アリスは青空の下で
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少女――莉緒は、このあとどうしたら良いのか、と考えていた。
見渡す限りの草原。おそらくどころか、絶対日本ではない。
涼やかな風が、莉緒の長い黒髪を靡かせる。
「あのうさぎさんは、どこ…?」
ここに来る原因となった、赤と黒のチェックベストを着た白兎。
その白兎に"アリス"と呼ばれたあのあと。信じられないことが起きたのだ。
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「"アリス"帰りましょう。ええ、帰りましょう。貴女はこの世界にいても幸せにはなれませんから」
「だから――…」
「ああ、ダメですよ。"アリス"――…。貴女はボクたちから逃げられません。さあ、……行きましょう?」
有無を言わせない響き。
兔なのに兔に見えない。腹黒な人間を相手に話しているみたいだ。
莉緒は、意を決すると白兎に背を向け、その場から逃げ出そうとするが。
「無駄ですよ。"アリス"」
背後でそんな声がした。
それもとても近くで。
「きゃっ…」
次の瞬間、背後から莉緒の腰に腕をまわされ、強く引き寄せられた。
恐る恐る顔を上げてみれば、あの白兎と同じチェックベストを着た銀髪の青年が莉緒を捕まえているではないか。
しかも顔が良い。
ではなくて、……そんなことよりも、あの白兎はどこに行ったのだろうか。
あれだけ「帰りましょう帰りましょう」と言い続けていたくせに。
だが、青年が言った次の言葉に莉緒は目を丸くした。
「"アリス"。帰りましょう」と、そう言ったのだ。
「ちょ、ちょっと待って。あんたは…」
「ああ――…。すみません。この姿を"アリス"にお見せするのは初めてでしたね」
まさか。
この青年があの白兎なのだろうか。信じられない。いや、信じたくない。
「は、離してっ!」
腰に腕をまわされていることを思い出した莉緒は、精一杯の力を込めて体を捩るがびくともしない。
平然とした顔。
端から見れば羨ましいと思われるだろう、きれいな顔立ちをしている。
ただ、その瞳は血に染まったかのように赤い。白兎の姿だったら、かわいらしいと思えるその瞳も、ヒトの姿ではとても不気味に見えた。
抵抗することにも疲れ、動きが鈍くなったところで、ただ腰に腕をまわすだけだった白兎、…もとい青年はにっこりと微笑んだ。
「……っ!!」
ゾクリ、と背筋に寒気が走る。
見慣れた学校の裏庭が、凍っていくような錯覚に陥っていく。
寒い。
景色が、歪む。
「さあ、帰りましょう? "アリス"――…」
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そこで莉緒の意識は途切れた。
それからどれぐらいの時間が過ぎたのかはわからないが、気がついたときにはあの青年の姿はなく、この何もない草原で横になっていた。
「お腹、空いたなぁ」
ぐうぅぅ、と大きな音を鳴らす自分のお腹に、莉緒は盛大なため息をつく。
まだまだ先は長そうだ。
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