの気持ちをどうか理解して欲しい。

だけどこの気持ちをどう伝えればいいのか解らないわたしは、彼の袖口を掴んだまま二人で中腰で見つめ合うしかなかった。




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