女家系で育ったわたしには年頃の男の子というのは全てが未知の領域の人で、今時、上半身裸の姿を見て耳まで赤くしうろたえるなんて貴重だと、いつしか誰かに言われた気がする。

だけど仕方が無いじゃない、意識し過ぎだと言われればそれまでだけど、細身のくせにたくましい身体も硬そうな筋肉も、わたしには何ひとつ備わっていないものばかりだったんだから。

処女の内は酷くエッチという響きに敏感だった、お堅いかも知れないけれど口に出して言うことじゃないと思っていたし、ましてやしたとかしてないとか、友達同士で報告し合うのも何処かずっと嫌悪感を持っていた。

言われる男の子だって嫌なんじゃないのかとか、そんなことを報告されたところで未経験のわたしには何て返していいか解らないし、汚らわしいと思っていたわけじゃないけれど軽口過ぎるのではないかなんてそんなことまで思い溜息を吐いたことがある。

だけど、経験して初めて知ったんだ、あれはエッチをしたというそれだけの報告ではなかったということを。

わたしがもっと人の心に敏感な子だったらすぐに気づけたはずなんだ、エッチしたんだ、なんて少し恥ずかしげに、だけど嬉しそうに口にする友達の笑顔に。

あれは幸せな気持ちを口にしたかっただけなんだ、自慢ではなく、ただ純粋に。

だからきっと、一緒になって笑顔でよかったねと、ただそれだけで良かったんだなと、わたしは沖田くんと肌を重ねたあの日、力無くしな垂れていたベッドの中で思った。

エッチの仕方は知識としてあったけれど、そんな知識を体験に変え、妄想でしか補えていなかったパーツが全て埋まったのは二週間前。

現実は乙女の妄想よりも酷く呆気ないものだったと、今もあの時もそれだけは変わらず思い出す。

行為が終わった後ベッドの中で寄り添いながら愛を語ることもなかったし、裸のままいちゃいちゃすることもなければ酷くこざっぱりとしていた。

後で気づいたのだけど、隠すことも無く剥き出しで枕元に置きっ放しにされていたコンドームの箱。

中身を数えるのが少し怖くて未だに数えられていないけれど、記憶違いでなければその箱は最初から開いていて、歯でフィルムを破るその様だって慣れ過ぎている印象しかなかった。

痛くないようにはするけれどと零した矢先に激痛が身体の芯に刺さり、嘘吐きと何度も心の中で喚いて。

だけどやっぱり口に出せなかったのは、口に出して萎えられたら嫌だったからだ、きっと止めることはなかったと今思えば解るのだけど。

抜き差しを繰り返すそれだけの作業を繰り返して、気持ち良かったかと聞かれたら正直苦しかったという感想しかない。

喪失感はなかった、だけど満足感があったとも思い難かったのは射精し終わった後の彼の所為だ。

笑顔で陰茎からゴムを外して中身が出てこないよう先を結ぶとわたしに見せて来て、なんかいっぱい出た、なんて、ムードも甘さの欠片も無いことをした彼の所為。

それでも眠気に瞼を擦れば髪を梳いて頭を撫でてくれて、そんな彼の手も潜り込んだベッドから漂う彼の匂いも心地よくて、わたしは誘われるがまま何度だってその行為を繰り返した。

1回ヤッたら捨てられた、なんてことはまだ二週間であるけれど、事実ない。

それどころか、セカンドセックスは日を開けると痛いらしいよなんていう彼の言葉に惑わされ、先週は7日間の内、5日は身体を重ねていた。

捨てられるどころかしようよと直球のお誘いしか来ない、相変わらず学校の中でもキスは求めてくるし、最近はリカちゃんの手作り弁当が食べたいなぁなんて甘えてくる始末。

棒読み口調のそれはいつだって試されているような気分にわたしをさせるけど、ちらっとわざとらしく見上げてくるその目が愛しくて、ついつい頷いてしまう癖がすっかり定着してしまっていた。

きゅうっと胸の奥のそのまた奥を締め付けると同時に首許から耳まで熱くなる、そんな熱くなる身体をまるで見透かしているかのように沖田くんはいつもタイミング良くわたしに手を伸ばして。

だけどいつからだろうか、自ら彼のカーデの裾を引っ張るようになったのは。

自分から求めて手を伸ばし出したのがいつからなのか、わたしは知らない。










「どうかした?」

「………ん、ううん…」

「…そう?顔色悪いように見えるけど」



まあ、今日ずっとそうみたいだけど、そんなことを付け足しながらシャツを脱がせる代わりに腕の中にすっぽりとわたしを埋め、それから布団を捲り上げて自分ごと包み込む沖田くんの体温はいつもよりも少しだけ暖かい。

今日の体調は正直思わしくなかった、最近の気候が暑くなったり寒くなったりを繰り返すものだから体調管理が難しく、風邪をひきやすいわたしは少し重たい身体を引きずりながら日中過ごしていたのだから。

それでも昨日、一昨日と部活をサボり過ぎたと言って頬にキスをしただけでバイバイと手を振って剣道場に踵を返した沖田くんが酷く遠く感じ、わたしは自ら彼の背中に額を擦り付けた。

今日もサボらせる気?と彼は言った、だけどわたしは何も言わず、頭上から降る彼の声にだけ耳を傾け背中に押し付ける体重を弱めることをしなかった。

わたしから返答が来ないことを沖田くんはよく知っている、だから勝手に話を進めるのはいつものことで、すぐさま付け足されたのは土方先生、煩いんだよねという一言。

大会が近いとそういえば山崎くんが言っていた気がする、沖田くんが強いというのも山崎くんが言っていた気がするけれど、強ければサボってもいいという理由にはならない。

先週、彼はわたしとずっと一緒に居た、だからほとんど部活に顔を出していないのは一番良く解っていて、一昨日も土日の夕方は暇になるよと言われていたはずだった、だけど。

あまりにも急激に沖田くんがわたしの中に入ってきたからだろうか、触れ合いすぎたからだろうか、物足りなくなってしまっていたのはわたしの方だった。

学校で触れ合うのはあんなにも恥ずかしいと拒んでいたのはわたし、話し掛けられるのもむず痒くて、幾ら死角だとしてもどうしてこんなところでキスをせがむんだと止めて欲しかったのはわたし。

それなのに、剣道場へと行こうとする沖田くんが靴を履き替えるために向かった昇降口のど真ん中で、わたしは彼の背中にぺたりと擦り寄った。

エッチをすると女の子は重くなると雑誌か何かに書いてあった、だけどそれは重くなるのではない、足りなくなるのだと身をもって知ったのだ。

触れるだけじゃ物足りない、抱きしめられるだけじゃ物足りない、口唇を重ねるだけじゃ物足りない。

傍にいるだけじゃ、会うだけじゃ、全然、全然全然全っ然、物足りない。

だけど重たい女になるのは嫌で口には出せず、かと言って寂しいと正直に訴える身体が言うことを聞いてくれないから背中に擦り付けた額を引き剥がすことも出来なかった。

パタンと下足箱を閉める音がすると同時に沖田くんから聞こえたのは小さな溜息、きっと凄く面倒臭いと思われているだろう。

解っているのに、自分で凄く解っているのにどうして離れることが出来ないんだろう、出来ることならば誰が見ていてもいい、抱きしめて欲しいくらいわたしは沖田くんを欲していた。

それから数秒の無言が訪れてわたしの口からも深い深い溜息が零れる、こんなことしていたって沖田くんが部活に行くのは止められないし、メリットなんて何もない。

デメリットと不快感しか彼に与えないし、土日の夕方と言われているんだからそれまで寂しいなんて言ってないで楽しみに取っておけばいいじゃない。

そんな風に一生懸命気持ちを切り替え何とか彼から離れようとしたと同時だった、僕、正直に言うからねと、声が聞こえたのは。

何が?と思う間もなく次に聞こえたのは、彼女がどうしても離してくれませんでしたってリカちゃんの所為にするからね、という科白だった。

痺れを切らせたのかなと恐る恐る見上げた先の沖田くんの顔は、嫌々そうな顔ではなくて、どちらかと言えば少し穏やかに笑っていて、だからわたしは我侭を通してしまったことよりも素直に嬉しくて、沖田くんと一緒に居られる時間があるなら土方先生に怒られるくらい何でもないと頷いていた。



「寒いの?具合が悪いなら家に帰って寝たほうが良かったんじゃない?」

「…沖田くん、あったかいから…」

「何?今日は随分可愛いこと言うよね?」



そんなに僕と一緒がいいの?なんて、悪戯に口角を吊り上げるからつい顔を背けてしまったけれど、今更過ぎてどうにもならないと、ぽそりと声にならない声で呟いた。

うん、居たかった、短い肯定の言葉だったけれど、痛いほどに突き刺さる沖田くんの視線がむず痒くて一気に熱が上がっていく。

素直なわたしに気分を良くしたのか、スカートのホックを外してずらすと一気に脚から抜き去り、慣れた手つきで常時3つ目までボタンの開いている自分のシャツに手を掛けた。

脱ぎ捨てると同時に露になるのは最近見慣れだした沖田くんの肌、腹筋は綺麗に割れていて腕の筋もくっきりと浮き出て胸板も厚い、着痩せするタイプなんだなと何度思ったか解らない。

そのままベルトに手を掛けると同時にわたしに覆い被さって、ぐっと顔を近づければ口角を上げ一度だけ思い切り笑う。

何も口にはしないけれど最近それは、いい?するよ?という確認かもしれないと思った。

そんな確認にほんの少しだけ目を細め、解り難い合図を返せばすぐに塞がれる口唇。

わたしがまぐろな所為で沖田くんが思い切り顔を傾けて深く深く口付けようとしてくれるから、それに応えるようにわたしも思い切り顎を持ち上げ絡め安いようにと舌を差し込んで。

咥内で生暖かい感触がくちゅりと交わると同時に沖田くんのベルトが外れる音が聞こえて、わたしは素直に下腹部を疼かせた。

片手で自分の体重を支え、片手でズボンを脱いでは被せた布団がずれるのを少し直す、そんな微かな物音にさえ眼を深く閉じた耳には鮮明に届いた。

ほんの少しだけ離れた身体の隙間、そこにばさばさと動く度に空気が入り込んで寒気を感じる。

普段ならばそれくらいどうってことないのだけれど、寒気を感じる身体と沸きあがって止まらない早くという急く気持ちが合い重なって自ら目の前の首に腕を巻きつけた、ら、



「…っは、…リカちゃん…どうしたの?」

「………え、」

「僕、そんなこと教えてないけど」



グイ、と突然引き剥がされた身体、急にお終いにされた所為で互いの口唇には滴りそうな唾液が付着していて、わたしも彼も思わず啜り上げた。

だけど今はそんなことどうだっていい、それよりも至近距離で眼を見開いてわたしの眼を覗き込み、ほんの少し困ったような顔をする沖田くんがわたしの方が理解出来ないと小さく小首を傾げる。

腕は沖田くんの肩に掛かったまま、その腕にゆっくりと自らの手を這わせ、これ、何?と、そう言いたげな顔をする彼は相変わらず眼をぱちぱちとさせて。

何?と怪訝な顔をされても明確な答えなんてなかった、触れたかった、ただそれだけであって、突然止められたことのが不服で思わず眉を顰めた。

確かにわたしはまぐろだ、だってエッチなんて沖田くんに教えて貰っただけでそれ以外なんて解らないし、今までされるがまま、ただお人形さんのようにしていただけ。

そんなお人形が突然自ら腕を伸ばしたら驚くだろうけれど、教えられなくたって気持ちで動いたことに悪いことなんてないでしょう?

だからわたしはもう一度ゆっくりと小首を傾けながら、沖田くんの肩に引っ掛かったままの指先にほんの少し力を込めた。



「さ、寒かったの」

「…………うん」

「あと、ぎゅって、したかったの」

「うん…それから?」

「……それから、」



一度言葉を途切るともう一度、次の言葉を催促するようにそれから?と繰り返された。



「抱かれてるだけじゃ、足りなくなって、る、かも」

「かも、じゃないんじゃない?」



言いながらゆっくりと離れた身体を戻す沖田くんはわたしの腕を掴んだまま、今度は首に腕が回るように手伝ってくれる。

近づいてくる顔はもう瞬きしているわけでもも見開いているわけでもなくて、いつものように細めて口唇は弧を描く。

そんな表情を見ればわたしも釣られて眼を細くしてしまうし、柔らかい表情にトクトクと高鳴る胸を止めることが出来ない。




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