あれはそう、関東大会が終わってすぐの金曜日だった、勉強を教えて貰い出して丁度、一月。

日曜日にあった模試に出られなかった所為で繰上げでその週の日曜日に剣道部と、同じく大会で受けられなかったサッカー部だけがテストがあったんだ。

だからそのためにテスト前最後の勉強を教えて貰いにわたしは学校の帰り斎藤くんの家に行った、土曜日は斎藤くんがひとりで勉強できるように金曜日に。

いつも通りのシンプルで綺麗な部屋、いつも通り少し大きめのサイドテーブルに二人分の勉強道具を置いていつも通り二人並んで座って、全部いつも通りだったはずなんだ。

ひとつだけ違ったことと言えばその日は部活がなくて早めに斎藤くんの家に行ったということくらいで取り分けなんの変化もない。

言ってしまえばその前の週の方が変化があったくらいだ、あの前の週ははっきり言って申し訳ないほどに酷かった。

トイレを借りて部屋に戻る途中で普段は家に居ないのか、一度も会ったことのなかった斎藤くんのお兄さんに廊下で鉢合わせして彼女と間違えられて部屋に乱入されたり。

またその次のときは夜遅くまで仕事で居ないと言っていた斎藤くんのお母さんが偶々休んでいて、家に上がった瞬間鉢合わせ、またしても彼女と間違えられて終いには晩御飯までご馳走になった始末。

だけどその一連の反応でわたしは理解した、斎藤くんは本当に女っ気がないのだと。

お母さんには色々と質問攻めをされてしまったし、帰り際、先に駐輪場に行ってしまった斎藤くんの後を追おうとしたら、あの子無愛想だけど優しい子なの、よろしくね、なんて囁かれるし何て謝っていいかもう解らない。

そんな慌しかった次の週は比較的穏やかで何もなく、だからこそ何がきっかけでそのスイッチが入ったのか解らなかった。

それよりもあの斎藤くんにそんなスイッチがあったことの方がわたしには不思議なことだった、勿論、彼だって男の子だから当然なのだろうけど。

ただわたしは一度だけ斎藤くんの口からあの行為が無駄なことだと言ったのを聞いたことがあった、だからいうほど興味がないものだとばかり思ってしまっていたんだ。

確かあれはつい半年ほど前の部活でのこと、道場で二人一組になってストレッチをしているとき、相方になっていた沖田くんに対してそう言った。

沖田くんとは違うクラスの剣道部の幽霊部員で、どうにも学校での素行があまり良くないと斎藤くんは言っていた。

小さい頃から町の剣道場に通っていて腕は全国クラスで相当強いのだというけれど、性格的にかなり問題があるらしく、斎藤くんとは認め合うけど解り合えない関係なのだと。

確かに生真面目な斎藤くんとあの軽ノリでルーズな沖田くんとでは解り合えないのは考えなくともそれなりに解るつもり。

だけど所属しているだけあって偶にはこうして顔を出しては斎藤くんと小さい口喧嘩なんかもして、中々仲は悪くない。

そんな気紛れで顔を出してストレッチを一緒にやっている最中に事は起こった、顧問の土方先生の一言で。

罵声が聞こえると振り向いて見た先には普通に剣道着に身を包んだ珍しい沖田くんが居て、何をそんなに怒られることがあるのだろうかと上から下まで彼を見遣れば、嫌でも目に付いたのは胸許。

首だけでは飽き足らず、鎖骨部分まで広がっていたのは情事の痕。

3つや4つじゃないその大小様々な痕は生々しいほどで、見ているこっちが赤面してしまうくらいだ。

その痕を見て斎藤くんは言った、そんな無駄なことをしている暇があったらもっと身になることをしろ、と。

無駄なこととは、必要のないもののことを言う。

詰まるところ、斎藤くんにとって恋人同士が愛し合う行為は必要のないものだと、そう言っているのと同じだ。

わたしは流石にそうは思わなかった、いくらなんでもあそこまで不必要に痕を付けるのは如何なものかとは思うけれど、それだって人の好き好きだし他人のことに口を挟むほどわたしは野暮じゃない。

斎藤くんだってもしかしたら、呆れ半分で口をついてそう言っただけなのかもしれない。

そうだとしても、その行為をはっきりと無駄と言った彼の声を忘れることは出来なかった、そして現在に繋がるのだ。



「ん、たぶん出来たと思う」

「…見せてみろ」

「はい」

「………………出来ているようだな」

「ホント?良かった」



わたしが問題を解いている間、日本史のノートをペラペラと捲っていた斎藤くんだったけれど、集中出来ていないのは解っていた。

そわそわと落ち着かない素振りで肩膝を立てていた自分の足を指でとんとんとリズムを取って。

静かな部屋な分その微かな指音だけでもわたしの耳に入ってまるで急かされているようだった、本人はそんなつもりないんだろうけど。

お陰様で教えて貰った問題は全部綺麗に解けているようで、彼は答案を見ては少しだけ頷きながらノートをその手から離した。

すぐ後ろにあるベッドに預けていた背を少し上げると肩膝を立てた状態を崩すことなく器用に、気持ち少しだけ身体をわたしの方に向ける斎藤くん。

解ってる、何をそんなに急いているのかは解っている、早く答えが知りたくて仕方ないんだよね。

でもね、答えが知りたいのはわたしも同じなんだよ、寧ろ、本当はわたしの方が知りたいの、あなたのスイッチの場所を。



「ん、じゃあ一旦休憩して、スイッチでも探しますか」

「佐藤、その、スイッチ…とは?」



膝立ちすれば自然と座っている斎藤くんより高くなる目線、見遣った彼の表情は酷く困惑していて、少し焦りを含むその顔は何ともわたしの加虐心を擽った。

なーに、その顔、すっごくそそられる。

普段は目尻を吊り上げて凛とした表情しか見せない斎藤くん、部活の練習のときや試合のときは殺気まで感じられそうなほど強い目をしている斎藤くん。

先のことをいつだって色々考えていて、だからその行動には無駄がなくて、博識な彼はきっと色んな物事を知っているからその分自分の行動にも自信があるのだろう。

だからそんな困惑の表情をわたしは見たことがない、もっと困らせたら一体どんな可愛い表情を見せてくれるのだろうか。



「動かないで」



言うと同時、わたしは無防備極まりない斎藤くんの真正面から思い切り抱きついた。

折角ベッドから離した背中をもう一度押し付けるように勢い良くその肩に抱きつけば、聞こえるのは悲鳴にも似た小さな声。

絶対離さないと言わんばかりにギュッと腕に力を込めれば、斎藤くんの角張った肩が強張ったのが解る。

体重を掛けてぴったりとくっ付くよう身体を押し当てるわたしと逃げ場のない斎藤くん、表情が見えないけれど今最高にいい顔をしているんじゃないだろうか。

自由なはずの彼の両腕は慌てて何度か宙を舞ったが、暫く待ってみてもわたしの身体に触れることはなかった。

抵抗しているような、だけど抵抗しきれていないようなどちらともつかない斎藤くんからは、彼が動くたびに嗅ぎ慣れないシャンプーの匂いがわたしの鼻先を掠める。

別に前回が汗臭かったわけじゃないけれど、前にベッドの中で感じた匂いは斎藤くんそのものの匂いだったからどこか違う人みたいだ。

あの日は部活もしていてきっと沢山汗を掻いていたはず、それ比べたら今日は部活もしてないし、これは普段の斎藤くんの匂いなんだ、きっと。

だけど何故かあの日の斎藤くんが恋しくて、そのまま欲に促されるまま忠実に少し髪の長い斎藤くんの首許に顔を埋めてみると、あの日ほどではないが斎藤くんの匂いがした。




「佐藤ッ…?」



斎藤くんが身じろいだ、だけどわたしは腕の力を抜くことを止めなかった。

すぐ耳許で聞こえた斎藤くんの声は凄く心地が良くて、鼻先を掠める匂いが凄くわたしの胸を締め付ける。

大好きなの、斎藤くん、だからどうしても触れたかった。



「ガオースイッチは、どこですか」

「そ、そんなものはない」

「あるもん」

「佐藤、」

「あったもん」



この間押されたもん、未だ顔を斎藤くんの首許に埋めて呟けば、ほんの少しだけ力を抜いた斎藤くんの強張った肩。

その内に聞こえたのは、あ、という小さな声、ガオースイッチが何のことなのか、どうやら理解に辿り着いたらしい。

理解出来たと同時に動いたのは斎藤くんの頭、重力に逆らわず、後ろのベッドに頭を倒したら天井を仰ぐような体勢になったせいか少し苦しそうな吐息が漏れた。

同時に抜けたのは肩の力もだ、元々斎藤くんにしてみれば結構辛い体勢だったはずだけどわたしを支えるために堪えてくれていたんだろう。

その力が抜けて抱き付きにくくなったのは仕方がない、それでも懸命にその肩にしがみ付いた。

2ヶ月間も何も言わなかったわたしがまさかこんなタイミングで掘り返してくるとは思わなかったのか、暫く考える時間が欲しいのか、やってきたのは沈黙の時間。

だけどわたしからはもう何も言ってあげない、でも触れていたいから離れてもあげない。

悩めばいいんだ、わたしのことで頭をいっぱいにすればいい、あの日の行為を謝ってきたりなんかしたら今度はわたしがその口唇を塞いでやる。





だけど、沈黙は彼の十八番だった、どれくらいこのままの体勢で居ただろうか。

あまりに何も言わず抱き付かれたまま沈黙を守り続けているものだから、もしかしてこんな状態で寝てしまったのではないかと心配にさえなってきた頃。

突然背中に温かな体温を感じた、それは添えられるように置かれた斎藤くんの右手。

それに答えるようにもう一度、今度はさっきよりもきつく抱き返してみたけれどそれ以上の反応は望めなかった。

もどかしいほど優しく添えられた右手、期待させておいてそんな触れ方しかしてくれないのだったらいっそのこと何もしないで居てくれた方がずっと良かったなんて思うのは我侭なの?

ひとりで盛り上がって盛り下がって、わたしがなんか馬鹿みたいだ、そんな風に落胆の色が出てくれば自然と腕の力さえも抜け落ちる。

それが逆に合図となったのか、天井を仰いだままの力ない声がわたしの耳を擽った。



「どうしろというのだ」

「……ん?」

「誘っている、としか思えん」

「…誘ってるんだよ?」

「……………」

「スイッチ、探してるんだもん」



斎藤くんが襲ってくるスイッチ、そう呟いたと同時にわたしを塗り潰したのは諦めの色。

わたしはこの2ヶ月間、色々試してみた。

もしかしたら一度身体を重ねただけで馴れ馴れしいと思われていたかもしれないほど、斎藤くんへのボディータッチが多かったと思う。

でも触れたかったんだもん、仕方ないじゃない、無かったことにしたくなかったんだもん。

でも思い返してみれば思い返してみるほど、わたしが触れすぎて斎藤くんが離れて行ったのも否めない。




next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -