つまるところ、出遭いは偶然だったのだ。 たまたま横断歩道の向こう側にいるのが見えて。 たまたま視線が交差して。 あ、どうもみたいな感じで軽くお辞儀をすると、小さく手を振ってくれた。 普段なら液晶画面越しでしか見ることのできない顔が、たった数メートル先に見える。 というか、何でここにいるんですか。 思わずそう突っ込んでしまいたくなった自分は普通だと帝人は主張したい。 そうしている間に、信号は青になった。 渡るべきかいなか。 それがいわば、最大の問題だ。 とは言ってみただけで、実はそんなに大きな問題じゃないけど。 そうしている間に、信号は赤になった。 「こんにちは」 さっきまで数メートル先にいた人が、もう目と鼻の先にいた。 うひゃあ。 思わずそんな声が出そうになる。 「こ、こんにちは」 若干声が引きつったのには目を瞑ってほしい。 こればっかりはどうしようもない。 こんなところで遭うなんて予想もしなかったのだから。 「なんで、こんなところにいるんですか幽平さん」 「幽」 「あ、すみません。幽さん、なんでこんなところにいるんですか」 「休みができたから、兄さんに会いに」 「あ、なるほど」 「帝人くんは、買い物ですか?」 「はい。夕飯の買出しに」 「偉いね、若いのに」 いや、貴方も十分若いですよ。 なぜ帝人の周りにいる大人たちは総じて「若いっていいねぇ」みたいなことを言うんだろう。 まだ皆二十代なはずなのに。 あ、でも人のこと言えないや、と思い直す。 帝人は後輩である青葉に対してそれと同じセリフを言ったことがあった。 あの時は何だったか、そう、「先輩、そのセリフ先輩は言っちゃダメだと思います」とか言われた気がする。 「それで、兄さんを探しているのですが見かけていませんか?」 「今日は見かけてないですね」 珍しい日もあるものだ、と幽に尋ねられてから気付いた。 自動販売機や道路標識が空を舞わない日なんて、池袋ではそうそうない。 といっても帝人が買い物をするために家を出たのはついさっきなので、それ以前のことについてはよくわからないが。 「そう」 「休憩中なのかもしれませんね」 「そうかも、しれません」 会話が途切れた。 ええ、予想はしていましたとも。 帝人と幽は親しいわけではない。 知り合いの弟さんで、よくテレビに出ているすごい俳優さん。 それが、今の帝人にとっての平和島幽という人間だ。 遠いのか遠くないのかで言えば、間違いなく遠い方に位置している。 さあ、どうする。自分。 「探しに行きましょうか」 一瞬、自分でも何を口走ったのかわからなくなった。 目の前にいる人物が少し目を見張ったように見えた。 うん、そりゃ驚くと思います。 実際言った本人が一番驚いている。 「・・・す、すみません」 「なんで謝るんですか?」 いや、なんと言いますか。 分不相応なことをしてしまいまして本当に。 言葉がまとまらない。 「謝らないでほしい。君は何も悪いことをしていません」 無表情なのに、そう言う声はすごく優しい。 あ、この人はやっぱり良い人だ、と思った。 心の中で感動する帝人に、「じゃあ、行きましょうか」といって手が差し伸べられた。 「幽さん」 「はい」 「僕、女の子じゃないです」 「知ってます」 手は変わらず帝人に向けられたままだ。 五秒経って、諦めて帝人はその手を取った。 最近、自分は何か大切なものを少しずつ失くしているような気がする。 男気とか主にその辺のものを。 なんでかなぁ、と遠い目をした帝人を見て、幽は少し首を傾げた。 もう踊れません title 告別 20140731 |