その日も日向は谷地さんと机を挟んでお昼ご飯を食べていた。
合間合間に日向は谷地さんとたくさんお喋りをする。
現代文の授業が眠くてたまらないこと、数学の小テストの結果が悪かったこと、谷地さんのおかげで英語の単語テストで半分以上採れたこと、いつも通り会話のほとんどは日向自身の事柄で、谷地さんはそれに一つ一つ丁寧に返してくれる。
日向にとって谷地さんと過ごす昼休みはバレーをしている時と同じくらい楽しい時間だ。
話題が教頭先生のカツラの話になった時だった。
何かに気づいたのか、谷地さんが窓の外を指差した。
その指が導く先を見ると一本の木が見える。

「木がどうかしたの?」
「ちがうよ、日向。下、木の下だよ!」

慌てた様子の谷地さんに首を傾げるも、言われた通り日向は木の下を注視する。
よく見れば誰かいる。
一人、いや二人か。

「こ、告白かな?」
「そうなの?」
「わかんないけど、たぶん?」

何でも谷地さん曰く、あの木は烏野の告白スポットとして有名らしい。
入学して早二ヶ月、全くもってその手の情報に興味がない日向はもちろんそんな噂は聞いたこともなかった。
以前から日向ぼっこできそうな良い場所だと目を付けていたのに、残念である。

「谷地さんは詳しいなー」
「私も人から聞いただけなんだけどね」

そうこう話しているうちに、件の木の木陰から女子が一人、校舎へと駆けていくのが見えた。
そして、その後に出てきた人物を谷地さんが指差す。

「日向、あ、あれって」
「ん?」

影山くんなのでは。
知った名前に反応して、谷地さんが指す人物を見てみれば、確かにそこには影山がいた。

「おー、ほんとだ」
「影山くんってモテるんだねー」
「みたいだなー」
「日向は相変わらず、そういうの興味なさそうだね」


相変わらず。
いつだったか、谷地さんと一緒に帰る時にもこんな会話をした記憶がある。
日向は恋をしたことがありますか。
何故か敬語で谷地さんが尋ねてきたのが始まりだった。
間髪入れずに、というほどでもなかったがあまり悩むことなく、日向はその質問に「ないなー」と答えた。
物心ついてから現在まで、日向は恋をしたことがない。
烏野の小さな巨人を見たその時から、日向の頭は常にバレーのことでいっぱいで、バレー以外に熱中することがなかった。
多分谷地さんからそんな質問が無ければ、恋なんて単語があることすら忘れてしまっていただろう。
ちなみに、思い出したからといって日向が急に恋に目覚めるだとか、そんなことはなく。
谷地の言葉通り、相変わらず日向の興味はバレーにしかなかった。















昼休みの会話からだいぶと時間が過ぎて、部活も終わり、皆で坂ノ下商店へ向かう途中のことだ。
谷地さんの髪飾りの星が揺れるのを見て、日向は昼間の出来事を思い出した。
そしてたまたま隣に影山がいた。
なにも考えず言ってしまったことだった。


「影山ってモテんの?」
「ぶッふぉ!!」


言った瞬間、影山は飲んでいたぐんぐんヨーグルトを噴き出した。
きったねえなあ、と思いつつ谷地さんからもらったティッシュを差し出す。
むせ返って鼻にきたのか、影山は差し出したティッシュで鼻をかんだ。


「大丈夫か?」
「てめぇのせいだろーがボゲェ!」
「え、おれ、なんかしたっけ」
「いきなり変なこと言っただろ!」
「変なこと?」


なんか言ったっけ、と日向が首を傾げる。
すると影山は荒げていた声を一転、しどろもどろと口を開く。


「お、俺がも、モテるとかなんとか」
「あー、そうそう。お前ってモテんの?」
「だから、なんでそんなこと聞くんだよ!」


影山のその言葉に、日向は理由を答えようと言葉を紡ごうとして、やめた。
よくよく考えてみれば、今日の昼に日向たちがしていたことは盗み見、デバガメというやつではないか、そう思ったのだ。
別に見ようと思って見たわけではないが、あれが盗み見だと思うと素直に言うことができない。
とりあえず、見てしまったことを謝るべきなのか。
そう思った日向が口を開く前に、影山が先手を取った。


「……もしかして、昼間のあれか?」
「ごめん、見ちゃった」


謝ったもののそこから何を言ったらいいのかわからない。
影山も、何も言わない。
二人の間に沈黙が流れる。
なんでこんな気まずい展開になってしまったんだろう。
こんなことになるんなら言わなきゃよかったなあと思いながら、次の言葉を考えていると突然両肩をつかまれた。
誰って、影山に。


「かげやま?」


突然のことに口がうまく回らない。
顔を上げると影山がなんだか真剣な顔で日向を見ていた。
なんだこの状況。
混乱する日向の目の前で影山の口が動く。


「断った」
「は?」
「好きな奴がいますって言った」
「お、おう」


わけのわからないまま返事をした日向を見て、影山は日向の肩から手を離した。
なぜか影山の顔が赤い。
ごちゃごちゃになった頭で影山の言葉を整理する。
やはり昼休みに影山は告白をされたようだ。
そして断った。
理由は好きな人がいるから。
整理した結果、日向はなぜ自分にそれを言うのだろうと思った。
直接聞こうとして開いた口を閉じる。
もしかしたら。
もしかしたら、これは信頼の現れではないのか。
影山は過去に色々あったせいで、人と触れ合うのが苦手だ。
月島にもよく「コミュ症なんじゃないの?」と言われている。
当然友達も多くはない。
最近になってようやくチームにも溶け込んできたけれど、体育会系を地で行く影山は、先輩たちは尊敬するもの、という認識があるため、仲が良いかと言われると何かが違う。
同学年の月島とはよく口喧嘩をしているし、山口ともそんなには話さない。
おそらく、影山と一番多く口をきき、接しているのは日向だ。
よく拳骨で殴られるし怒鳴られるし喧嘩もするが、それでも先輩たちには「仲がいいなー」と言われる。
何より日向は影山のことを何だかんだ言って良いやつだと思っているし、仲間で友達だと思っている。
ここでさっきの影山の発言だ。
好きな人がいる。
そんな大事な、きっと誰にも秘密にしておきたいことを影山は日向に話してくれた。
これを信頼と言わずなんと言うのか。


「影山」
「な、なんだよ」


真剣な顔で見つめてくる日向に、影山の頬の赤味が増した。
それを不思議に思いつつ、日向は言葉を発した。


「で、結局おまえってモテんの?」


日向としては、もちろん「好きな奴って誰?」から始まる友達の会話をしたかったが、根根掘り葉掘り聞くのは不躾だと判断した結果の言葉だった。
信頼を裏切らないようにという配慮だったのが、どうやら影山のお気に召さなかったらしい。
わなわなと拳を震わせる影山に、「あ、これやばい」と感じた瞬間。


「知るかぁぁぁぁ!」


叫びとともに日向の頭に影山の拳が落とされた。






春は突然に






20140812







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