「総司さん、雨が、」

「僕、食細いんだよね」

「え?」

「言いたいこと解る?」



雨が弱くなってきました、そう言い出そうとしたはずなのに言葉を遮られた、まあ、いつものことなのだけど。

食が細いんだよね、そんなことを言いながらまた串を咥える悪い癖。



「満腹、なのですか?」

「うん」

「あ、では、お包みしましょうか?」

「こんな食べかけを?」

「…………」



ちら、と見遣られた視線、わたしの心臓が少しだけ大きな音を立てた。

確かに中途半端なそれを包んだところでどうにもならない、だけど残してもいいですよと言って素直に残す人でもない。

だってこれは旦那様の好意、それを解っていて残すほど総司さんは無礼な人ではない。

だけど、食べきれないと解っていて口を付けるほど自分を解っていないわけでもない、するとこの問いはどうなるのか。

自ずと導き出された答えは、またからかわれているという単純で、そして解りやすいものだった。



「遊んで、いますよね?」

「解る?」



率直に聞いたら隠すこともせず普通に返答された、あまりにも悪びれもなく言うものだから苦く笑みが零れてしまう。

察するにきっと、お腹が満腹なのではなく満たされてしまったのだろう。

甘いものは疲れを癒すというし、現にここへやってきた時と比べたら総司さんの表情はどこか軽いものだ。

だけど、企みが終わってしまったからといって総司さんはただじゃ起き上がらない。

きっとまた何か来るんだろうなと思った矢先、予想通り二発目の爆弾が落とされる。



「あ、ユメちゃん食べる?食べかけだけど」

「………あ、えっ?」

「でも、お店の人が軒先でお団子食べるなんて駄目かな」

「……は、はい」

「そっか、じゃあお預けだね。頂きます」



言いながらぱくりと残りのお団子を頬張り始めた総司さんの満足そうな顔を見て、わたしはやられてしまったと俯いた。

まさか食べる?と聞かれるとは思わなかった、そして自己完結されるとは思わなかった、つくづく先の読めない人。

きっとわたしのように、こうしてからかわれてやきもきとした気持ちになる女の子がいっぱいいるのだろう、総司さんは酷い人だ。

だけどきっと、こんな彼だからこんなにも気になるし、こんなにも胸を締め付けられるのだろうと思ってしまうあたり、わたしは重症なのかもしれない。

もしも総司さんが、本気でお嫁においでなんて言ってくれた日には世間など関係なく着いて行ってしまうかもしれない。

そんなもしもなんてないのだけど、それほどわたしは重症なのだと、俯いた先でゆっくりと目を瞑った。

聞こえるのは静かに地面とぶつかる雨音、お行儀はあまり良くない総司さんでも物音を立てながら食べることはしないらしい。

その内にもう温くなった残り少ないお茶を口に付け、コトリと音を立てて腰掛に戻した。

その軽い陶器の音で飲み干したのが解るほど、今日は耳が冴えている。

人は何かを失うと他の何かで補おうとする能力を持っているようだ。

今のわたしのように目を瞑ればその分耳で周りの気配を探ろうとするし、耳を塞げば目に神経が集中して視力が一時的に上がった気さえする。

総司さんがお団子を飲み込んだ音は流石に聞こえないけれど、それでも少し激しくなった衣擦れの音と、片手に傘を持った音が聞こえてわたしは静かに目を開けた。



「帰られるんですか?」

「うん、少し長居しちゃったから」



見上げれば既に総司さんは腰掛から身体を起こし傘を構え、その傘を持っている脇下にお団子の包みを挟んでもう片方の手で残り一玉になった串を持っている。

だから、それはお行儀が悪いんだってば、そんな表情を見せるけれどそんなことはお構いなしだ。

だけど本当に少し長居し過ぎたのだろう、まだ少し口の中に残っているのかお団子の欠片を取るように数回口を動かすと、立ち上がったまま急いで最後の一個を口に頬張った。

その表情は特に苦しそうでも何でもない、なんだ、やっぱり普通に食べ切れるんじゃない。

なのに、からかうためだけにあんなことを言うなんて、総司さんは少し茶目っ気が多過ぎるようだ。

長居し過ぎて今から土方さんに怒られに帰るのだろう、その手土産が少しでもお説教の時間を短くしてくれるといい。

そんな風に思いながらわたしは、総司さんから用済みになった串を受け取ろうと大分背の高い彼の横に立って手を差し出した、そのとき、



「………ん、っ、」

「…は、」



突然のことだった、一瞬、総司さんが凄く近くに来て、そして目の前で見えなくなってしまった。

気付いたときにはゆっくりとわたしから遠ざかる総司さんが見えて、ほんの少し口許に違和感と異物感。

それを理解したのは総司さんの口許を見てからだった。

彼の口には一玉を半分にしたお団子が咥えられていて、異物感に自分の口許に手を宛がってみると、何故かわたしの咥内にもそれと同じものがある。

そっと口唇に触れればとろりとした何かに触れ、それがお団子のたれであることに気付いたと同時に彼を見遣って、わたしの顔が急激に熱くなるのを感じてしまった。

わたしが理解したのをしっかりと見届けると、それはそれは満足そうに目を細めて、笑いながら半分になったお団子を咥内に収める総司さん。

すぐにぺろりと舌が口唇を舐め上げ、そんな一連の行動を目と鼻の先で見ていたわたしは、一体どんな顔をしているのか。



「ご馳走様、ユメちゃん」

「…っ、あ、」

「また、ね」



言うが早いか傘を差すのが早いか、総司さんは名残惜しさの欠片もなく足早に背を向けてお店を後にしてしまった。

残されたわたしに待っていたのは煩いほどの心臓の音と火照った身体、それからまだ口の中にあって飲み込めない半分のお団子だけ。

ほんの少し舌で転がせば、総司さんの味が口の中に広がるようでどうしようもない。

こんな気持ち、どうしていいのか解らないと店を出て行った総司さんの方を振り向けば小さく映るその背中。

さっきまで治まっていたはずの雨がまた突然振り出してすぐにその背中さえも見えなくしてしまったけれど、わたしの目にははっきりとあの目を細めた総司さんが映っていた。











駄目です、ごめんなさい。

もうこんな気持ち、止めることなんて出来ません。





END
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