ぼとぼとぼとぼとぼとぼと。 朝から降り続けている雨が傘に当たる音が聞こえる。 水滴が傘を滑り落ちて、帝人の靴を濡らした。 歩くたびに靴の中で水の感触がして気持ち悪い。 こんな土砂降りの中でも、帝人のように外出する人は結構いるらしい。 道行く人は帝人と同じように傘を差していたり、鞄を傘にして走っていたり、と様々だ。 中には傘も差さず走ることもしない勇者もいた。 帝人は明日から学校に行かなければいけないし風邪も引きたくはないので、そんな真似はできないけれど。 ぼとぼとぼとぼとぼとぼと。 音を聞く限り、雨足が弱まる気配はなさそうだ。 風がないだけまだマシかもしれない。 この雨と一緒に風まで来たら、帝人が愛用しているビニール傘は一溜まりもない。 やっぱり合羽も買っとくべきかなあ、と思ったそのとき。 目の覚めるような赤色が帝人の横を通り過ぎた。 振り返ると、赤い合羽を着た子供が傘を差した女の人と手をつないで歩いていた。 合羽とおそろいの赤い長靴が水溜りを跳ねる。 同時に子供の笑い声も聞こえた。 帝人にとっては鬱陶しい雨も、子供にとっては楽しいイベントのようだ。 いま思えば不謹慎だが、自分も昔は大雨とか雷とか台風とか好きだったなあ、と他人事のように思った。 そのままぼーっと子供と女の人が歩いていった方向を見ていると、ぐい、と誰かに服の袖を引っ張られた。 振り返ると、大きな目玉が二つ、どこか縋るように帝人を見ていた。 「・・・・・青葉くん?」 「はい」 「こんなところで何してるの?」 「先輩の袖を掴んでます」 「そっか」 何だかよくわからないし関わるのも面倒くさいので、じゃあね、と笑みを貼り付けて袖を握る手をやんわりとはずす。 「ちょ、何で先輩俺を置いていこうとするんですかッ!?」 「いや、だって関わりたくないし」 「こんなかわいい後輩が雨に濡れて途方にくれてるっていうのに放置プレイですか!!」 「かわいいって自分で言っちゃうんだね」 「実際言われますよ」 「哀しくならない?」 「この顔結構使えるので、俺としては特になんとも思いません」 「なるほど」 使えるって、何に。 少しだけ聞き返したかったが、聞いて何になるわけもないのでやめた。 「じゃあ、僕いくね」 「ちょっと待った」 「・・・・・何」 「濡れ鼠になっている後輩を見て、先輩は何とも思わないんですか」 「例えば?」 「傘に入れてあげようかな、とか」 「入れて欲しいの?」 「ものすごく」 「いいよ」 青葉は目を見開いた。 何をそんなに驚いているんだろう。 「どうかしたの?」 「いや、あんまりにもあっさりと了承してくれたんで、驚いてるだけです」 「そんなに驚くほどのことでもないと思うよ」 「……まさか、デレ期到来ですかッ!?」 「やっぱり、僕もう行くね」 「調子に乗ってごめんなさい入れてくださいお願いします!!」 必死。 まさにそんな顔で縋り付かれた。 ただの冗談だったのに大袈裟な後輩だ。 しぶしぶ傘を少しあちら側に傾ける。 少し肩が濡れてしまうけれど、隣の濡れネズミよりはだいぶとマシだ。 「そういえば先輩は何でこんなところにいるんですか?」 「・・・・・散歩?」 「こんな雨の日に?」 「なんとなく外に出たい気分だったから?」 「そんな疑問系で返されても」 「青葉くんこそ何でこんな雨の日に傘も持たないでどうしたの?」 「ちょっと用事があったんです」 「ふうん」 「詳しく聞かないんですか?」 「興味ないから」 えー、と非難じみた声が隣から聞こえる。 どうせはぐらかすのだから、聞いても聞かなくても同じことだろうに。 「そういえば、先輩。気づいてます?」 「何を?」 「これって、相合傘ですよね!!」 そう笑顔で言い切った後輩から、帝人は笑顔で傘を自分のほうへずらした。 結果、青葉の頭上には大粒の雨が降り注ぐ。 「ちょ、冷たいッ!! 雨も冷たいけど先輩も冷たいッ!!」 「ごめん。ちょっと」 「ちょっと、なんですかッ!?」 「殺意が芽生えて」 「そこまで嫌だったんですかッ!!」 「正直、かなり」 ひどいとか、あんまりだ、とか言っている声が隣から聞こえたような気がしたがきっと気のせいだ。 ぼとぼとぼとぼと。 雨音に紛れて青葉の嘆きは聴こえない。 聴こえないったら聴こえない。 豪雨の午後三時 title 告別 20140731 |