隣の席の斎藤一くんはとても面白い人だと思う。

最初は無口でよく解らない人だったけれど、1年間、同じクラスで隣の席で過ごしてみて何となく解ってきた、面白い人なんだって。

どこが面白いかとははっきりと言えないんだけど、兎に角面白い、じわじわくる面白さを持っている。

とりあえず、クラスの女子が斎藤くんは観賞用と言ったところから面白いと挙げよう。

観賞用って何よ、観賞用ってと聞いてみれば、斎藤くんは目の保養には最適な容姿をしている、だけど如何せん恋愛として考えると難しそうだと観賞用と決めたらしい。

はっきり言って意味が解らない、まず人に向かって観賞用なんて言葉を付けようとする意味が解らない。

だけどそれで決まってしまって、斎藤くん=目の保養のための観賞用という位置づけになってしまった。

つまり、誰も斎藤くんに色仕掛けをする人も頑張って仲良くなろうとする人もいなかったというわけ。

最初は居たんだよね、最初は、だけど話しかけても会話が続かない、続かせようとしない斎藤くんを見てきっと諦めたんだと思う。

ミステリアス、無口、無表情、大人っぽい、真面目、文武両道、冷静沈着、女に興味なさそう、近寄り難いけどそこがいい、なんてレッテルが一緒のクラスになって1ヶ月そこそこで定着してしまっていた。

だけどわたしはそのレッテルに違和感を覚えていた、真面目だと評価されているけれど授業中、はっきり言って彼はかなりボーっとしていることが多い。

その証拠に彼は黒板をじーーーーっと真面目に見つめて如何にも授業を聞いてますという感じではいるが、先生が「じゃあ次のページ」と言っても黒板を見つめたまま。

じゃあ問いの3から6までやってみろと言われて初めて我に返ったように慌ててページを捲っているのを何度も見たことがある。

何度もやってるくせにそのときの慌てようは正直可愛いの一言だ、誰も見てないのに少しだけ恥ずかしげに黒板と教科書のページを確認する表情はとても無表情とは言えない。

冷静沈着もどうかと思う、だって隣のクラスの沖田総司にからかわれるとかなりの高確率で喧嘩越しになるし。

それも結構くだらない内容だったりする、聞き耳を立てているときだけがそうというわけじゃなさそうで。

ついこの間は次の授業の仕度をしていた斎藤くんに沖田総司が後ろからエロ本をどーんと目の前に持って来たことで始まっていた。

見えちゃったんだけど結構えげつないページを見せていたっけ、もざいくは多少あったにせよ挿入されてた場面がどーんと。

耳まで真っ赤にしながらもこめかみに青筋を立てて思いっきり追いかけて行ってったなぁ、彼の大声を聞くのは中々ないけど、「総司っ!」という怒鳴り声はよく聞いている。

お陰で沖田総司という彼のお友達の名前を覚えてしまった、別に特に仲良く話したこともないんだけど。

文武両道は確かにその通りだ、だけど彼はしっかりしているようでかなり抜けているところがあるのをわたしは知っている。

別に故意で見たわけじゃないけれど物理のテストで95点という輝かしい点数を取った斎藤くん、その1問だけ間違えていた答案用紙の解答欄に「これくらい」という文字と一緒に適当な絵が描かれていたのを見て本気で笑いを堪えたのはまだ記憶に新しい。

また、体育の時間にドッヂボールで遊んでいた男子側を何気なく見ていたとき、受け取るでもなく投げるでもなく、まるで酔拳の使い手のように飄々とひとりボールを交わし続ける斎藤くんを見てこれまた壁を叩いて笑ったことを昨日のことのように覚えている。

詰まるところ、彼は普通の健全な男子高校生だし、どこか凄く変わっているわけでもとりわけ大人っぽいわけでもない、普通の、いやかなり面白い男の子なのです。

噛むほどに味が出るスルメの如く、一度見たら癖になるじんわり男子なのです。

え?っていうか、なんでそんなによく見てるのかって?だから隣同士なんだってば、席が。

え?なんで隣同士なのかって?わたしの名前は斎藤ユメ、彼と同じ斎藤姓なのです、勿論親戚でも何でもない赤の他人なんだけど。










「今日の日直は……どこだ?あぁ、ダブル斎藤か」

「一括りに変なユニット名みたいな呼び方、止めてください」



ダブル斎藤はまだいい方のあだ名だけど、なんてそんな風に思いながらわたしはいつものように慣れた扱いで軽口を聞いた永倉先生に軽いジャブを返した。

1年前からずっとそうだけどこの役はいつだってわたしの役で、隣の席の斎藤くんは特に何も気にしてないように何もないだろう廊下をボーっと見遣っている。

わたしがこう返すのも解ってて言っているのが先生たちで2年になってからは先生たちどころかクラスのみんなも同じような扱いをしてくるようになった。

ダブル斎藤はまだいい、黒板に書く日直の名前が「W斎藤」でも「斎藤ズ」でももう気にならなくなった、いや、ちょっと気になるけど。

だけど原田先生の言った「斎藤夫妻」だけはどうにかしてみんなの記憶から消してやりたいと思っている現状なのです。

うちの学校は基本3年間クラス替えがない、それは入学のときに普通科と進学科、また、英語科や理数科、国文科とすでに分かれていたからだ。

このクラスは進学総合科、1年時の時点で英語科に行きたい人なんかはクラスが変わってしまったけれど、特にメンバーに変わりはない。

それ故か、クラス担任の土方先生は別に席替えなんかしなくていいだろう、と席替えをしてくれなかったので1年間ずっと斎藤くんの隣なのだ。

普通、少なくても2回は席替えをすると思うんだ、クラスの中で誰かどうか席替えしようよと言い出すやつがいると思うんだ、主に纏めたがり屋の女子が。

ところがこのクラスにはそういった目立った仕切り屋がおらず、替えないなら替えないでいいんじゃない?な雰囲気で、結局本当に1年間このままで過ぎてしまったのです。

わたしは本当は席替えして欲しかった、いや、斎藤くんの隣が嫌なんじゃないの、それは断じて違うの。

ただ、席が一番後ろの所為で視力の悪いわたしは毎度授業のたびにあまり好きじゃない眼鏡を掛けなければ見えないという事態にいつも頭を抱えていたわけです。

しかも、斎藤くんも視力が少し悪いのか授業の度に眼鏡を掛けるものだから、ダブル斎藤な上にダブル眼鏡、ついでにダブルサウスポー、突っ込まれるともう言い返す言葉もない。

ここまで来ると惹かれるものも一緒なのか、剣道をやっているのも被っている。

や、斎藤くんは現在も剣道部に所属していてわたしは帰宅部だから被ってないのだけど、小学校の頃から剣道場に現在進行形で通っているわたしはあんまり威張れないけれど一応二段を習得している。

本当は高校でも剣道部に入る予定だったんだけど、わたしが見学するより早く斎藤くんが入部してしまったものだから道場前で踵を返したと言う訳だ。

結局道場に見学すらも行っていないけれど、土方先生が顧問だなんて恐ろしい事実が発覚してからは、あぁ入らなくて良かったと心底思っている。

中学時代の友人なんかはわたしが剣道をやっていることを知っているけれど、それでも道場に未だ通っている所為か特に部活をしないのかとは言って来ない。

お陰でやっているスポーツまで実は被っているということを知っているのはわたしだけになっている、まあ、言うつもりもないんだけど。

だけど被ってないところは多大にある、成績なんかははっきり言って天地の差があるだろう。

方や成績学年トップ、運動神経抜群で剣道は全国クラスの腕前の文武両道具合に美男子の斎藤。

方や容姿は人並み、運動神経も人並み、成績なんて赤点3つもあってぶっちゃけ授業についていけず何で進学総合科になんか入っちゃったんだろうと切なくなっているアホな斎藤。

神様は不公平だ、天は人にニ物を与えないっていうのは嘘だと解っていたけれど、こんなに惨めにさせなくてもいいじゃないと恨んでみたりもした。

まあ、恨んだところで何も変わりはしないんだけど。

それでもサウスポーがわたしと斎藤くんの2人しかいないこのクラスでは隣の席が彼だと割かし便利なこともあるのは事実。

実際、実験で鋏を使うはずだったのに忘れた頓珍漢なわたしは同じく左利き用の鋏を所持している斎藤くんに借りることが出来て怒られなかったし、当てられるはずの翻訳の宿題を忘れて全然出来なかったときも頭の良い彼のお陰で助かった、マジ感謝してる。

だけどこれ以上は色々とどうかと思うのです、いや、色々って何よって言われたら的確に言える答えがないんだけどこれ以上はわたしの身が持たないのです。

だって、だってね、よく観察させて頂いてはいるけれど、正直斎藤くんとは特に仲が良いわけでもないし、1日で1回も喋らない日なんてザラにあるし、1年間一緒に日直やってるのに連絡するための携帯番号だって知らないし。

だからね、だから、そうやって煽られるともう最初から縮まらない距離がもっと遠くなるから止めて欲しいのです。

いつからだろう、彼が気になりだしたのは。

いつからだろう、気付けば彼を探していたのは。

いつからだろう、視線がかち合うと胸が高鳴るようになったのは。

いつからだろう、隣にずっといるのに縮まらない距離がもどかしくなったのは。

わたしの名字が斎藤じゃなくて佐藤だったら彼と普通に接することが出来たかもしれない。

わたしの容姿が人並み以上であったのならば、彼の目を見て話すことが出来たかもしれない。

わたしの利き腕が右手だったら、わたしの頭が人並み以上に良かったら、わたしの視力が抜群に良かったら、そんなどうしようもない幾つものもしかしたらが浮かんでは消え繰り返す。



「斎藤と斎藤って同じ名字2回も言ったって回りくどいだけだろ?いいじゃねーか、ダブル斎藤で」

「よくありません。謝ってください、わたしと斎藤くんに」

「謝るっつったって…斎藤は気にしてねーみてぇだけど」

「や、嫌だよね?そんなユニット名、嫌だよね?さいとっ…斎藤くん?」



永倉先生は結構しつこい、いつだってこうして何度も掘り返してくる。

だから何だと言わんばかりに会話を終わらせて有無を言わせない土方先生に比べたら、冗談も言えて会話のキャッチボールの出来る永倉先生は好きだ。

だけど、それは一対一の場合の話であってこうして教壇に立たれてクラスのみんなだっているときに、しかもこんな話題を平然と返してくるなんて迷惑以外の何物でもない。

そんなこと斎藤くんは気にしていない、そう言われて思わずカッとなったのはわたしばかりがそんなことを気にしているとみんなの前で言われたからだ。

そんなことない、斎藤くんだってきっと嫌がってるはず、っていうかわたしだけ過剰に気にしてるなんてバカみたいだ。

だから本日、朝におはようと挨拶しただけで口もきいていない斎藤くんの方を余りまくった勢いのまま振り向き声を掛けた、のだけど、



「あ、あの…斎藤くん?」

「…………ん、あっ…何か言ったか?」

「……………」

「……何、か…?」



斎藤くんは今日も今日とて何もない廊下をボーっと見つめていたらしく、わたしの出した大きな声に一度ビクリと反応すると身体を震わせた。

カシャン、と軽い音を立てて床に落ちたのは斎藤くんの指から滑り落ちた黒いシャープペンシル。

元々わたしと永倉先生の攻防によりクラス中の目が後ろの席のわたしたちに集中していたものだから、あまり大きくないだろうその会話さえも教室内に響き渡っていた。

きょとんと目を見開いた斎藤くんの発した声に一度クラス内がシンとすると、途端に大爆笑に包まれて何があったのか解らないという顔をする斎藤くん。

眉間に皺を寄せながらおろおろと、何故みんなは自分を見て笑っているのだろうかと理解しようと必死だ。

数秒考えた後、どうしても理解が出来なかったのか、今度はわたしの目を見遣って何があったと訴えてくる斎藤くんの表情はまるで捨て犬みたいだ。

クラスの女子からは斎藤くん可愛いと黄色い声が飛び交い、男子からはしっかりしろよ風紀委員とからかい混じりの笑いが木霊す。

わたしも一度クラス中を見渡して見るけれどあまりの暖かさに色んな力が抜けてしまう気がした。

斎藤くんは凄くみんなに愛されている、特にクラスの中心にいるわけじゃないしどちらかといえば一匹狼なタイプなのにこうもみんなに愛されているなんて、同じ斎藤としてどこか嫉妬してしまうのも否めない。





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