一月前、ひょんなきっかけで彼氏が出来た。 彼の名前は沖田総司、容姿端麗で口が巧くて気分屋で、知れば知るほど解らない人。 付き合ってあげてもいいけどなんて言われて、今思えば何で頷いたのかそれすら解らない。 だけどわたしはあの日確かに胸高鳴らせ頷いて、何やら勢いのままファーストキスを済ませてしまった、今はそんな少しの思い出しか残っていない、だって、 「………ねぇ、まだ?」 「…………だ、だからここ、学校…なんだけど」 「って言いながらいつもするでしょ?」 放課後、多目的ホールの横の屋上へと続く階段、その上から二段目に腰を下ろす沖田くんの膝の上にわたしは腰を下ろして、早くキスしてなんてせがまれていた。 手が早いとは風の噂で聞いていたけれど、付き合うことを了承した瞬間に口唇を塞がれたわたしからしてみればその噂は耳が痛い。 キスをされたときは何てことをするんだと目を見開いて思わず泣きそうになったけれど、そうすることが当たり前のような顔をしているものだから言葉を呑んだ。 きっとそれがいけないんだ、彼のペースに巻き込まれて手を出してもいいような状況に女の子がしてしまうんだ、そう何度思ったか解らない。 昨日はまだ教室に人が居る窓際のカーテンに隠れて、一昨日はお昼休みの渡り廊下の隅で、こうして毎日、してよと強請られてわたしはそう思ったのだ。 正直な話、すっごく困る、だってすぐ近くに誰か居て、万が一にも見られない保障はなくて、なのに彼はせがんで来るから何を考えているのかと眉間に皺が寄るのだ。 だけどそんな風に眉間に皺を寄せるといつだって真っ直ぐに見据えた目を崩さないまま小首を傾げて、してくれないんだ?と口にするから、そんな言葉に負けてそっと口唇を重ねてしまうわたしが居た。 負けちゃうんだ、いつだって沖田くんに負けちゃう。 恥ずかしいのに、学校でするなんて嫌なのにいつもいつもたった一言に負けてしまってその恥ずかしさで胸をいっぱいにする。 一度だけ恥ずかしいから嫌だと拒んだことがあったけど、あの時はわたしの腕を思い切り引っ張って抱きすくめ、何が起こったのか理解する前に口唇を塞がれ、次の瞬間には舌を入れられて腰が抜けそうになったことがあった。 くちゅりと咥内で鳴り響いた水音が今でも忘れられないほど恥ずかしい思いをした少し前、してくれないのならこうやって僕がするけど、なんて言われてしまったものだから余計に拒むことが出来ないのかもしれない。 何て勝手な奴だと何度思ったか解らない、確かに付き合うことは了承したけれどキスをしてもいいだなんてわたしは言ってない。 そういうのはお互いが了承してするものであって、付き合ったらしてもいいだなんて恋愛のルールは何処にもないはずだ。 だけど口唇を離した後、沖田くんがわたしに向けてくれる笑顔に胸が締め付けられるほど高鳴っていつだって不満を口にすることが出来なかった。 不満が募り募って胸が苦しくなる、最近は校内で沖田くんを見つけると身体が異常に反応を示して思わず逃げ出してしまいたくなるほどだ。 視界に入ればこの心臓はドクンと大きな音を立てるし、目が合えば記憶の中で今までしたキスが甦って耳が熱くなる。 そんな毎日が酷く億劫で、だけど決して沖田くんが嫌いなわけじゃないし、一応わたしは今、彼の彼女なんだから逃げるのもおかしいとその場に思い留まって、そうこうしているうちにこうして今日も捕まったというわけだ。 放課後に捕まると凄く厄介なことをわたしはもう知っている、特にそれがこうやって人気のない場所だと余計に。 だって一度じゃ終わらないんだもの、二度も三度も、あまつさえつい最近はわたしを膝の上に乗せたまま胸許に鼻先を突っ込んで来たりするものだから息苦しくて堪らなかった。 「いつもするって…それは、沖田くんが…」 「僕が、何?」 口を開けばじぃっと見つめる彼の癖、何度経験したって慣れない。 慣れるどころか経験すれば経験するほどその目に捕まるし、最近やっと逸らす術を覚えたほど。 それでも膝の上に乗せられ、腰に腕を回された状態じゃ身体を引くことも出来なくて、わたしは思わず身体ごと預けてしまわないように只管彼の肩に手を置くしかない。 近い距離に眩暈を覚えだしたのはいつからだろうか、彼がわたしに触れるたびに身体が震えるようになったのはいつからだろうか、煩いはずの階下の音が気にならないほど心音しか聞こえなくなったのはいつからだろうか、もう覚えていない。 思い出したところでこの現状は変わらないし意味などないのだけれど、いつから自分がこんなにも彼を意識するようになったのか不思議で仕方なかった。 強請られるキスは嫌じゃない、ただ場所が学校だというのが嫌なだけ。 沖田くんに触れられるのは嫌じゃない、ただ息苦しくなるほどに胸が痛んで泣きたくなるのが嫌なだけ。 真っ直ぐ見遣られる目が嫌なんじゃない、ただ真意の読めない瞳に翻弄されているのが切なく思うだけだ。 いつだか聞いたことがあったよね、沖田くんは何でわたしと付き合おうと思ったの?って。 そしたらあなたは悪びれもなく言ったよね、 「君のそういう困った顔、可愛くて好きだよ」 「…………っ、」 「ねえ、」 早くしてよ、僕、あんまり待たされるの、好きじゃないんだ。 言うと同時、ほんの少し急かすように腰に回した腕を寄せてわたしをもっとと近づけた。 視界に入った沖田くんの顔は面白い玩具を見つけた子供みたいな顔して口角を上げていて、そんな余裕の顔は遊ばれている感をわたしに教えて堪らない。 だけど、それでもいいかと思わせてしまう雰囲気をこの人は持っていて、わたしは初めて知ったんだ。 ああ、わたしきっと、彼に出会ったあのとき、あの瞬間に既に、この人に捕らわれていたんだって。 理解すると同時にゆっくり肩の力を抜いて、それから恐る恐る目も瞑ってくれない沖田くんの顔に自らの顔を近づける。 だけど近づく様をじぃっと見つめるその目が恥ずかしくて、いつものように口唇を歪ませたまま視線を少し逸らせば小さく鼻で笑って目を閉じてくれる。 逃げ場なんて何処にもない、だけど逃げる必要なんてものも何処にもない。 恐る恐る、目を瞑っても開けても端整なその顔しか見えないほど近づいて、きゅっと目を閉じ、顎を持ち上げれば少し感じる彼の吐息。 きゅうっと一段と胸が締め付けられて一文字に噤んだ口唇が歪むけれどお構いなく、そっと口唇を重ねれば柔らかい感触と温い体温がわたしに触れた。 ちゅ、っと音も出ない軽いキスはこれで今日、3回目。 だけどそれは昼間の話だ、此処へ来てからは1度目でしかない、だからこれで終わるとはわたしだって思っていなかった、思って居なかったけれど、 「……っん、」 「足りないって、いつも言ってるよね」 「っきた、」 名前なんて呼んでくれなくていいよ、そんな言葉が聞こえそうなほど呆気なく塞がれた口唇と思い切り引き寄せられた身体。 ずるりと腿の上から滑り落ちそうになった所為で思い切り首許にしがみ付いて、それでも落ちそうになってしまったから彼が開いている手でわたしの足を支える。 噛み付くように深く口付けられた口唇は息も出来ないほどにぴったりと絡み付いて、鼻声混じりの奇声が漏れた。 あっという間に捕まった舌先は絡め取られると同時に逃げたくなって腰が引け、だけどそんなことは許さないと言わんばかりにもっと強くと抱き留められて。 窒息死してしまいそう、ううん、窒息する前に心臓が爆発してしまいそうだとしがみ付いた沖田くんのシャツの襟元をぎゅうっと握り締めた。 息が出来ないことくらいは解るのか、一度口唇を離すともう一度角度を変えて噛み付いて、こうなってしまえば沖田くんの気が済むまで終わらない。 噛み付かれた所為で歯が軽く当たって怯んだけれど、そんなものはお構いなし。 だけどわたしもそんなものに気を取られて居られるのも、今だけだった。 次の瞬間訪れたのは何かが内腿を這う感覚、膝からゆっくりと、身体が崩れてしまわないようにと浮かせた部分を秘部に向かって這って行く。 それが沖田くんの手だと解った頃には既に指先がショーツまで到達していて、わたしは思わず彼の肩を力いっぱい押し返した。 それでも重なっていた口唇がほんの少し離れただけだ、だけどこればかりはなあなあで許すわけにはいかないと思い切り睨み付ける。 やだ、何考えてんの、もしかして他の子とも学校でしたりなんてしてたの? 信じられない、そんなの漫画とか小説とか、よく解らないけれどそういう世界の話だけであって、学校でこんなこと有り得ないよ。 息が整わないからすぐに口には出せなかったけれど、そんな風に意味を込めて睨み付ければほんのりと目を細める沖田くん。 お互いの唾液で濡れた口唇とその様が艶っぽくて、睨み付けたはずの目に力を無くしてしまいそうなその時だった、嫌なの?と彼が零したのは。 「い、嫌………だって、此処、」 「学校だね、じゃあさ、学校じゃなければいいの?」 「…………」 「ねえ、リカちゃん」 家なら、いいのかな? グイ、と引っ張られたのは腰じゃなくて背、力を抜いていたところにそんな衝撃が加わって、バランスを崩しかけたわたしは目の前の沖田くんの身体にもう一度しがみ付く。 それを逃がさないとしっかり抱きすくめた彼の口唇が触れたのはわたしの耳許で、もう一度、囁くように、ねえ、と言われてわたしは、嫌だなんて言うことが出来ない。 ただこの腕の中で心音を高鳴らせ、何でわたしはこんなにこの人に負けてしまうんだろうと、答えなんて最初から出ている問いに身体を震わせていた。 たとえばそれが恋である end / page * next |